imidas - 情報・知識&オピニオン

連載

性知識イミダス:女性の「産まない」選択はなぜ制限されるのか(前編)「わたしの体は“母体”じゃない」訴訟から見えてくること

イミダス編

(構成・文/加藤裕子)

「母体保護法」の名称が表す「女性=母体」という前提

 ――条件が整った段階から実際の訴訟に至るまで、どのようなステップがあったのでしょうか。

 実は、私たち弁護団は最初、「妊娠したくない、だから不妊手術を受けたい」という梶谷さんたちの主張について、あまりピンときていませんでした。弁護団のメンバーは男性3人、女性3人で構成されていますが、男性たちはもとより、私も含めた女性陣も、なかなか「腹に落ちない」ところがあったんです。
 もちろん、理屈では「不妊手術に要件が課されるのはおかしい」とわかりますし、私自身、子どもがいない人生を選んでいるので、「妊娠したくない」という気持ちには共感できます。ただ、他にも避妊の手段が存在するなかで、そこから「不妊手術を受けたい」とまで思う切実さに対しては、心から納得できていない部分がありました。
 それは、今回の訴訟のネーミングを決めるまでの議論にも表れていたと思います。最初に上がった案の中には「ママにならないことにした私の訴訟」というものもありました。このときの私たちは、不妊手術をめぐる問題を「子どもを持たない」という女性のライフスタイルの尊重として捉えていたわけです。しかし、母体保護法が成立された経緯を検証していく過程で「これは単なるライフスタイルの選択の話ではない」ということが浮かび上がってきました。

 母体保護法のルーツは、1940年につくられた国民優生法にあります。この時代の日本は「産めよ増やせよ」の時代で、国民優生法の目的は、「悪性」の遺伝子の増加を防止するという優生思想の実現を図りつつ、避妊手術や中絶を規制し戦時下での人口増加を支えるというものでした。この法律により、「優生手術」(優生的理由に基づく不妊手術のこと)以外の不妊手術は原則禁止、違反した場合は刑罰を受けるなど、厳しく制限されたのです。優生手術を受ける場合でも、当時の日本の法律では、女性の意思は配偶者または父母の支配下にあるとされていましたから、実施にあたっては配偶者同意要件が定められ、配偶者がいない30歳未満の女性は両親の同意が必要とされました。

 戦後、人口過剰になった日本は一転して人口抑制政策をとることになります。1948年成立の優生保護法では、優生手術の目的を「不良な子孫の出生を防止する」として国民優生法の考え方を引き継いだだけではなく、「母体の生命健康を保護」という項目を新たに設けました。その結果、「質」を保ちながら人口を減らすために不妊手術が悪用され、障害者に対する強制優生手術(強制不妊手術)が行われました。ちなみに、この法律は議員立法で、全会一致の賛成で成立しています。戦後になっても、国家が出産を管理するという思想が社会に生き続けていたということでしょう。
 しかし1970年代後半から、優生保護法の前提にある優生思想や障害者差別に対する批判が高まってきます。特に、1994年にエジプトのカイロで開催された国連国際人口開発会議において強い非難を浴びたことで、1996年、優生保護法は母体保護法に改正され、優生手術も「不妊手術」という名称に変わりました。ところが、見直しが行われたのは優生思想的規定のみで、他の条文はそのまま据え置かれたのです。強制不妊手術も、不妊手術に対する厳しい制限も、「産む・産まない」の自己決定権が奪われているという点では同じであり、片方だけが改正されるというのは理にかないません。

 こうした過程をたどっていくと、国家にとって女性の生殖能力は国力に関わる重大な関心事であり、これをいかに管理するかが、一人ひとりの女性の自由や権利よりも上位におかれている、それが日本の現状であることが見えてきます。そもそも「母体保護法」という名称自体が問題だと言えるでしょう。妊娠経験がないまま不妊手術を受けたい女性はまだ「母体」ではないにもかかわらず、「母体保護法」の適用対象にされています。この法律によって否応なく「女性=母体」とされてしまっているわけです。

