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連載

池の訪問者 ~ニホンアカガエル

第33回

今森光彦(写真家/切り絵作家)

 3月に入り、暖かく感じられる日が多くなってきました。土手に目をやると、ヤブカンゾウの新芽が枯れ草色の間から顔をのぞかせています。タンポポの越冬葉も黄緑色が日々鮮やかになっているように思います。生命の息遣いが聞こえる、そんな季節の到来です。

タンポポが咲き始めた早春のアトリエの庭。

 この頃、シトシトと雨が降り続くことがよくあります。昔から「春の長雨」と言われている気象現象です。長雨は、しっかりと大地に潤いをもたらしてくれるので、乾いていたアトリエの雑木林は、水分を含んで落ち着いた色になります。また、落ち葉が堆積した池にも水が満ちて水面が輝きます。池の中をのぞき込むと、刃物のような形をしたショウブの若い葉が突き出しているのが分かります。その近くでこの頃になるといつも発見するのが、ニホンアカガエルの卵塊(らんかい)です。
 ニホンアカガエルは、鮮やかな赤レンガ色をしている美しいカエルで、低山地の野山に生息しています。標高が少し高くなると、別種のヤマアカガエルが見られるようになります。ニホンアカガエルは、普段は水辺というよりは湿り気のある雑木林に近い場所で見られることが多く、アマガエルやトノサマガエルのように田んぼのあぜ道で出合うことはありません。特に越冬する時は落ち葉の中を好むようで、分厚く堆積した朽ちかけた葉と一緒によく見つかります。ニホンアカガエルの赤茶けた体色は、そんな時のカムフラージュとして役立っているのでしょう。

雑木林にひそむニホンアカガエル。

 雑木林の落ち葉の中で眠っていたニホンアカガエルは、3月頃に目覚めて近くの湿地にやってきます。そこでオスとメスが出会い、産卵します。湿地にやってくるのはこの時だけで、そのあとは再び雑木林周辺へと移動して暮らします。
 卵塊からは数多くのオタマジャクシが誕生しますが、成体になって上陸するのはその中のほんの一握りです。ほとんどは、湿地に住むタイコウチやミズカマキリなど肉食の水生昆虫に食べられてしまいます。この現実はとても残酷なようですが、ニホンアカガエルに限らず多くのカエルの仲間は、湿地や田んぼ、池で産卵し、オタマジャクシという膨大な数の「餌」を肉食水生昆虫に提供することになります。水辺の「食う―食われる」という食物連鎖の中で、最も重要な役割を担っている生き物だと言えます。

ニホンアカガエルの卵塊は、寒天のようだ。

 最近、ニホンアカガエルは数が減っています。休耕田が少なくなったため、早春に水が溜まる場所がなくなったことが原因です。休耕田は翌年耕作が行われる予定の田んぼなので、休憩中とはいえ田んぼには水入れをします。しかし、耕作放棄地になってしまうと話は別で、こうなるとさまざまな植物が侵入して土地が乾燥してしまいます。
 どうやらこのカエルも、荒廃してゆく里山の犠牲になっている生き物のようです。アトリエの池を眺めながら、今年もニホンアカガエルがやってきますようにと祈っています。

春の長雨で水かさが増えたアトリエの池。

*写真の複写・転載を禁じます。

著者情報

写真家/切り絵作家

今森光彦

いまもり みつひこ

1954年滋賀県生まれ。幼い頃から昆虫少年で、大学卒業後に独学で写真を学び、1980年よりフリーランスとなる。以後、琵琶湖をとりまくすべての自然と人びとのかかわりをテーマに撮影している。また、熱帯雨林から砂漠まで昆虫写真を追求し、広く世界の辺境の地まで取材し続けている。木村伊兵衛写真賞(1995年)、土門拳賞(2009年)などを受賞。NHKスペシャルで「里山」をテーマにした番組を多数放映、現在もNHKBSプレミアムにて「オーレリアンの庭 今森光彦の四季を楽しむ里山暮らし」を不定期放映中。主な書籍に、『昆虫記』(福音館書店、1988年)、『里山物語』(新潮社、1995年)、『NHK ニッポンの里山』(NHK出版、2014年)、『今森光彦の心地いい里山暮らし12か月』(世界文化社、2015年)ほか多数。

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