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性知識イミダス:女性の「産まない」選択はなぜ制限されるのか(前編)「わたしの体は“母体”じゃない」訴訟から見えてくること

イミダス編

(構成・文/加藤裕子)

 世界の多くの国の女性にとって、「不妊手術」はあたりまえに使える避妊法である。医学的な安全性も確立されていて、当人の意思が確認されれば何の条件もなく受けることができる。しかし、日本では母体保護法の規定により、独身で出産経験のない女性が不妊手術を受けることは基本的に不可能だ。2024年、こうした規定は憲法違反であるとして、「妊娠したくない」女性たちが国を相手に裁判を起こした。彼女たちの訴えには、「わたしの体は“母体”じゃない」訴訟という名称がつけられた。この訴訟名が意味することは何か。母体保護法の規定は何が問題なのか。訴訟の弁護団長を務める亀石倫子弁護士にうかがった。

*「産まない選択」についてもっと知りたい人は、「性知識イミダス:コロナ禍で問われる性・生殖〈前編〉~避妊・中絶・ピル……『産まない選択』の危機的状況が浮き彫りに」をご覧ください。

*[2026年3月30日]後編末尾に編集部追記あり

亀石倫子弁護士

 

母体保護法における「不妊手術」とは

 ――今回の訴訟は、母体保護法が不妊手術を原則禁止していることは憲法違反であると訴えていますが、そもそも母体保護法は不妊手術についてどのような規定を定めているのでしょうか。また、それらがなぜ憲法違反になると考えられるのでしょうか。

 まず、母体保護法における不妊手術とは、「生殖腺を除去することなしに、生殖を不能にする手術」(第2条)を指します。なお、女性が不妊手術を受けるというと「子宮を摘出する」というイメージを持つ方がいるかもしれませんが、多くは卵管結紮けっさつ術という、身体に負担が少ない方法で行われます。
 そして、不妊手術を受けることができる条件として、「妊娠又は分娩が、母体の生命に危険を及ぼすおそれのあるもの」、または「現に数人の子を有し、かつ、分娩ごとに、母体の健康度を著しく低下するおそれのあるもの」(第3条)のいずれかに限ると定めています。どちらにも「母体」とあるので女性を想定していると考えられますが、いずれかに該当する者の配偶者(事実上の婚姻関係を含む)も、不妊手術を受けることができます。医師は、不妊手術を受ける本人と配偶者の同意を得て、不妊手術を行うことができます。どちらにも当てはまらないのに不妊手術を行った医師は、「1年以下の懲役又は50万円以下の罰金」(第34条)を科されます。

 今回の訴訟の原告となった5人の方たちは、さまざまな理由で自らの身体から生殖能力を取り除くことを望みながら、母体保護法が定める要件にあてはまらないため、日本で不妊手術を受けることができません。原告の方々にとって、不妊手術は自分らしい身体で自分自身の人生を送るために不可欠な手段であり、それを受ける自由は日本国憲法第13条(すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする)によって守られているはずです。
 さらに、母体保護法の不妊手術に関する各規定は、「女性=家を存続させるための子を産む存在」とみなし、戦前の家父長制度を前提とした家族のあり方を、刑罰をもって強制するものと言えます。両性の平等をうたい、明治憲法下の家父長制的家族観を否定する日本国憲法第24条、特に2項では「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない」とあることに照らせば、母体保護法の「配偶者同意」や「現に数人の子」を産んでいるという不妊手術要件は、明らかにこれに反しています。

なぜ公共訴訟で「不妊手術」の問題を訴えるのか

 ――母体保護法の「配偶者同意」要件については、主に中絶に関連するリプロダクティブ・ヘルス・アンド・ライツ(生殖に関する健康と権利。RHRとも呼ばれる)の問題として批判されてきました。今回、中絶ではなく不妊手術の観点からの訴訟となった経緯を教えてください。

 2023年7月、私が仲間たちと立ち上げた「LEDGE」は、公共訴訟に特化した専門家集団です。公共訴訟とは、司法を通して社会のおかしな制度やあり方を変えようというもので、立候補年齢引き下げやレイシャルプロファイリング(人種・皮膚の色・民族的出自などを理由に、警察が個人を犯罪捜査の対象とすること)、夫婦別姓などとともに、リプロダクティブ・ヘルス・アンド・ライツの問題にぜひ取り組みたいと、当初から考えていました。

 おっしゃるように、女性が中絶手術を受けるにあたり、日本では当人の意思だけではなく配偶者の同意が必要とされること、また明治時代に作られた堕胎罪がいまだに刑法に残り続けていることは、リプロダクティブ・ヘルス・アンド・ライツの観点から問題があり、先ほど述べた日本国憲法第13条、第24条にも違反すると言えます。
 そこで、私たちはまず中絶について、裁判の原告になってくれる方を探すことにしました。明らかに問題だという状況を変えたくても、公共訴訟は原告がいなかったら起こすことができません。しかし、この段階で私たちは壁にぶつかりました。
 たとえば配偶者の同意が得られず、中絶を諦めて出産した方にとって、既に生まれている子どものことを考えると、中絶する権利を訴える原告になるのは、非常にセンシティブです。また、なんとか相手の同意を得て中絶をしたという方でも、そのことによる心の傷はとても深く、原告になってもいいという方は今のところ見つかっていません。20年ほど前に中絶したという女性が数名、手を挙げてくださったのですが、そこまで時間が経過していると時効の問題があるので、やむなくお断りしました。

「原告になってくれる方が見つかるまで待っていると、いつ訴訟を起こせるかわからない」と途方に暮れる中で出会ったのが、今回の裁判の原告のひとりである梶谷かじや 風音かざねさんです。梶谷さんは以前から配偶者同意の問題について声を上げてきた方で、幾度かお話しするうち、梶谷さんが長年、生殖能力のある自分の身体に強い違和感を抱き続け、不妊手術を切実に望んできたこと、しかし、国内では母体保護法が障壁となって手術を受けられない状態におかれていることを知りました。リプロダクティブ・ヘルス・アンド・ライツについて関心を持っているつもりの私たちでしたが、恥ずかしながら、そのとき初めて、不妊手術を受けるには、配偶者同意や生命危険要件といった規定が設けられていることを学びました。
 改めて、不妊手術に関する法律の建て付けを見直してみると、課されている要件は明らかに不合理だと気づきました。胎児の権利や、その父親になる人の権利も問題となり得る中絶と違い、不妊手術の場合はまだ胎児もその父親も存在しません。完全に女性単体の自己決定権で済むものに、配偶者同意やその他の要件を定めて厳しく制限している現状は、きわめて違憲性が高いと考えられます。梶谷さん自身が、「いつか自分が原告になって、不妊手術の問題を訴えたい」と考えていたことに加え、他の原告になってくれそうな方々を集めてくれたおかげで、訴訟条件を整えることができました。

 

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イミダス編

いみだすへん

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