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連載

梅雨空の下の宝石 〜ミドリシジミ

第60回

今森光彦(写真家/切り絵作家)

 山々の緑が濃くなってきました。田んぼの稲もすくすく育ち、春に輝いていた水面はもう見えません。一方、雑木林の中に足を踏み入れると薄暗くなっていて、あたりの空気はムッとした湿度を感じます。
 こんな頃に林の縁で美しい蝶に出会うことがあります。翅(はね)を広げると500円玉くらいになるミドリシジミの仲間たちです。これらの蝶は、宝石のような可憐さがあり、「森の妖精」と呼ばれることもあります。日本には20種類以上のミドリシジミ類がいて、どの蝶も個性ある色模様を持っています。幼虫が樹木の葉を食草にしているので、成虫は雑木林や森で見かけます。アトリエの雑木林にも何種類かが生息しています。どれも初夏の梅雨空の頃に出現するので、天気が悪くても私は林の縁が気になってしまいます。

翅を開いたミドリシジミのオス。(撮影:今森元希)

 これらの仲間のうち、特に豪華なのは金緑色に輝くミドリシジミです。この蝶の幼虫は、ハンノキの葉を食べて育ちます。ハンノキは水分の多い土壌に育つため、沼の周辺や湿地の外れなどでよく見かけます。乾いた場所を好むクヌギやコナラとは、だいぶ性質が違う木のようです。
 休耕田が長く放置されたりすると、そこはハンノキにとって別天地となります。どこからともなく種(たね)が飛来し、あれよあれよという間に林を作ってしまうのです。ハンノキは樹形がクヌギやコナラと似ているため、遠くから眺めると雑木林のように見えます。

ハンノキが群生する休耕田。(撮影:今森元希)

 ハンノキは里山に普通に生えているので、それを好むミドリシジミは意外に身近な蝶なのです。でも、よほど注意していないと、気づかないまま素通りしてしまいます。その原因は、他のシジミチョウに比べてチラチラと飛翔することがないからでしょう。昼間は翅を閉じて葉の上にとまっていて、翅を閉じると茶色っぽいためほとんど目立ちません。それから、もう一つの原因は、活動時間が早朝や夕方であることです。この時、特にオスは追いかけ合いながら目まぐるしく飛びます。けれども、高い木の梢(こずえ)付近を飛んでいることが多いため、残念ながら飛翔姿は地上から逆光で仰ぐことになり、黒い蝶にしか見えません。

翅を閉じたミドリシジミ。(撮影:今森元希)

 では、ミドリシジミの観察はとうてい無理かというと、幸運なチャンスに恵まれることもあります。それは、強風などで天候が荒れた日の翌朝。こんな時は、風を避けて雑木林の下草に舞い降りたミドリシジミとご面会できるのです。淡い朝日を浴びて翅を開いているミドリシジミ。こんな瞬間に出会った時は、身近な所になんと美しい蝶がいるのだろうと感動してしまいます。
 今年もミドリシジミの季節がやってきました。雨の日でも目を凝らして林の縁を歩きたいものです。果たして幸運の神様は、微笑んでくれるでしょうか。

ハンノキの葉を食べるミドリシジミの幼虫。(撮影:今森元希)

*写真の複製・転載を禁じます。

著者情報

写真家/切り絵作家

今森光彦

いまもり みつひこ

1954年滋賀県生まれ。幼い頃から昆虫少年で、大学卒業後に独学で写真を学び、1980年よりフリーランスとなる。以後、琵琶湖をとりまくすべての自然と人びとのかかわりをテーマに撮影している。また、熱帯雨林から砂漠まで昆虫写真を追求し、広く世界の辺境の地まで取材し続けている。木村伊兵衛写真賞(1995年)、土門拳賞(2009年)などを受賞。NHKスペシャルで「里山」をテーマにした番組を多数放映、現在もNHKBSプレミアムにて「オーレリアンの庭 今森光彦の四季を楽しむ里山暮らし」を不定期放映中。主な書籍に、『昆虫記』(福音館書店、1988年)、『里山物語』(新潮社、1995年)、『NHK ニッポンの里山』(NHK出版、2014年)、『今森光彦の心地いい里山暮らし12か月』(世界文化社、2015年)ほか多数。

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