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連載

春の土手を彩る 〜ベニシジミ

第58回

今森光彦(写真家/切り絵作家)

 空気が温かく膨らんできました。お天気がよい日は、田んぼの土手に座ると本当に気持ちがいいです。土手からは「光の田園」が見渡せます。あぜ道が幾重にも延びる穏やかな風景を眺めていると心が和みます。

アトリエの近くの田んぼの土手にて。(撮影:今森元希)

 土手にはタンポポが咲いています。よく見ると、黄色いお花畑の上を小さなチョウがしきりに飛び交っています。紅色に黒い縁取りと紋様の翅(はね)をもったベニシジミです。ベニシジミは、10円玉ほどの大きさのシジミチョウの仲間で、春になると一番早く登場します。特にこの頃の個体は羽化して間もなく、翅の紅色(朱色)はとても鮮やかです。
 このチョウがタンポポの花にとまった時の美しさといったら、何と表現すればよいのでしょうか。色彩のコントラストが何とも絶妙で、とても感動します。白や黄色や青色のチョウは何種類かいますが、紅色のものは大変少ないので、春を彩るチョウとして貴重な存在です。
 ベニシジミは、一年に何回か世代を繰り返します。夏に出てくるものは、翅の紅色の部分が春の個体とは違って黒っぽくなり、「夏型」と呼ばれます。まるで衣替えをしているようで、何とも律儀なチョウではありませんか。

タンポポにやってきたベニシジミ。(撮影:今森元希)

 ベニシジミは、明るい所が大好きです。田んぼや畑に多く集まり、雑木林ではほとんど見かけません。これはベニシジミの幼虫の餌が、日当たりのよい土手やあぜに生えているスイバやギシギシの葉であることに関係しています。スイバやギシギシは夏に林床が暗くなる雑木林では見かけません。土手やあぜでも乾燥している所ではあまり見られず、北斜面の谷間などでも、日照時間が少なくなるので見かけなくなります。すごく普通に見られる植物なのですが、詳しく調べると意外に生えている場所は限られてきます。

越冬から目覚めたスイバ。(撮影:今森元希)

 ベニシジミに近い仲間は、日本だけでなくユーラシア大陸や北アメリカに広く分布しています。イギリスやヨーロッパの蝶類図鑑を見ても必ずベニシジミが登場します。これらの土地でも愛好家の中ではきっとベニシジミは人気者なのでしょう。北アメリカにいるものは、植民地時代に食草と一緒にヨーロッパから入ってきたものだとも言われており、なかなかたくましいチョウです。食草の一つであるスイバは、農地など自然のバランスがやや崩れた環境を好むため、開拓された大地でも繁殖できたのでしょう。
 日本でも、スイバやギシギシは草刈りが行われる管理された土手やあぜに見られます。特に人の手が入った冬の土手は、太陽の光が地表近くまで届くので、越冬するベニシジミの幼虫にとっては好都合。
 ベニシジミの元気な姿が見られるのは、健全な農地が残っている証でもあるのです。

アトリエに咲いたタンポポ。(撮影:今森元希)

*写真の複製・転載を禁じます。

著者情報

写真家/切り絵作家

今森光彦

いまもり みつひこ

1954年滋賀県生まれ。幼い頃から昆虫少年で、大学卒業後に独学で写真を学び、1980年よりフリーランスとなる。以後、琵琶湖をとりまくすべての自然と人びとのかかわりをテーマに撮影している。また、熱帯雨林から砂漠まで昆虫写真を追求し、広く世界の辺境の地まで取材し続けている。木村伊兵衛写真賞(1995年)、土門拳賞(2009年)などを受賞。NHKスペシャルで「里山」をテーマにした番組を多数放映、現在もNHKBSプレミアムにて「オーレリアンの庭 今森光彦の四季を楽しむ里山暮らし」を不定期放映中。主な書籍に、『昆虫記』(福音館書店、1988年)、『里山物語』(新潮社、1995年)、『NHK ニッポンの里山』(NHK出版、2014年)、『今森光彦の心地いい里山暮らし12か月』(世界文化社、2015年)ほか多数。

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