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連載

第19回 上原正三「戦争と想像力」

わたしは琉球人である

上原正三(脚本家)

(構成・文/朴順梨)

「……その状況は戦後70年以上経った今も、変わっていないと思うんですよ。沖縄の歴史と米兵から女性が暴行される歴史は、切っても切り離せないままだから。2016年にも20歳の女性が元米兵に強姦され殺されたし、1995年には12歳の少女が米兵から集団強姦されています。子どもでも襲われてしまう現実が、日本に返還された今でも沖縄ではあるんです。でも別にアメリカ兵の肩を持つわけではないけれど、海兵隊は戦闘のための訓練を受けている精鋭部隊で、人間としての感情を奪われています。野獣のようにならなければ戦場で人は殺せないから。それに『ここ(沖縄)は俺たちの先輩が血と命を懸けて奪った島だ』と思っているのでしょう。だから彼らの一部が時に沖縄の女性を襲うことは、僕としては分からないわけではないんですよ」

 しかし「だからしょうがない」とは決して言わない。今の沖縄はアメリカと日本からの二重支配の状況で、その構造自体に問題があるのだと指摘する。

「僕が円谷プロ(円谷英二が設立した映像製作会社円谷プロダクション)にいた頃に沖縄が復帰して、その時に僕と同じ年のやつが『上ちゃん、おめでとう』と言ったわけ。『沖縄、本土復帰したねぇ』って続けるから、『何がめでたいの?』と冷たく言い返してしまった。本人はキョトンとしていたけど、今までアメリカに支配されていたところに、更にもう一つ支配が始まるのかと思ってうんざりしたんだよ。でもこの支配の状況は復帰45年どころか、1872年の琉球処分(明治政府が琉球王国を強制的に統合した政治過程)以来何も変わっていない。それどころかアメリカと日本からの二重支配状態になっているのが、今の沖縄ですよ」

マイノリティーであることを認めるということ

 しかし上原さんは、「本土や本土の人を恨み続けるのではなく、自分たちで未来をどう作っていくかを考えることで、琉球は本土の行き詰まりを助ける国になれると思う。もうそういう時期が来ているような気がする」とも語った。

「琉球は琉球でやっぱり独立して、世界中から有能な若者を集めて近海のレアメタルを掘り返して、諸外国と交易をすればいい。そうすれば島チャビ(台風など、離島ならではの不利益のこと)に苦しむこともなくなるし、本土にとってもプラスになると思うんです。
 昨年大阪の機動隊員が、基地に反対する人に向かって『土人』と言いましたよね。そういえば僕が東京に来た時、下宿のおばさんが何気なく『沖縄には土人がいるみたいね』と言ったんです。だから『ああ、僕も土人です』と言ったら目を丸くして。こういうウチナーへの差別が、今も続いている証拠だと思います。でも差別は沖縄だけではなく、どこの国にいてもあること。それを乗り越えるというのはおかしいかもしれないけれど、差別をされている側が『ああ、まだこの程度の認識なのか』と現実を冷静に受け止めて、相手の無邪気な無知を抱き締めてあげられるようにならないと、と思うんです。それが琉球の未来に、必要なことではないかな」

 苦しめられている側が余裕を持ち、更に相手を受け止め抱き締めるのは正直、至難の業だと思う。

「それでもやっぱり、やらなきゃダメなんだよ。抱き締めるのは無理でも、理解するぐらいまでにはならないと。そのために琉球人は、自分が日本人ではないことを認める。他のマイノリティーは、自分がマイノリティーであることを認める。それが大事だと思います。自分は日本人とかマジョリティーとか思っているから『同じ属性のはずなのに、なぜこんな差別を受けるのか』と悩んでしまうけれど、違う属性同士であれば『こういう見方もあるんだ』と寛容になれるし、憎むことをやめられるはずだからね。
 歴史的に日本は地域ごとの言葉があって、生活習慣や食べ物も違っていましたよね。それを明治以降は標準語という形で言葉を統一し、生活や食べ物も均一化してしまった。そうしないと、政府が国民を支配することができなかったから。でもその支配は、たかだか150年程度の話ですよ。日本人の中にだっていろんな背景を持つ人がいるのだから、そもそも『マジョリティーとは何か』ということですよね。それを一度、考えてみるといいと思います」

 今年9月15日に16歳から19歳までの少年4人が、読谷(よみたん)村のチビチリガマ(自然壕)を荒らした罪で逮捕された。チビチリガマでは1945年4月、避難者約140人のうち83人が集団自決している。遺品や凄惨(せいさん)な死を悼むための折り鶴などを、彼らは「肝試し」で破壊した。戦時中に何が起きた場所なのかを、知らなかったという。
 このように沖縄で生まれていたとしても、歴史を知らない世代が育ちつつある。上原さんはこのニュースに触れた際、憤るよりも「歴史を伝えなくては」と思ったし、これからも書き続けるという思いを新たにしたそうだ。
 ケチャップを主食にしてまで命をつなぎ、土人扱いされながらも琉球人であることを公言して思いをセリフに込めてきた。リアルに戦争を体験した世代が減りつつある今、上原さんの言葉がウルトラマンの光線のようにあまねく地上に届くことを、特撮ファンの一人として願ってやまない。

著者情報

脚本家

上原正三

うえはら しょうぞう

1937年、沖縄生まれ。中央大学卒業。64年、「収骨」が芸術祭テレビ脚本部門で佳作入選。66年、「ウルトラQ」の第21話「宇宙指令M774」でプロデビュー。円谷プロを経て69年にフリーとなり、「帰ってきたウルトラマン」「がんばれ!!ロボコン」「秘密戦隊ゴレンジャー」「がんばれ!レッドビッキーズ」「宇宙刑事ギャバン」アニメ「ゲッターロボG」など多くの子ども番組でメインライターを務める。著書に『金城哲夫 ウルトラマン島唄』(筑摩書房、1999年)『上原正三シナリオ選集』(現代書館、2009年)『キジムナーkids』(現代書館、2017年)がある。2020年1月2日死去。

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