第6回 小倉
前野健太(シンガーソングライター/俳優/エッセイスト)
昼過ぎの新幹線で名古屋に向かった。

夕方名古屋に着きタクシーでホテルへ。名古屋の車は激しい。黄色、ほぼ赤になりかけでもグンと行く。宿に着きチェックイン。この日はセンチュリーシネマという映画館でライブ。監督でミュージシャンの甫木元空(ほきもとそら)さんの映画『はだかのゆめ』に自分も出ていることから、ジョイントライブ、映画上映、という運びとなった。ただ普通のイベントではなく、オールナイト興行。ライブをして映画2本上映、それからまたライブ。終わったのは朝の5時頃だったか。建物の8階が映画館だったが、控えスペースから非常階段へ出ると、朝日がちょうど昇り始める頃だった。

こういう遊びはいつぶりだろう。映画館の方からビールをいただき、ささやかな打ち上げ。朝日を眺めながら。外へ出ると朝の6時くらいで、空が青、というよりも黒に近い青色をしていて驚いた。

オールナイトというのは宇宙を体験できるものなんだなと、空を眺めながら思った。
宿で軽く仮眠をとり、名古屋駅へ向かった。
名古屋駅で新幹線乗り場へ向かい、昼前の「のぞみ」に乗った。向かうは小倉駅。

11月ももう下旬だったが、陽の光は強く、暖かかった。暖かいというよりも車内は暑かった。暖房が効いていたか覚えていないが、少し汗をかきながら、眠った。
小倉駅からはモノレールに乗り、4つ目くらいで降りた。この日予約していた宿へ行くためだ。
大型連休の人も多かったのか、ホテルはどこも一杯で、キャンセル待ちをしていた旅館から空きが出ましたと連絡があったのは名古屋へ向かう5日前くらいだった。目的地から一番近い宿だったのでとても助かった。
宿へ着くとおじいさんが2階の部屋へ案内してくれた。風呂もトイレも共同の素泊まり3千円。古い民宿のような宿。気に入った。窓から午後の光が綺麗に入っていた。

玄関を出たところに大きな木があり、樹液がねっとりと出ていた。いい旅になりそうな予感がした。
宿の主人に「自転車ってあったりしますかね…」とダメ元で聞くと、「あるよ、空気が入ってないけど」とご主人。「空気入れるからちょっと待ってて」と言って空気入れを持ってきて入れてくれた。「あれ、鍵がないな、ちょっと待ってて」と主人が中に戻ると、いつの間にか知らない男の人が側に立っていた。こちらを見て「あなたここの人?」と急に聞かれ、「今日泊まる者です」と返すと、「あ、そう。最近ここらへん変な人多いから」と言われる。一瞬緊張が走ったが、主人が「あったあった」とにこやかに戻ってきてくれたので安心した。
貸してくれた小さな自転車で、近くの競輪場まで出かけた。

この日は「競輪祭」という大きなレースの5日目。オールナイトで体は疲れていたが、これから行われるトップ選手たちの走りを見られると思うと、心は弾んだ。秋の晴天で、山も美しかった。

小倉競輪場は競輪発祥の地だ。ここで何年か前に初めて競輪を見た。その時に、選手がバンクを駆け抜けるスピード、風の音、に体に電流が走るような興奮を覚えた。それ以来競輪は好きで見ている。小倉はドームで室内だ。前は気づかなかったが、バンクの内側に子供たちが遊べるエリアがあり、レースとレースの合間にはゲームのようなものもしていた。マイクで喋るお姉さん。子供たちのわっきゃわっきゃの笑い声。観客席で競輪新聞を見る大人ら。その光景がなんとも言えなかった。

うどんを食べ、予想をし、お笑いのライブがあったので少し覗いた。
テツandトモが出ていて、これが良かった。初めて生で見たが、ギターの音がまず良い。マイクで録っていなかったので、無線で音を飛ばしているのだと思うが、演奏のキレ、音、共にカッコよかった。歌も。プロの芸人の営業は勉強になる。ここでいざ歌え、と言われたら何にも出来ないのではないか、自分は、と思った。ポスターを見ると翌日はモノマネの古賀シュウが来る。