 ――そこから「わたしの体は“母体”じゃない」という、今回の訴訟の名前が決まっていったのですね。

 はい。「不妊手術を受けたい」という原告の訴えは、女性の「産む・産まない」の選択の自由や権利が国によって管理されていることへの異議申し立てなのです。原告の皆さんからも「私たちの想いを言葉にした、すごくいいネーミングだと思う」と喜んでいただき、やっと私たち弁護団の理解が追いついたと思えました。
 もっとも、「不妊手術を受けたい」という原告の訴えになかなかピンとこないのは、私たちだけではないように思います。今回の訴訟で専門家に意見書を書いてもらおうと、何人かにコンタクトをとりましたが、「この人ならリプロダクティブ・ヘルス・アンド・ライツに理解があるのでは」という方でも、なかなか話が噛み合いません。不妊手術の問題について取り上げている文献や論文も探してみたのですが、これというものがなかなかないのです。そのような経験を重ねるうち、社会全般でこの問題が盲点になっていたのではないかと思うようになりました。

世界では不妊手術は一般的な選択肢のひとつ

 ――今回の訴訟に対して、メディアからはどのような反応がありましたか。
 
 今回の訴訟に関心を持ってくれた報道関係者は何人かいるのですが、その全員が女性でした。しかし、「男性上司の理解が得られなかった」と言われたり、途中から連絡が来なくなったりするなど、実際に取り上げられる機会はまだ少ないのが現状です。日本では、メディアにおけるリプロダクティブ・ヘルス・アンド・ライツへの理解が十分ではないということ、特に今回の訴訟については、やはりまだ誰もピンときていないのだろうということを、改めて実感しています。
 対照的に反応が早かったのは海外メディアで、「先進国であるはずの日本で、リプロダクティブ・ヘルス・アンド・ライツの分野がここまで後れているとは」と、受け止められているようです。特に「ニューヨーク・タイムズ」の記事は反響が大きく、それを見た国外の人たちから支援の申し出もありました。
 海外の反応では「不妊手術が原則禁止」ということ自体への驚きも聞かれました。実際、世界の多くの国で不妊手術は一般的な避妊の選択肢として認められています。137カ国を対照とした国連の調査では、不妊手術を明示的または解釈により禁じているのは8カ国のみで、日本以外ではグァテマラ、キルギス、ルワンダ、スーダン、ミャンマー、サウジアラビア、ベネズエラです。このうち配偶者同意を必須とするのは、日本、ルワンダ、ベネズエラの3カ国、それに多産要件も加えているのは日本とルワンダだけです。日本にいると、「不妊手術は避妊の選択肢のひとつ」ということ自体が考えの外になってしまうのかもしれません。

 ――世界の趨勢とこれだけかけ離れているにもかかわらず、母体保護法がリプロダクティブ・ヘルス・アンド・ライツに即した方向で改正される動きはなかったのでしょうか。

 1996年に優生保護法が母体保護法に改正されたとき、参議院厚生委員会から「この法律の改正を機会に、国連の国際人口開発会議で採択された行動計画及び第四回世界女性会議で採択された行動綱領を踏まえ、リプロダクティブヘルス・ライツ(性と生殖に関する健康・権利)の観点から、女性の健康等に関わる施策に総合的な検討を加え、適切な措置を講ずること」という附帯決議が出されています。2000年の母体保護法一部改正時にも、衆参両院による附帯決議等でリプロダクティブ・ヘルス・アンド・ライツの理念を踏まえた法整備の必要性が言われ、翌年の参議院共生社会に関する調査会でも同様の報告が出ています。しかし、その後、母体保護法にリプロダクティブ・ヘルス・アンド・ライツの視点を踏まえた改正はまったく行われていません。当時の議論や附帯決議は20年以上、棚ざらしにされたままです。
 あくまで想像ですが、選択制夫婦別姓制度の問題も同じく前に進んでいないことを考えると、この間の日本の政治状況において、家父長制に根差した伝統的家族観を持つ保守系政治家の影響力が大きく、議論すら進まなかったということかもしれません。政治が動こうとしない状況において、司法でこの問題を問う意義は非常に大きいと考えています。

「女性の『産まない』選択はなぜ制限されるのか(後編)『不妊手術』という選択の背景にあるもの」につづく〉

著者情報

イミダス編

いみだすへん

関連記事

新着記事

imidasの更新情報をお届けします。