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連載

団扇ヒラヒラ 〜ウチワヤンマ

第61回

今森光彦(写真家/切り絵作家)

 ヒマワリが咲く季節になりました。学生たちにとっては、待ちに待った夏休みももうまもなくですね。紺碧の大空から降り注ぐ太陽は、刺激的で気持ちがいいので、心も開放的になります。ただ、ちょっと残念なのは、私が子どもの頃に比べると、最近は日差しがずいぶん強く過剰に高温になる日があり、観察会や昆虫教室などで子どもたちと触れ合うときは、熱中症のことを気にしなくてはいけないことです。

夏の琵琶湖岸を散歩するのは気持ちいい。(撮影:今森元希)

 でも、そんな暑さに負けずに元気に活動している生きものがいます。それは、夏のトンボたち。梅雨明けに現れる大型のトンボは、私が子どもの頃はヒーローでした。中でも一番好きだったのは、ウチワヤンマ。理由は、その止まり方です。たいがいのトンボは、青空の下を飛び回っていますが、ウチワヤンマは棒の先端に陣取って気高く空を見上げています。そして、腹部を上げ気味にして、前傾の姿勢で前を睨んでいるポーズがなんとも魅力的。おまけに、腹部の先端部には、名前の由来にもなっている団扇のようなヒラヒラが1対備わっていて、それをゆっくりと開閉しているのです。私は、この姿に惚れ込んでしまいました。夏休みになったら毎日ウチワヤンマの採集に出かけていたのは言うまでもありません。

カンナの蕾(つぼみ)の先端に陣取ったウチワヤンマ。(撮影:今森元希)

 ウチワヤンマに出会えるのは畑です。畑には、ナスビ、キュウリ、トマトなどの夏野菜が作られていて、それらを支えるための細い竹がいっぱい立ち並んでいます。私が子どもの頃は、竹の棒の先には必ずウチワヤンマが止まっていました。畑にあるすべての棒の先にウチワヤンマが止まっていたと言ってもよいほどたくさんの数が見られましたが、今から思えば夢のようです。
 このトンボの採集にはテクニックが必要でした。捕虫網を振り下ろしてかぶせる採り方だと棒杭(ぼうくい)に網が刺さって破れてしまうので、横振りをする必要があるのですが、竹の棒には頑丈なものもあればひ弱なものもあり、それに合わせて網の振り方を工夫しなければならないのです。ウチワヤンマとの一騎打ち、捕虫網を握りしめる手に力が入ります。今でもウチワヤンマの複眼を見ると、炎天下の熱い想い出が蘇ってきます。ちょっと大げさですが、私の昆虫の採集技術は、このウチワヤンマによって磨き上げられたと言ってもよいかもしれません。

ウチワヤンマに出会える夏の畑。(撮影:今森元希)

 ところで、だいぶ後になって知ったのですが、子どもの頃にこんなにたくさんウチワヤンマが見られたのは、実は琵琶湖があったからです。成虫は平野から山裾にかけて広く見られるのですが、ほとんどのヤゴは琵琶湖で成長します。ウチワヤンマの生育には深くて大きな湖が必要なようで、夏の後半の産卵時期になると、オスもメスも琵琶湖の岸辺に戻ってきます。
 最近は琵琶湖に外来魚がたくさん繁殖して、トンボのヤゴなども捕食されているとも言われています。数十年前のようにウチワヤンマの楽園が再び戻ってきてほしいものです。

夏の琵琶湖と比良山地(ひらさんち)。(撮影:今森元希)

*写真の複製・転載を禁じます。

著者情報

写真家/切り絵作家

今森光彦

いまもり みつひこ

1954年滋賀県生まれ。幼い頃から昆虫少年で、大学卒業後に独学で写真を学び、1980年よりフリーランスとなる。以後、琵琶湖をとりまくすべての自然と人びとのかかわりをテーマに撮影している。また、熱帯雨林から砂漠まで昆虫写真を追求し、広く世界の辺境の地まで取材し続けている。木村伊兵衛写真賞(1995年)、土門拳賞(2009年)などを受賞。NHKスペシャルで「里山」をテーマにした番組を多数放映、現在もNHKBSプレミアムにて「オーレリアンの庭 今森光彦の四季を楽しむ里山暮らし」を不定期放映中。主な書籍に、『昆虫記』(福音館書店、1988年)、『里山物語』(新潮社、1995年)、『NHK ニッポンの里山』(NHK出版、2014年)、『今森光彦の心地いい里山暮らし12か月』(世界文化社、2015年)ほか多数。

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