空爆から20年後の旧ユーゴスラビアをゆく(2)コソボ編
木村元彦(ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト)
私が言いたいのは、一部の民族だけに特権を与えることは許せないということだ。私たちアルバニア系住民は今、セルビア人から潜在的テロリストとみなされ、日常的に脅威を感じている。せめてセルビアのイミグレ(入管)と裁判官に、アルバニア人を登用して欲しい。
そして、もう一つ、アルバニア文化の存続も保証してほしい。ブヤノバツでは、アルバニア人の民族教育が法律上は認められているが、教科書をコソボから購入したり、新しく作ったりすることはできない。だから1990年代以前、つまりはアルバニア系住民に自治権があったユーゴスラビア時代の教科書を使用している。これでは子どもたちのためにならない。つまるところ、北ミトロビッツァとブヤノバツ、それぞれに自治権を与えてくれればいいのだ。そうすることで、コソボに住むセルビア人と、セルビアに住むアルバニア人の安全と文化が守られる」

セルビア南部、ブヤノバツ市のシャイップ・カンベーリ市長
カンベーリの発言の根底には、もちろん明らかなアルバニア・ナショナリズムがあるが、同時に国境周辺の地域首長としての責務が感じられた。第一に求めるのは自治権で、自治が認められないのであれば、隣国コソボに属することでアルバニア人の権利を確保しようという。しかし、国際社会はそれを「大アルバニア主義」と呼んで非難する。ならば歴史の中に正当性を求めよう。カンベーリにとっては、それがアルバニア民族独立をもたらしたプリズレン同盟なのだ。
しかしながら、それ以前に肝心のコソボの国際的な地位が確固としてはいない。現在のヨーロッパにはコソボを国家として認めていない主要な国が5つもある。スペイン、スロバキア、ルーマニア、キプロス、ギリシャだ。
「まずは、これらの国に国家承認させることが何より先決だ」
セルビア内の首長でありながら、カンタベーリは、我がことのように憂いている。
空爆は「アルバニア民族を救った」
ここで、アルバニア人の政治家にとってタブーとも言える2つの質問をぶつけることにした。まずは、コソボ政府高官とアルバニア本国が関与したという報告書が出ている、臓器密売犯罪「黄色い家」事件について(連載第5回参照)。次にセルビアに対するヘイト・デマに扇動されたアルバニア人民衆によって、コソボ内の文化・宗教施設が破壊され、8人のセルビア人が殺害された2004年の「3月暴動」について。同じアルバニア民族が行ったことであっても罪は罪である。果たして法治国家の政治家として、相対化した発言がなされるかどうか。
「『黄色い家』については、その罪が証明されていないというのが、私の見解だ。組織犯罪報告書は確かにあるが、関与したと言われるハラディナイ(取材当時のコソボ首相。2019年7月辞任)もICTY(旧ユーゴスラビア国際戦争犯罪法廷)に訴追されながら、無罪になったのではないか。もちろん捜査は継続すべきだと思うが……」
ICTYの公正性については、長有紀枝(立教大学教授)などの論文でも疑義が指摘されているが、あくまでも司法の判断を尊重すべきではないかという。
「3月暴動については、私もなぜあんなことが起こってしまったのか、知りたいところだ。たくさんの民衆が焼き討ちをしたり、他民族の殺害を行った事実については追及しなければいけない」
コソボにおける民族共存を実現するためには、この事件の検証は不可避であると思うのだが、どこか他人事のように感じられた。
私は最後に、明日プリシュティナで行われる式典の意味は? と問うた。NATOによる空爆を20年経って祝う意味である。即答された。
「国際社会の代表のひとつがNATOだ。その機関が我々を認め、私たちアルバニア人を絶滅から救ってくれた。それに感謝するための大きな式典だ。我々はアメリカに借りがある。そしてアメリカを愛している。今、コソボの愛国教育の中でこんな諺があるのを知っているか?『アメリカを愛するようにアルバニアも愛そう』」

クリントンへの感謝を示すポスターがプリシュティナの街中に掲げられていた
なるほど、政府、民心ともに世界で一番の親米国ということを認めている。
「式典にはもちろん参加して祝賀する。コソボのハシム・タチ(サチ)大統領から招待状を受け取っている」空爆の被害国セルビア内の自治体首長であるブヤノバツ市長が嬉々として、それを祝う20周年式典に参加する。そのことに、いまだコソボを取り巻く不安と複雑さを感ぜずにはいられない。
コソボ国旗のない祝祭
6月12日。いよいよ、空爆20周年祝賀式典本番の日である。15世紀にオスマントルコと闘ったアルバニアの民族的英雄、スカンデルベックの像の置かれた広場にステージが設けられた。そこにビル・クリントン元米国大統領とマデレーン・オルブライト元米国国務長官が登場する。各国記者団と群衆はそれを取り囲み、アルバニア国旗と星条旗を振って称える。

コソボの人々が降る旗は、星条旗とアルバニア国旗
おかしな風景である。多民族を表す六つの星と領土の形をモチーフにしたコソボ国旗ではなく、本来外国である二つの国の旗がひるがえるのだ。当然、マイノリティとしてコソボを構成しているセルビア人、トルコ人、ゴラン人、ボシュニャク人、ロマら、非アルバニア人の姿はここにはない。しかし、この日の報道で、その矛盾を指摘するメディアはいなかった。スピーチが終わると、2人の主役はパレードに先導されて移動する。オルブライトの銅像が新たに作られた場所に向かい、除幕式のテープカットをするのだ。
先回りをすると、人、人、人、またも星条旗とアルバニア国旗が林立する。やがて、高級車に相乗りしたクリントンとオルブライトがやってきた。白布が剥がされ、20年前に空爆を主導した人物の銅像が仰々しく開示された。
取り囲んだ群衆からは、歓声と拍手がまき起こり、一斉に報道陣のシャッターが切られた。20年前、中国大使館を意図的に“誤爆”し、非人道的なクラスター爆弾や劣化ウラン弾をセルビア全土に撃ち込んだNATO空爆を祝う式典は、この瞬間に完結した。
百歩譲ってアルバニア系メディアが祝うのは理解もできよう。しかし、外国のメディアが、イラク戦争やアフガン侵攻よりも前に国連を迂回して行われた軍事介入と、その後のコソボにおけるさまざまな不公正に何の疑義も呈さないのは、明らかにおかしい。多くの民間人までも殺傷したあの空爆が検証もされずに、正当性を与えられたまま世界に発信され続けていくのだとすれば、またも大きな矛盾を次世代に残すことになる。
ユダヤ系チェコ人としてプラハに生まれ、ナチのホロコーストから逃れ、アメリカで教育を受けて国務長官にまで上り詰めたオルブライトは、栄光に満ちたテープカットを終えると感極まったようにこうスピーチした。「私もまた難民であった」と。アルバニア難民に寄り添う意図を示した名演説に一見、思われる。しかし、彼女は気が付かないふりをしている。あの空爆がまた無数の難民を生んだということを。
