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連載

コソボ独立から10年、拙速な承認は新たな火種をもたらした

第5回

木村元彦(ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト)

 デル・ポンテの著作を受けて、欧州評議会法務人権委員会のディック・マーティ委員が約2年かけた調査の結果、2010年12月に報告書「Inhuman treatment of people and illicit trafficking in human organs in Kosovo(コソボにおける非人道的行為と臓器密貿易)」を発表した。実際に臓器密売が行われていた事実を証拠を挙げて告発し、記者会見では「衝撃だったのは、国際機関や西ヨーロッパ諸国、コソボ警察などはこの事実を知っていたのに、政治的な判断から口を閉ざしていたことだ」と述べた。
 友軍関係を結んだKLAの犯罪が知られることで、NATO空爆という軍事介入の大義まで遡って問われることを恐れ、アメリカをはじめとする西欧諸国は見て見ぬふりをしてきたと言えよう。また、国連統治期にKLAをコソボの警察組織に登用してしまったために、この拉致悲劇は解決を迎えることができなかった。
「黄色い家」の現状はどうなっているのか。多くのジャーナリストや報道機関が押し掛けたが、すべて家主に拒絶され、暴動騒ぎに発展しているという。その現場には13年に行ってみた。アルバニア北部、収容所のあったブーレルから車で1時間以上かけて、舗装されていない山道を移動。そこからさらに歩いた。「黄色い家」は山頂に存在していた。

山頂にぽつんと建つ「黄色い家」の外観。

 訪ねると「家」の主のカトューチ氏が激怒しながら出てきた。施設についての一切の取材を拒否。話を聞きたければ600ユーロ払えと要求してきた。パスポートナンバー、同行してくれたアルバニア人ドライバーのIDをすべて記録すると、追い立てながら、警察に通報すると恫喝。「ここには来るな。血の掟で復讐するぞ。俺はタチの友人だからな」という怒声を最後に発した。語るに落ちたというべき「黄色い家」の家主の言質を、これで取ることができた。

コソボ独立と大アルバニア主義

 自立した経済基盤が無く、人権や環境の観点からも到底国家としての体を成していないコソボの議会が独立宣言をするのは、デル・ポンテの著作が出る直前の08年2月17日であった。呼応して、翌18日にはアメリカ政府が真っ先に承認した。そしてそのほぼ1カ月後の3月18日に、日本政府も追随するように承認したのである。
 しかし、反対した国々も少なくなかった。セルビア正教の聖地であるコソボにおいて13世紀から花開いたビザンチン文化の結晶である、数多くの歴史的建造物(ペーチの総主教座、デチャニやグラチャニッツァの修道院など)を手放すことになるセルビアはもちろん、国内に少数民族問題を抱えるロシア、中国、スペイン、そして地政学的に飛び火を恐れるギリシャ、ルーマニア、さらには南米のブラジル、チリ、アルゼンチンなど国連加盟国の半数近くが現在も承認していない。
 コソボの独立は当初から、大きな問題を孕んでいた。すでにアルバニアという国があるにもかかわらず、アルバニア人が9割以上という圧倒的多数派を占める国をさらに認めるのは危険なナショナリズムを膨張させないか。当事者性の強いヨーロッパはそのことに気づいており、アルバニアが現在引かれている国境を越えて領土を拡張しようという「大アルバニア主義」への歯止めを忘れなかった。
 08年6月、独立に際し、フィンランド人の国連コソボ特別大使のアハティサーリが提唱したコソボ憲法には、セルビア人も含む少数派に対する権利を担保し「すべての市民(民族)に自由と平等を保障し、他国への領土主張をしない」と明記された。国旗と国歌についても配慮がなされた。コソボ国旗はヨーロッパの色である青を下地にコソボの地形と六つの星があしらわれている。この星はそれぞれアルバニア、セルビア、ボシュニャク、トルコ、ゴラン、ロマの六つの民族を表しており、決してアルバニア人だけの国ではなく、多民族国家としての成り立ちを象徴するものである。また、国歌はどの言語で歌われるのかという議論を回避するために、メロディーのみであえて歌詞は作られなかった。
 しかし、民族融和の国として建国を許されてスタートしたコソボは10年経った今、その期待を裏切るような状態にある。

サッカー場で火を噴いた民族主義

 懸念された過激な民族主義の台頭が著しく、隣国アルバニアと合併し、アルバニア人を中心とした国を作ろうという領土拡大の主張が公然と行われ、なおかつ、これが大きな支持を得ており、国是となりそうな勢いである。
 最初に世界でその姿が現れたのはサッカー場だった。14年10月14日、ベオグラードのパルチザンスタジアムでは、ヨーロッパ選手権の予選でセルビア対アルバニアの試合が行われていた。前半41分、試合中にもかかわらず、上空からドローンが飛来した。吊り下げられているのはバルカン半島の一部を配した旗。アルバニアの国旗と同じく「双頭の鷲」も描かれているが、よく見ればアルバニアの版図とは国境が違う。それこそが、コソボとアルバニアを合併させ、さらにはセルビア、ギリシャやマケドニアの一部にも領土を侵食させた「大アルバニア」の地図であった。公式試合をぶち壊すかのような度し難い挑発をした容疑者として、会場に来賓として招かれていたオルシー・ラマ(アルバニア首相の弟)が逮捕された。

