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連載

第13回 中島京子「戦争と想像力」

戦争は楽しいのかもしれない

中島京子(作家)

(構成・文/加藤直樹)

 マスメディアが政権批判を以前より控えるようになっているのは、多くの人が感じていることだろう。検閲もない中で起きているそうした事態は「自主規制」としかいいようがない。国際NGO「国境なき記者団」が毎年発表する「報道の自由度」ランキングで、日本はかつての20位台から今年(2016年)は72位にまで転落した。
 その一方で、「日本スゴイ!」という自画自賛のテレビ番組やネット記事も増えている。その様子は、「世界中が、大日本帝国の紀元二千六百年を祝福しているのよ」と興奮する睦子を思い起こさせる。中島さんは、経済がうまくいかず自信喪失していることの裏返しかもしれないと感じている。
 そして、こうした空気は「戦争」と親和性が高いと指摘する。
「私が今、怖いのは南スーダン。自衛隊が派遣されているけど、現地はどうなっているんだろう。そこで起きていることを、私たちは本当に理解しているのかなって」
 自衛隊がPKO(国連平和維持活動)のために派遣されている南スーダンでは今、政府と反政府勢力の間で大規模な銃撃戦が繰り返される事態となっている。10月11日、安倍首相は民進党議員の質問に対して、こうした事態は「衝突」であって自衛隊の撤収を考える必要がある「戦闘」ではない、と主張した。『小さいおうち』の時代、日中戦争が「戦争」ではなく「事変」と呼ばれていたことを連想させる。当時の人が、中国で起きていることをリアルに知ることができなかったように、今の私たちも、日本がおかれている状況が見えていないのではないか。
「現地で何が起きているのか、想像がどうしても及ばない。私たちの日本での生活からあまりに遠いから。でも、もし自衛隊の方が外国で戦死するようなことがあったら、私たちはどんな反応をするのかなって考えるんです。もう戦闘の可能性があるような海外派遣はやめようとなるのか、それともその反対の方向に行くのか」
 自衛官が命を落とすようなことがあれば、それを悲しむのは当然だ。だが、「彼の犠牲を無駄にしてはならない。もっと前へ!」という叫びが議論を圧倒するようであれば、それは理性的な判断とはいえない。不幸にもそんな日が来たとき、日本社会の「空気」はどこへ転がっていくだろう。怖い気がするが、いつ起きてもおかしくないことだ。それが明日でも、不思議ではない。
 南スーダンだけではない。たとえば尖閣諸島周辺海域に繰り返し姿を現す中国の公船を、自衛隊や海上保安庁が武力で追い返すようなことがあったらどうだろうか。私たちは、『小さいおうち』の主人公タキが真珠湾攻撃に対して感じたように、日本をバカにする国に一撃を食らわせた、と胸のすくような思いになるのではないか。

暮らしを守るために、知るべきこと

 戦争はすかっとする。感動する。みんなが一体となれる。戦争は楽しいのかもしれない。それが恐ろしい。
 もちろん、『小さいおうち』の時代と今は違う。だが、20年前に比べれば確実に、私たちは「戦争」のそばにいる。こういう時代にどう向き合って生きるべきなのだろう。
「平和な暮らしを守りたいというのは、『小さいおうち』の時代の人たちも、今の私たちと同じだったと思うんです」と中島さんは言う。しかし当時の人たちは政治的な批判力のなさによって戦争の「空気」に乗せられてしまった。
「ぼんやりしていては平和な暮らしを守ることはできないということだと思う。やっぱり、知るべきことを知っておくようにしたい」
『小さいおうち』を読んでいて感じるのは、著者である中島さんの昭和モダンの時代に対する愛情だ。赤レンガの平井邸に象徴される文化的に豊かで、日々の暮らしを丁寧に営んでいる人たち。同時に、その愛情には切ないほどのもどかしさ、歯がゆさが混じっていることに気づく。文化的な洗練とは裏腹に、政治に対してはあまりにナイーブだった当時の人たち。そのナイーブさが結局、豊かな生活をすべて灰にしてしまった。
 いま起きていることを知ること。批判的な目をもって見えないものを見ようとすること。 不健全な「空気」に乗せられないこと。そうした努力をしなければ、私たちはいつか大切な「小さいおうち」さえ失ってしまうかもしれない。決して声高ではない中島さんの言葉から伝わってくるのは、そういうことではないかと思う。

著者情報

作家

中島京子

なかじま きょうこ

1964年生まれ。女性誌編集者を経て、2003年、田山花袋の『蒲団』を下敷きにした小説『FUTON』でデビュー。10年、『小さいおうち』で直木賞を受賞。14年には同作が山田洋次監督により映画化された。同年、『妻が椎茸だったころ』で泉鏡花賞を受賞。著書に『彼女に関する十二章』、『長いお別れ』、『かたづの!』ほか多数。

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