モノマネが好きなので楽しみだ。
この日は準決勝が3レースあり、その上位3人がそれぞれ翌日の決勝へ進める。決勝はその9人で争われる。年末に最も大きなKEIRINグランプリというレースがあり、そこへ出られるかどうかの最後の大一番が競輪祭なので、ボーダーライン上にいる選手は気合が入る。すでに確定している選手は優勝する必要はないが、賞金が約5千万なので、優勝しなくてもいい、という選手はまずいない。準決でもいい動きを見せた深谷が明日の決勝でも仕事をするだろう、とレースが終わって考えた。夏頃は今ひとつだったが、秋頃からグンと良くなり、競輪祭で完全に波に乗っている感じがした。
競輪場を出ると冷たい風が吹いていた。セーターを着て、レッグウォーマーを履いて自転車にまたがった。今日は早めに寝よう。宿へ戻る前に近所で1杯だけと思い酒場へ入った。
店に入ると大将が「もうあと30分くらいでラストオーダーですが」と言った。それでも大丈夫ですと伝え入れさせてもらった。先客で女性が1人いた。カウンターで大将と話していた。競輪の話をしていた。話に混ざりたいなと思いつつ、なかなか入れない。深谷の話になった。ここだ、と思い、「今日深谷すごかったですね」と大きめの声で入った。こういう時の声の大きさ、トーン、は重要で、目的の女性にドンと当たると驚かせてしまうので、ふわぁと大将と女性の中間地点を狙い、投げた。距離があったので、あまり声が小さいとただの独り言になってしまう。ふわっと程よい速度でこちらを向いてくれたので、成功した。「そうねえ、あまりちゃんと見てないけど、明日は決勝に乗るんでしょ」「そうですね」。一安心だ。それから会話が始まり、その女性は昔小倉競輪場の医務室で働いていたんだよと大将が教えてくれた。深谷くんはほんとに礼儀正しくて良い子だった、と女性が教えてくれた。それからずっと応援してるの、と。やはり明日の決勝は深谷だ。しかし年末のグランプリが決まっている深谷は後輩を勝たせるためにラインの先頭で風を切るだろう。深谷の後ろを走るのは松井だ。松井は初のグランプリ出場がかかっている。深谷がガンガン飛ばして逃げて、チャンスは松井。女性と大将にお礼を言い、店を出た。
翌日、快晴。チェックアウトを済ませ、別の宿へ。荷物を置かせてもらい、旦過(たんが)市場周辺を歩く。

喫茶店がなかなかなく、ようやく見つけた天守閣という店は、やっていなかった。

それからランチ寿司を食べて、ゆっくり競輪場へ向かった。
風景がピタッと貼り付いていた。

競輪場へ着くと、古賀シュウがモノマネライブをしていた。
これがたまらなく面白く、ゲラゲラ涙を流して笑った。芸を持つということの尊さよ。
決勝までいくつかレースを買い、どれも不発に終わった。そして決勝。地元九州出身、北津留への声援が凄い。

レースはやはり深谷が逃げた。2番手の松井に絶好のチャンス。しかしゴール寸前でかわしたのは眞杉だった。ラインがなく単騎の戦いだったが、それが逆にリラックスできて良かったのだろう。眞杉は夏のオールスターで初のG1タイトル、そして競輪祭と今年大ブレイクを果たした。松井は悔しそうだったが、もっと悔しい思いをしたのは深谷だろう。身を挺して松井を勝たせるために駆けたが、松井が差されてしまった。しかしこの時の深谷の迫力、眞杉の冷静な判断力とスピードは強く印象に残った。
1ヶ月後のグランプリでこの2人は必ず上位に食い込む走りをするはずだ。

優勝者表彰式で銀テープがバーンと舞った。
車券は外したが、勝負の清さを見せてもらった気がした。勝負は時に美しい。
興奮したまま、夜の繁華街へと向かった。
もう、冬が始まっていた。