福島を語る(3)『大熊町史』に刻まれた警鐘
岩本 原発ができて金銭的には豊かになったかもしれないけれども、水田単作農村だった昔ののどかさはなくなってしまいました。村に入って話を聞くと農業をやっている家でも会社員になっている人が多いですね。会社勤めで給料をもらって、農家の収入分はおまけのようなものになっています。他に仕事がなくて、孫請けの会社に雇われながら除染の仕事をしている人もたくさんいます。このあたりでは、東京電力ではなくても、その子会社、孫会社に勤められれば御の字なんですよね。給料の額が地元の会社とは全然違いますから。だから、今でさえ、事故が起きなければ原発はあっても別に悪くないという風潮があります。
三浦 原発事故が起きて、それでもまだ原発で食べていかなければいけないということでしょうか。それは、あまりにも悲しい事実ですね……。日本はエネルギーを多く持たない国です。石油も出ませんし、石炭もなかなか厳しい。そうした中で日本が生き残っていくためには、原発というのはどうしても必要なのでしょうか。
岩本 未だに「次は用心するから事故を起こさない」という神頼みのような考えを持つ人がいますが、廃炉作業でも、大小問わず何らかの事故が起きています。そうした中で、今後、致命的な事故が起きないという保証はまったくありません。原発をつくって、維持するということは、今後も事故が起きうるのを受け入れるということなのです。その覚悟が果たしてあるのか。少なくとも私は『大熊町史』の中で、“原発との共存・共栄”とは、決して書きませんでした。今でも、それは間違っていなかったと思っています。
