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連載

第9回 続・沖縄の旅

前野健太(シンガーソングライター/俳優/エッセイスト)

   大通りに戻り、また別の路地に入りしばらく歩くと、ざわわで有名な「さとうきび畑」の歌誕生の碑があり、その先にようやく目的のチビチリガマが現れた。観光地という感じはしないが、トイレもあり、数台分の駐車スペースもある。歩き疲れたので一旦ブロックに腰掛けて水を飲んだ。
   しばらくすると車が入ってきて、60代くらいの男女4人組が、チビチリガマへの方へ歩いていった。観光客だろう。しばらくしてその4人組が出てきて、入れ替わるように茂みの中へと階段を降りていった。ハブに注意、という看板があった。
   ここで昔悲惨なことが起きた。大きな樹を眺めた。あまり長くは居られなかった。

   大きな樹

   とにかく歩き疲れて腹が減った。しばらく歩くと「花織そば」、という旗が見えた。喫茶店にでも入ってゆっくり考え事をしたかったが、見当たらないのでそのそば屋に入った。地元の若い母娘二組の先客がいた。椅子に腰掛けメニューにあった「花織そば」を注文。これが沁みた。美味い。出口でおにぎりを買ったかもしれない。それからまた歩いたのかバスに乗ったのか。海を目指した。米軍が初めて沖縄本島に上陸したという読谷の海。そこを目指した。また歩いているとフェンスが現れた。米軍基地のフェンスだった。上陸から70年以上経っているが、米軍はまだいる。フェンス沿いに歩き、ようやく海に出た。岩が削られていて、砲弾の跡だと、看板に書いてある。海は綺麗だった。サンダルのまま海に足を入れて、しばらく海を眺めた。ここにものすごい数の艦隊が現れて、海は真っ黒だったという。ラフな格好の白人女性が2人、岩場を散歩していた。自分も岩場に移動し、また海を眺めた。尻が痛い。ズズッとお尻をずらすとジッと音がした。少しズボンが破けた。

  今は静かな海

  しばらく海に滞在して、那覇の宿に戻る時間を意識しながらどうするか考えた。最終バスまでまだ時間はあった。大通りへ戻ると床屋が多いことに気がついた。なんでこんなに多いのか。せっかくだから髪でも切るか。この街で一番いけてる髪型にしてもらおう。1軒の床屋に入る。
   大将は地元の中学生の髪を切っていた。横の椅子に座る。おかみさんが担当してくれるようだ。どのくらい切りますか。そうですね、自分に似合いそうな髪型をお願いします、お任せで。そうねえどうしようかしら、と言いながらばすばす切っていく。切る前の写真を撮らなかったのが悔やまれるが、けっこう長かった。短いの似合うと思いますよ、とどんどん切っていく。途中、ん〜切りすぎたかな、とおかみさんは微笑み、鏡を見るとたしかに短い。でも蒸し暑い6月の気候にぴったりだ。色々お話を伺い、店を後にした。

   けっこう短くなった

 床屋が多いのは、軍人さんは定期的に髪を切らなければいけないので、需要があるとのこと。本当に多かった。その代わり喫茶店はなかった。喫茶店がないと旅をまとめることが出来ない。歩いて歩いて、それでも見つからない。諦めかけていたが「何か匂うなこの裏が」で裏路地に入ると、まさかの喫茶店だ。ガッツポーズをした。ほれみろ! 誰もいないのに、そう呟いた。店に入ると女性客だけで、少し気まずい。ワッフルが有名なようで、それを目的に来てる方もいるのか。もちろん自分もワッフルとコーヒーを頼む。そして運ばれてきたワッフルに胸が一杯になる。オーノー! そんな気分だった。大袈裟でなく涙が出そうになった。なんて自分は恵まれているのだろう。コーヒーが飲みたい、と言ったらコーヒー屋が現れて、焼きたてのワッフルに生クリーム、ブルーベリー。その甘さ、美味さったらなかった。ノートに旅をまとめようとするも、うまくまとめられない。ただ「生きているよろこび」みたいなことは書いた気がする。俺は小さい小さい人間だ、ワッフルとコーヒーで人生が満たされた気持ちになる。たしかそんなことを。

