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連載

第5回 斎藤環さん(精神科医/筑波大学医学医療系社会精神保健学教授)

猫は「萌え」の感情をかき立てる唯一の三次元なのです。

斎藤環(精神科医/筑波大学医学医療系社会精神保健学教授)

加藤由子(動物ライター)

加藤 で、先生のお宅の三次元の猫の話を聞きたいのですが、シンガプーラのチャンギちゃん。7歳でしたね。シンガプーラという猫種にしようと思ったのはどうしてですか?
斎藤 妻が雑誌を見ていてひと目ぼれしたんです。掲載されていたのはシンガプーラの成猫の写真だったのに、子猫のような小ささとあどけなさがあって、飼うなら絶対にこの猫と思ったらしいです。
加藤 飼ってみてどうですか? シンガプーラの特徴と思えるものはありますか?
斎藤 シンガプーラはアビシニアンの系列なので人なつこいですよね。
加藤 でも人見知りなんですよね。今もキャリーバッグの中で待機しているんですから(笑)。
斎藤 人見知りはするんだけど、家族にはべたべた。つまり内弁慶なんですよ。
加藤 そのあたりはツンデレってことですか。
斎藤 ツンデレというのは、普段はクールにしているけれど、たまに感情をあらわにすることです。猫は全般にツンデレ傾向はありますが……。
加藤 そうか。ツンデレというのは一人の対象者への反応ですね。家族には大丈夫だけどお客さんは怖がるというのはツンデレではないんですね。
斎藤 それは単なる人見知り(笑)。
加藤 先生にはデレデレなわけですね。ツンもあるんですか?
斎藤 デレデレでもないです。僕のことは遊び相手と考えているようで、寄ってくるけどパッと離れるということはありますね。行くと逃げるけど、いると寄ってくる感じですかね。
加藤 チャンギはきっと先生のことは猫の兄弟だと思っているんでしょうね。
斎藤 順位付けはしているように思いますね。そこはちょっと犬っぽいんですが、主が妻で、私が兄で、一緒に住んでいない息子は弟か手下みたい感じです。きれいに使い分けます。息子は、時々帰ってきてチャンギを構おうとしてはシャーッと威嚇されています。
加藤 そろそろチャンギちゃんの姿が見たいんですが、キャリーバッグから出したら逃げちゃうかしら?
斎藤 出しましょうか。挑戦してみましょう。
(キャリーバッグからチャンギちゃんを出して、斎藤先生が抱きかかえる)
加藤 (驚かさないように小声で)わあ、本当に小さいですね。私、きちんと間近でシンガプーラを見るのは初めてです。何キロでしたっけ?
斎藤 3キロないです。
加藤 猫の匂いをかぐ「猫吸引」っていうのをしていると聞いたんですが。どこを吸うんですか?
斎藤 お腹とか首とかいろいろですけど。こんな感じです(肩口の匂いを思いきりかぐ)。
加藤 そこですか。匂いは部位によって違うんですか。
斎藤 頭は時々臭いけど、体はお日様の匂いですね。
加藤 足の裏は?
斎藤 足の裏は香ばしくていい匂いですね。
加藤 そうですよね、私は猫の足の裏の匂いをかぐ派です。
斎藤 お腹も吸います。でもお腹は嫌がられるから、あまり多用はしないようにしています(笑)。
加藤 しかし、きれいな猫ですね。人のことをよく見ますね。まばたきをしないでじっと見るというのも猫の魅力のポイントの一つですね。こうして見ると7歳なのに確かに子猫の顔ですね。目が大きくて、他の猫と比べると顔の中に占める割合が大きい。これって、先ほど先生がおっしゃっていた……。
斎藤 萌えのポイントは目、です。

