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福島を語る

福島を語る(4)「帰れない村」の現実

三浦英之(新聞記者、ルポライター)

石井ひろみ

三浦 全国では原子力災害で被害を受けた人たちによる訴訟が続いています。津島でも、住民の約半分の700人弱が原告となって訴訟を起こしました。石井さんはその原告団の副団長でもあります。津島訴訟には、大きく二つの特色があります。一つは、現時点で津島全域が帰還困難区域になっているので、全員が家に帰れない状態であること。もう一つは、国の責任を認めさせたり、賠償金を求めたりする訴訟に加えて、故郷をきれいに元に戻してくれと訴えていることです。裁判で「原状回復」という要求が認められるのは、極めて難しいことだと思いますが、それをあえて求めた理由は何ですか。

石井 放射能汚染なので、即座に元に戻せるわけではないことはわかっています。でも汚れたままにはさせないぞ、という意思をどうしても示したかったのです。私たちは、自分たちの意思で故郷を出て行ったわけではありません。この土地を離れざるをえなかったわけです。責任がある者に対して、元に戻してくれというのは、当然の要求だと私は思います。何年かかったとしても、きちんと故郷を戻してほしい。それが原告団の一番の願いです。
 2021年7月の一審の判決で、国の責任は認められました。個人の所有地に対しては、妨害排除請求権(放射性物質の除去等を求める請求権)があるとされました。しかし、それは、私有地以外の山などには及ばないというのです。津島の住民は上下水道がないので、井戸を掘るか、山からの引水を生活用水として使っています。だから山全体が除染されないと、雨が降れば生活用水に放射性物質が流れてきて、また線量が上がってしまう。私たちにとっては、山もすべてが生活圏なんです。すでに仙台高裁へ650人で控訴していて、2022年の春以降、公判が始まる予定です。

 

築150年の石井さんの自宅

 

津島のコミュニティこそが故郷

三浦 津島の中でも、全体の1.6%に当たる地域は、2023年の春に避難解除が予定されている「特定復興再生拠点区域」に指定されています。この石井さんの家は、その地域に当てはまりますね。家に戻られる予定はあるのでしょうか。

石井 私にとっての故郷というのは、決して家や土地だけではなくて、津島の豊かなコミュニティなんです。たとえ全域の除染が終わったとしても、震災前のコミュニティはもう戻ってこない。私もいま72歳ですから、そろそろ運転免許の返納を考えなければいけない年です。若い人の世話にならなければいけないことも出てくる年齢に近づいています。でも、子どもを育てている若い人たちに戻ってこいとはなかなか言えない。年寄りだけが戻って津島が自然消滅するのを国が待っているのだとしたら、それは“廃村”ではなく“棄村”ですよね。

三浦 僕はこの3年半、津島に重点的に通ってきましたが、メディアで伝えられているものと、実際の現場とのギャップがとても大きい。どうして事実が伝わらないのか。やはり、まだ原発を続けようとする力がとても強いからなんですよね。広告業界や行政においても、電力業界の力が極めて強い。たとえばテレビでは、スポンサーに電力業界がついていると、事実を正面から取り上げようとしたがらない。新聞においても、やはり東京目線というのがいま非常に強くなっていて、福島の現状を伝える力がどんどん弱くなっている。その結果、メディアの人たちも「避難指示が解除されてよかったですね」と言って、住民に対して安直にマイクを向けてしまう。

石井 帰らない人は、「なぜ解除されたのに帰らないんですか」といろいろな人から責められてしまうんです。実際には「帰らない」のではなくて、「帰れない」のですが、なかなかわかってもらえません。
 この家は築150年になりますが、もう解体するしかないと、夫と話しています。震災のあと、イノシシが家の裏の畑を掘り返して、家の裏のU字溝を埋めてしまいました。だから、強い雨が降るたびに床下浸水をして、大黒柱の向かいにある恵比須柱はもう腐ってきています。戸はイノシシに3回も壊され、最後はコンパネを打ち付けました。家の中は、ネズミの糞やもっと大きな糞が落ちています。最近では家の中でコウモリが飛んでいました。こうした状況を目にするのは、この家を守ってきた主婦として、とてもつらいんです。
 一時立ち入りの際に木や草に覆われた友人宅を目にして、私は涙が止まりませんでした。わが家の前を通る地元の人に、同じような思いをさせたくなかったので、それから毎年、避難前には使わなかった除草剤を国道に面した庭にだけ撒いています。
 あるとき、避難先に自衛隊の方が慰問に来られて、みんなで民謡の「ふるさと」をうたいましょうということになりました。でも、私は津島での暮らしや人々の顔が次々と思い浮かんできて、泣けてしまってうたえなかったんです。前にいた方が振り返って私を見るので、懸命にうたおうとしたんですけど、どうしても声が詰まってしまって……。
 子どものころから各地を転々としてきた私は、嫁いでから震災まで40年かけて、必死に暮らしながら故郷を手に入れていたんだと、そのときに思いました。そしてそれを失ったことが自分にとってどれほど大きいことだったのか、避難生活の中で思い知らされました。気がつくと、津島が私の「ふるさと」になっていた。私にとっての故郷は、やはり津島のコミュニティなんです。

著者情報

新聞記者、ルポライター

三浦英之

みうら ひでゆき

1974年、神奈川県生まれ。『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で第13回開高健ノンフィクション賞、『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(布施祐仁氏との共著)で第18回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で第25回小学館ノンフィクション大賞、『南三陸日記』で第25回平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞、『帰れない村 福島県浪江町「DASH村」の10年』で2021年LINEジャーナリズム賞、『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』で第10回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第22回新潮ドキュメント賞を受賞。

石井ひろみ

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