人生が満たされるワッフル

   店を後にし、終バスまであと2時間くらいか。せっかくならこの街で飲んで帰りたい。通りへ戻ると、提灯が灯っている店がある。外で女性がタバコを吸っていたか。電話をしていたか。すいませんやっていますか、と聞くと、どうぞどうぞ、と明るく店内へ案内してくれた。ここでしっぽり飲んで帰ろう。
   カウンターには先客が2人。常連客っぽい。自分もカウンターに座る。ん〜地元の方? ちがうよね? とママさん。あ、そこのチビチリガマを見にきたものです。県外からです。だよね〜、なんかちがうなあと思って。チビチリガマって行ったことあるかなあ、地元だけど、行ったことないかも。小学生の時に1回だけ行ったかな。おばあちゃんが「すごく怖いところだから」って小さい時話してくれたの覚えてる。だからすごーく怖いイメージ。そうママさんが話してくれた。それからは隣の常連客の方と何を話したか。いい感じで酔っ払った。常連客の1人は、たぶんママさんのことが好きなんだろうと思った。ママはたしかに可愛かった。
   壁を見ると、浜田省吾のレコードやポスター、CDが飾られている。浜省好きなんですか、と聞くと、かなりのファンらしく、歴も長いとのこと。遠くまでコンサートにも行っているらしい。聴きます? と言うので、ぜひ流してください、と伝えるとCDを流してくれた。歌詞カードを開きながら聴く。沁みてくる。浜省はずっとかっこいい、とママさんは言っていた。変わらない、と。熱く語るママさんにグッとくる。こんな店が地元にあったら通ってしまうだろう、そんな愛くるしさがあった。しかし切り上げなければ。終バスが迫っていた。勘定をすませ外に出ると、店の外まで見送りに出てくれた。手を振ってくれた。淡い恋心が、読谷の夜に浮かんだ。

沁みた浜省さん

   ほろ酔いで那覇行きの終バスに乗り込んだ。この日の総括はできなかった。車窓に映る夜景を眺めた。大きなハンバーガーショップ。基地のフェンス。勢いよく走るバス。俺は何しに来たんだろうな。バスは50分ほどで那覇バスターミナルに着いた。沖縄に移住した小学生の時の友達に急に会いたくなった。前もって約束するのが苦手なので、いきなり電話をかけてみた。何年ぶりだろう。出てくれた。声を聞くのは10年ぶりか。明日仕事が早いので街に出るのは難しいという。昔ほんとによく遊んだ。小学生の頃。毎日公園で何かしらの遊びをしていた。ああいう時間って取り戻せるはずなんだよな。友人はそろそろ沖縄から関東に戻ろうかと思ってる、と話していた。沖縄でやっていくのは難しい、と。背が高くて勉強ができて、正義感の強い男だった。自分はチビでちょこちょこしていただけだった。謝恩会で一緒に、チャゲアスを歌った。そんなことを宿へ戻る道すがら、思い出していた。

著者情報

シンガーソングライター/俳優/エッセイスト

前野健太

まえの けんた

1979年2月6日生まれ、埼玉県入間市出身。2007年『ロマンスカー』によりデビュー。ライヴ活動を精力的に行い、「FUJI ROCK FESTIVAL」「SUMMER SONIC」など音楽フェスへの出演を重ねる。俳優活動においては、主演映画『ライブテープ』が第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」作品賞を受賞。NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』他、TVドラマ、CM、映画、舞台に出演。エッセイ集『百年後』を刊行するなど、文筆活動にもファンが多く、他アーティストへの楽曲・歌詞提供も行う。最新アルバムは『営業中』(2024年)。文芸誌『すばる』ではエッセイ「グラサン便り」を2014年から2022年まで約8年にわたり連載。

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