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連載

〈ブランカ〉との出会いが人生を変えた

第2回

百地裕子(プロゲーマー)

 ところで、なぜ「プロゲーマーは強い」のでしょうか?
 以前、アメリカのサンフランシスコで開催された「Capcom Cup 2014」、同じくラスベガスで開催された「Evolution Championship Series 2015(EVO)」で優勝し、世界大会2連覇を果たした私の夫、プロゲーマー〈ももち〉を見ていて感じたことをまとめてみようと思います。
 まず、彼はプロゲーマーになる前から、生活のほとんどの時間を格闘ゲームに費やしていました。格闘ゲームの世界が何より魅力的に感じ、“誰よりも強くなりたい”と真剣に取り組んでいたそうです。当時、彼が多くプレーしていたゲームは「ストリートファイターⅢ 3rdストライク」でした。
 愛媛県出身の彼の場合は、地元のゲームセンターの店長に「ストリートファイターⅢ」をやらされたのが始まりとか。対戦を重ねていくうち、その店では誰にも負けなくなり、より強い対戦相手を求めて松山市へ遠征。さらに、より強いプレーヤーと戦える環境を求めて名古屋市へ移住……。とにかく楽しくて、強くなりたくて、とことんプレーしていたそうです。
 私と出会った頃も、彼は仕事以外の時間をすべて格闘ゲームの練習に費やしている人でした。そしてプロになってからはより一層、練習のために時間を使うようになりました。彼は今でも1日6~12時間、毎日練習しています。練習をしない日はほとんどありません。そんな〈ももち〉との生活は、いずれまたお話しする機会があると思います。
 ゲームを毎日何時間も練習し、ゲーム中心の人生を送る。なぜ、それほどまで彼は真摯(しんし)に取り組むことができるのでしょうか? 以前〈ももち〉がこんなことを言っていました。
「俺はゲームで勝てなくなったら終わる、という危機感を持ってやっている。その危機感があるかないかというところは非常に大きい」
 この先どうなるかもわからないプロゲーマーという職業に就いて、危機感を覚えない人はいないでしょう。「プロゲーマーの強さ」というものは圧倒的な練習量と、そうしたストイックな生活に自身を追い込む危機感が支えているのかもしれません。多くのプロゲーマーは〈ももち〉のように常に危機感とプライドと自覚を持って競技シーンに身を置きながら、自身を磨き、競い合っていく毎日を送っています。

多様化するプロゲーマー

 中には「毎日それだけ練習時間があるなら、プロゲーマーが強いのは当たり前」という見方をする人もいると思います。しかしながら〈ももち〉のようなプレーヤーは、先ほどお話ししたような日々のプレッシャーとの戦い、自身の立ち居振る舞いや発言などへの責任、そうした隠れた努力を重ねたうえで「プロ」としてファンの前に出て、最高のプレーを皆さんに見せています。
 昨今では社会人として会社に勤め、在籍する企業やスポンサーのサポートを受けて活動する「兼業ゲーマー」も増えてきています。が、そういった人たちとは違った「常に後がない厳しい環境」の中で重圧に抗いながら、自身の存在を肯定するためにプロを続けているのが今の「専業ゲーマー」たちです。
 日本国内のゲームシーンの最前線を今日も牽引し、皆に応援してもらっているのは、こうした約10名ほどの「専業」のプロゲーマーであり、またいわゆるプロゲーミングチームに所属している選手たちです。彼らが持つ心の強さや魅力は、「人生の大切な時間を賭けている」という、一瞬の輝きのようなモノから来ているのかもしれません。私自身、専業ゲーマーのような厳しい環境や立場で、5年、10年とプレッシャーと闘い続ける職業というのは、それこそ「スポーツ選手に近いものがあるなぁ」と感じています。
 だってそうじゃないですか? 私たちのプロゲーマー人生は、賞金も月給の保証も何もない、一介の愛好者として参加したゲームセンターのイベントから始まりました。そこでシンプルに「自分が一番強い」と示すために地元で競い合い、もっと強いプレーヤーの存在を知って遠征し、見知らぬ町のゲームセンターまで出かけていって、それぞれのプライドを賭け戦ってきました。
 そうした中で私は私なりに少しずつ上達しつつ友人がたくさんでき、夫の〈ももち〉はただひたすら「強くなりたい」の一心で、他のことには目も向けずゲームに打ち込んでここまで来ました。最初は「世界大会」も「賞金」も、まわりには何にもなかったんです。

