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連載

ひたむきに前歯で噛み付いていた頃の話

第14回

百地裕子(プロゲーマー)

 そして「将来プロゲーマーになりたいけど、インタビューとかで答えられる気がしないな」なんて思っているあなたは、この動画を見て勇気付けられてください! 〈ももち〉も昔はこんなに話すの下手だったんだな、と自信につながると思います(笑)。

シンガポールで出会ったプレーヤーさんたちと

熱い思いで続けたランキングバトル

 このブログを読み返して感じたのは、やはり「私は格闘ゲームに夢中だったんだなー」ということと、「大会を運営して皆を盛り上げたい」「ゲーム界の盛り上がりのために役に立ちたい」という思いで溢れてるな、ということですね。盛り上がりに貢献したいという思いは私の基盤で、今も変わっていないということを改めて感じました。

 当時はボランティアで、毎週ゲームセンターで大会を主催していました。「ランキングバトル」といって大会の成績に応じてポイントを付与し、半年~1年間のトータルポイントを競い合うという長期型の大会を運営していたので、毎週毎週、試合結果のまとめとポイント集計を記事にするのが大変でした。ですが、私がいつも行っていた名古屋市大須の「ゲームスカイ」というゲームセンターが潰れてほしくない、私が好きなゲームをプレーする人が減ってほしくない、増えてほしい。その思いだけで、なんとか続けていました。

 そのランキングバトルの記事が、ブログにはたくさん残っています。以下は10年3月13日の記事です。この時、感じていた気持ちは、今も変わらないなーと思いました。

「私が大会を運営しだしたのは、スト4(注 : 「ストリートファイターIV」)が出た年の冬から。/なぜかスト4をやり始め、はまりにはまり、/スト4が好き過ぎてゲーセンでバイトを始めた大学四年の冬。/そんなころから大会運営を始め、多分開催回数は/20回越えてるのかな。(中略)

ぶっちゃけ、毎週あるし集計やらやること多くて結構大変で、/折れそうにもなったりしました(´-∀-`;)エヘヘ/でもそんな時はこくじんさんやがまさんがフォローしてくれたし、/一度「やります!」って言ったの私だし、折れちゃダメだと。/そしてみんなの元気な笑顔にも励まされ、/なんとか開催し続けることが出来ました!!

しんどかった! でも、それ以上に、楽しかった!!/名古屋のスト4を盛り上げるために、少しでも貢献できたかな♪/これからも続けて開催していくので、/もっともっとスト4が盛り上がってくれたらなと思います。

というわけで、参加してくださった方々、/ライブ配信を見てくださってた方々、/本当にありがとうございました!!」

 今、私が主催しているイベントは、ゲームセンターではなくイベント会場を借りて、家庭用のゲーム機やモニター、アーケードゲーム用コントローラーをたくさん用意し、参加費無料で開催するものです。ボランティアなのは変わりませんが、準備に掛かる時間も費用も昔とは比べものにならないほど増えています。イベント主催は大変でとってもしんどいですが、それでもやっぱり、終了後は毎回「でも最高に楽しかった!!」って思います。

 今は手伝ってくれる仲間も、参加してくれる人も、インターネットの生放送を通じて観戦してくれる人も増えました。とてもありがたいですし、そういう皆さんと一緒にイベントを作り上げるのが本当に楽しいです。成長していきながらも、変わらない気持ちを持ち続けていられるのは幸せなことですね。

「初心」って結構変わらないものなんですね

 ブログの引越しをした12年1月の一発目の記事では、次のように書いていました。

「今の私には小さな大会を開いたりしかできないけど/そういう小さな活動をしながら/小さなコミュニティーを大事にしながら/今年もたくさんの人たちと楽しみを共有したい!!」

 プロになる前も、プロになった今も、変わらない私がいて良かったです。初心を忘れていないです! 私のインタビュー記事などを読んでくれている人なら頷けるでしょうが、「もうええやろ!」って言われそうなくらい、私は「コミュニティーが大事」と言っています。ですが、これは私の考えや行動の根源なので、これからも言い続けていきます。やっぱりコミュニティーがないと、ゲームは盛り上がりませんよ。

 ブログには他にも、海外大会に出場した感想や、プレーヤーにインタビューした記事、海外大会の主催者にインタビューした記事などが残っていて、今読むと「ああ、この時からこうだったのか!」なんて発見があり新鮮でした。

 日本初のプロ格闘ゲーマー〈ウメハラ〉こと梅原大吾さんを「ウメハラ神」と呼んでエピソードを綴っていたり、プロゲーマー〈マゴ〉さんのことも「マゴ神」などと呼んでいたり……。今でこそ普通に話せるようになった人たちとの、少し距離のあった頃のエピソードなんかも載っていて、なんだかこそばゆいですね。名古屋で別の仕事をしながらプロゲーマーをしていた、いわゆる兼業時代の〈ももち〉のことも書いてありました。

「仕事あるくせに寝る時間削って少しでもゲーセンいっちゃうももち。/たまの休みに2人で買い物行っててもゲーセン行きたくてうずうずしてるももち。/この前のトパンガ5on5(注 : 格闘ゲームイベントの企画・配信会社TOPANGAが主催する「ストリートファイター」のチャリティー大会)も行きたい行きたいってうちでジタバタしてたももち」

 そんな〈ももち〉が少しでも多くの時間、ゲーム練習をできるようになればいいな。そうすれば結果が付いてくるかな。そう思って覚悟を決めて、14年5月に二人で名古屋から上京しました。生活費が足りない分は私が働くから〈ももち〉はゲームに集中して! いっぱいゲーム練習して! と言ってがむしゃらに頑張っていた頃の気持ちも、忘れていないです。その思いもいまだに変わりません(夫の試合成績が低迷すると、不機嫌になってしまいますけどね! 私はそんなに出来た人間ではないですから)。

 こうしてみると「初心」って結構変わらないものなんですね。私にも自分なりの“軸”があると分かって安心しました。

 今回、思い返したたくさんの熱い気持ちや思いを改めて胸に抱き、これからも頑張っていこうと思います。みなさんも、もしご自身の古いブログや日記などがあれば、ぜひ見返してみてください。いい発見があるかもしれませんよ。付けていない人もぜひやってみて。きっと迷った時のヒントになります。

 それでは今回はこのあたりで。また次回おあいしましょう。

著者情報

プロゲーマー

百地裕子

ももち ゆうこ

1986年、兵庫県生まれ。中京大学体育学部卒業。2008年より対戦格闘ゲームを始め、国内大会でトップゲーマーに勝利して知名度を獲得。愛称は〈チョコブランカ〉。11年にプロゲーミングチーム「Evil Geniuses」(本拠地・アメリカ)からスカウトされ、日本人初の女性プロゲーマーとなる。17年には北米のプロゲーミングチーム「Echo Fox」に移籍。夫は同チームに所属するプロゲーマーの〈ももち〉こと百地祐輔。世界初の現役プロゲーマー夫婦として、15年に株式会社忍ismを設立。「ゲームと人を繋げる」をモットーに、世界で活躍できる後進の選手育成、ゲームコミュニティーを盛り上げるためのイベントの企画・運営に携わる。

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