常習猫吸引者で猫依存症になりました

加藤 チャンギちゃんと暮らして、先生自身、変わった部分はありますか? 
斎藤 猫吸引の常習者になったことですかね。チャンギの匂いを補充していると、原稿を書く気力もわいてくる。どっぷり猫依存症になってしまいました。
加藤 依存症だということは、猫が切れると禁断症状が出ますかね。
斎藤 何日か顔を見られないことがあるとつらくなります。
加藤 奥様は昔、猫を飼っていたそうですが、先生ご自身はこんなに猫と密に接するのは初めてですか?
斎藤 初めてです。仕事の都合でしばらくは妻とチャンギとも別居で、週末だけ帰っていたんですが、4年前から同居できるようになって、そこで初めて家族になったという感じです。
加藤 ペットを飼うと死生観が変わってくることありませんか。
斎藤 死生観ですか? そこまでは……。依存している状態ですから、いなくなった時のことはおそろしくて今はまだ想像できません。あまり考えないですね。
加藤 本当にただの猫好きじゃないですか(笑)。
斎藤 はい、ただの猫好きです(笑)。まだまだ猫初心者ですから。そう言えば、僕はヤンキーを分析した本を何冊か書いているんですが、それも猫を飼ってから書きたくなったのかもしれませんね。
加藤 ヤンキーと猫って、どういう接点があるんですか?
斎藤 ヤンキーって犬好きじゃないですか。犬好きは犬を従わせたい、言うことをきかせたいというのがあって、ヤンキーの縦社会みたいだと思ったのです。リーダーがいて序列があって。猫を飼ったから、犬好きの人の生態が気になるようになったんです。
加藤 犬好きと猫好きってそんなに違うものですかね? 芸術家に猫好きが多いとは言いますが。
斎藤 そうですね。芸術家は他者を支配しようとはあまり思わないし、自由人たる自我を猫に投影しやすいのかもしれません。
加藤 私は犬も猫もかわいいと思いますけどね。
斎藤 以前、犬も飼っていましたから、僕も犬は嫌いじゃないですよ。でもハマると言えばやっぱり猫なんです。妻と二人でチャンギの写真でカレンダーを作ったり、チャンギは女の子だからひな人形を買ってあげたり。いろいろやりました。
加藤 すごいハマりっぷりですね(笑)。でも今日の先生を見ていてよくわかりました。
斎藤 あ、あと、もう一つ変わったことがありました。今日の取材もそうですが、僕は「猫文化人」として取り上げられる機会が着実に増えています。猫文化人になると、ネットでたたかれにくくなる。あいつは猫好きだから許しておこうみたいな。それも変わったところかな(笑)。

◆一筆御礼 ~対談を終えて
 最近の猫ブームがネットの影響だという話には「目からウロコ」の思いでした。ネット社会が多岐にわたる文化を新たに生み出すことを改めて実感しました。また、チャンギちゃんの何かを言いたげな大きな目を見ていたら、猫が萌えの対象だという意味も理解できました。多分、チャンギちゃんが無口であることも、その要素の一つになっているのだと思います。いつも何かを主張している“おしゃべり猫”の場合には萌える余裕がないだろうと思えるからです。現に、うちの猫は人の顔を見ながらダミ声でわめき続けますから、そのうるささに「燃える」のみです。最後までわからなかったBLと腐女子については後日、『風と木の詩』の文庫10巻セットを古本屋で購入し、「しっかりと学習」しました。おかげで今、「入り口が開いて」立派な貴腐人になっています。先生の言う「8割」中の一人です。

撮影:慎芝賢

著者情報

精神科医/筑波大学医学医療系社会精神保健学教授

斎藤環

さいとう たまき

1961年生まれ。筑波大学医学研究科博士課程修了。医学博士。爽風会佐々木病院などを経て、現職。専門は思春期・青年期の精神病理学で、ひきこもりの治療でも知られる。オタク研究家でもある。著書に『社会的ひきこもり――終わらない思春期』(PHP新書、1998年)、『戦闘美少女の精神分析』(ちくま文庫、2006年)、『キャラクター精神分析 マンガ・文学・日本人』(ちくま文庫、2014年)、『世界が土曜の夜の夢なら――ヤンキーと精神分析』(角川文庫、2012年)、『猫はなぜ二次元に対抗できる唯一の三次元なのか』(青土社、2015年)他多数。(2016.4)

動物ライター

加藤由子

かとう よしこ

動物ライター、エッセイスト。「ヒトと動物の関係学会」監事。1949年生まれ。日本女子大学卒。大学では生物学(動物行動学)を専攻。移動動物園などを経てフリーライターになる。動物、特にネコの生態や行動学に精通し、ネコに関する書籍などを多数執筆している。ネコ関連の著書に、『雨の日のネコはとことん眠い』『ぬき足、さし足、にゃんこ足』(共にPHP研究所)、『ネコを長生きさせる50の秘訣』(サイエンス・アイ新書)、『猫の気持ちを聞いてごらん』(幻冬舎文庫)、『猫式生活のすゝめ』(誠文堂新光社)、『猫とさいごの日まで幸せにくらす本』(大泉書店)、『猫の気持ちは見た目で9割わかる!』(大和書房)ほか多数。

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