ドローンで吊るされた旗と同じ「大アルバニア」の地図が描かれたTシャツ。コソボの土産物屋で売られている。

 セルビア人にすれば自国の一部がアルバニアに吸収された地図の登場である。スタジアムは騒然となった。ドローンと旗がピッチ上に降りてきたところを、セルビアのDFミトロビッチが引き摺り下ろすと、それをきっかけにサポーターもピッチになだれ込んで乱闘が始まった。試合は続行不可能で没収試合となり、その後のCAS(スポーツ仲裁裁判所)の裁定では、挑発を受けたセルビアにペナルティが科されて「アルバニアが3対0で勝利」という裁定が下された(理由はセルビア側のサポーターがアルバニア選手に暴力を振るったというもの。この試合において、アルバニア人サポーターは入場を禁止されていた)。「大アルバニア主義」がひとつの実体として姿を現した事件となり、コソボの地位を巡り二国間に大きな過恨を残した。

民族融和は遠く

 現在コソボではアルバニアとの合併を主張する政党「自己決定党」(アルバニア語でベドベンドーシュVETEVENDOSJE)が大きな存在感を誇り、与党の地位を獲得している。首都プリシュティナ市街の信号機にはサブリミナル効果を狙ったのか、ランプにアルバニア国旗や、「セルビア製品をボイコットしよう」という文字が浮かび上がるステッカーが貼られている。

プリシュティナで見た信号。赤ランプに浮かび上がるのは「セルビア製品をボイコットしよう」の文字。

 マスコミ言論に対するテロ事件も起こっている。コソボ国営放送であるRTKは、NHKやJICA(国際協力機構)などの協力を得てアルバニア人とセルビア人、両者のスタッフを雇って民族融和の番組作りを進めており、報道姿勢もリベラルなことで知られている。しかし、16年8月に、同局の会長であるシャラ・メンター氏の私邸に爆弾が投げ込まれたのである。犯行声明は領土拡大に繋がる国境問題に言及し「シャラ・メンターは我々の立場をまったく伝えない。即座に辞任しなければ、さらに攻撃をエスカレートさせる」というものであった。この事件の実行犯も自己決定党の支持者と言われている。
 16年10月、アルバニアナショナリズムを隠そうとしない自己決定党のビザール・イメリ党首にインタビューを敢行するとこんな言葉が返ってきた。
「コソボ憲法はヨーロッパに押し付けられたものだ。コソボがアルバニア人の国としてアルバニアと合併することで周辺も安定するのだ」

VETEVENDOSJE、「自己決定党」のオフィス。

 現実問題として、国境の変更は周辺諸国のみならずアメリカも認めないであろう。この主張が続けられればコソボの国連加盟もEU加盟も遠のくのは明らかである。しかし、建国時にKLAの過激主義が奏功したことから、コソボには民主的なプロセスが根付く以前に、このようなラディカルな言動が称賛される気風がある。前述のドローン事件は最たるもので、没収試合に至らしめたあの首謀者を責めるどころか英雄視している現状がある。
 国際社会があまりに拙速にコソボの独立を承認してしまったことで、大アルバニア主義の火種が激しくくすぶり続ける。それによって、国旗に記されたうちの五つの星に象徴される他のマイノリティたちの存在が無視され始めている。

著者情報

ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト

木村元彦

きむら ゆきひこ

1962年、愛知県生まれ。中央大学卒業。東欧やアジアを中心に、スポーツ文化や民族問題などの取材、執筆活動を続ける。著書に『誇り』(98年、東京新聞出版局)、『悪者見参』(2000年、集英社)、『終わらぬ「民族浄化」セルビア・モンテネグロ』(05年、集英社新書)、『蹴る群れ』(07年、講談社)、『社長・溝畑宏の天国と地獄』(10年、集英社)、『争うは本意ならねど』(11年、集英社インターナショナル)、『徳は孤ならず』(16年、集英社)、『橋を架ける者たち』(16年、集英社新書)、『無冠、されど至強』(17年、ころから)、『コソボ 苦闘する親米国家 ユーゴサッカー最後の代表チームと臓器密売の現場を追う』(23年、集英社インターナショナル)など多数。『オシムの言葉』(05年、集英社インターナショナル)で第16回ミズノ・スポーツライター賞を受賞。

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