愛好者からプロゲーマーへ

 今日、対戦格闘ゲームの市場を支え、プロゲーマーたちの試合を観戦してくれる人たち、時には厳しい言葉で叱咤激励や意見を投げ掛けてくれる人たちの中には、私たちと同様にゲームセンターに通いつめた人も多いでしょう。今はそれぞれ家族ができ、会社でも重要なポストや役割に就き、また違った形でゲームと付き合いながら毎日を送っているのだと思います。
 私は思うんです。「ももち頑張れ!」「チョコ! コミュニティーの活動もいいけどもっと格闘ゲームやれ!」と、応援してもらったり、声をかけてもらうたびに、私たちはかつてゲームセンターで長い時間を過ごし、今もゲームを愛してやまないそうした人たちの夢の延長線上を歩かせてもらっているんだと。
 それはゲームセンターという「始まりの場所」を作り、守ってくれていた当時の店長さんたちや、それを盛り上げ支えていた人たち、もちろんそこに集まっていたプレーヤーたちについても同じです。ゲームとの距離感や付き合い方はそれぞれ変わってしまったとしても、「ストリートファイター」をはじめ好きなゲーム、好きだったゲームでどこかしらがつながっていて、そういう人たちが目指してきた道の上を、私たちは歩かせてもらっているんですね。
 以前、世界大会で〈ももち〉が優勝して、取材者に感想を聞かれた時にこう答えていました。
「やった!俺がイチバンだ!この瞬間は俺がイチバンになったんだ! という気持ちだった」と。これって実はゲームセンター時代や、その後の日本国内で開かれた全国大会で勝ち負けを競っていた頃と変わっていないんです。
 恐らく彼の頭には、賞金もチームのこともスポンサーのこともなくて、その昔、ゲームセンターで対戦格闘ゲームに没頭していた少年がそのまま大人になって、世界一になって「俺がイチバンだ!」って喜んでいる……。少なくとも私にはそう見えました。
 格闘ゲームは1対1の対戦なので、ステージの上では一人で戦っているのですが、彼らが歩いてきた道は決して一人のものではないんです。その道の上で今も昔も変わらず、純粋に、しかも何年も継続して勝負の世界に身を置いている厳しさ、そこから生まれる輝き、試合内容を含めての魅力、そして感謝の気持ち、多くの人々とのつながり、思い。これらを背負って戦っている〈ももち〉世代のプロゲーマーは誰を挙げても「強い」と感じるし、こういったものすべてが「プロの強さ」につながっているのではないかと思います。

正しいプロゲーマーの作り方

 近年、私たちプロゲーマーの「故郷」とも言えるゲームセンターが全国的に減ってきています。警察庁の統計では、2012年に6181店だったゲームセンターが、16年には4542店まで減少しました。
 そうして対戦格闘ゲームを見かける機会も減っていく中、国内のゲームシーンで〈ももち〉たちの次の世代が育ち、前に出ていくための下地を作らなければならないと感じています。私たちがはまった頃のような「熱くなって、輝ける場所」が、今の日本にはないですからね。今はスマホゲーム全盛の時代、大学生でも対戦格闘ゲームをやっている人は少数派だと思います。
 私がプロゲーマーを見て感じるのは、収入が確保され、時間があるだけではプロとして長く活動していける「強さ」は身につかないということです。私たちが歩いてきた道とはまた違った土壌を、次の世代が活躍し、彼らを応援してくれる人たちが興味を持ち、集まってくれるような下地を作っていかなければなりません。
 その際に絶対に忘れてはいけないのが、応援してくれて、時には叱咤激励してくれるまわりの人々の顔です。プロゲーミングチームを新設する、ゲームの新リーグを発足させる、選手のスポンサーになるといった、形だけの“プロゲーマー作ります”的アクションは、今の国内シーンでも散見されます。お金持ちの企業やスポンサーなら、資金援助ぐらいたやすいでしょう。
 しかし、その先にある「プロになった選手」がどの道を歩いて、その道は誰が作っていくの? という点を忘れてはならないと思います。私たちの足元には、格闘ゲームが大好きな人たちが長年かけて作ってきた道が既にあるのに、お金に物を言わせて「自分たちが主導権を握れる道」を新たに作りたがる人たちが増えてきているようにも思えます。
 企業の活動としては肯定されるべきだし、当たり前とも思うのですが、何よりプロゲーマー、選手のことを考えてあげて欲しいなと私は思うのです。プロゲーマーは“ただスポンサーしただけ”では育ちません。彼らの強さは膨大な練習量から来るウデマエだけではありません。やはり「人」に支えられているんです。見えないけれど多くの人の思いや、道の上にそれはあるんです。
 私にとってのゲームとは「人」であり、「人との出会い」です。だから私はこれからもゲームと人をつなぐため、次の世代につながる下地を作るために活動していきます。
 それではまた次回。

著者情報

プロゲーマー

百地裕子

ももち ゆうこ

1986年、兵庫県生まれ。中京大学体育学部卒業。2008年より対戦格闘ゲームを始め、国内大会でトップゲーマーに勝利して知名度を獲得。愛称は〈チョコブランカ〉。11年にプロゲーミングチーム「Evil Geniuses」(本拠地・アメリカ)からスカウトされ、日本人初の女性プロゲーマーとなる。17年には北米のプロゲーミングチーム「Echo Fox」に移籍。夫は同チームに所属するプロゲーマーの〈ももち〉こと百地祐輔。世界初の現役プロゲーマー夫婦として、15年に株式会社忍ismを設立。「ゲームと人を繋げる」をモットーに、世界で活躍できる後進の選手育成、ゲームコミュニティーを盛り上げるためのイベントの企画・運営に携わる。

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