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連載

第20回 日立2

前野健太(シンガーソングライター/俳優/エッセイスト)

 目覚めは良くなかった。
 大量に水を飲んでいたので、そこまで悪酔いという感じではなかったが、スッキリ、とは言えない。チェックアウトは朝の10時。部屋のカーテンを開けると、朝日が駐車場に降り注いでいた。高い建物がなく、空も広く見える。シャワーを浴びて、部屋を出た。

 荷物をフロントに預けて、自転車が借りられるか、尋ねる。少し渋っていたが、借りられた。途中休憩で人がいなくなるので14時以降に戻してくれるなら、という条件付きだった。もちろん大丈夫です、と答える。エレベーターの脇に置いてあった自転車を借りる。サドルを目一杯高くして座る。こうしないと腰が痛くなるのだ。さあこれで街は俺のものだ。そんな気分で朝の日立を走り始めた。
 1月19日。冬のど真ん中だったが、自転車を漕げば体も熱くなる。ダウンを脱ぎ、前カゴに入れる。コーヒーコーヒー、と呪文のように唱えるが、なかなか喫茶店は見つからない。国道沿い、商店街、住宅街、行ったり来たり走るが見つからない。30分経ち、40分経ち、それでも見つからない。その時、電柱に「コーヒー」の文字を見つけた。病院の広告はよく見かけるが、コーヒーの広告は初めてかもしれない。ここを左折、そう書いてあった。左に曲がると、確かにあった。大きな珈琲屋。ドアのところに、11時オープンと書いてある。あと15分ほどだ。中に人が見えたので、ドアを開け、念の為確認する。「11時から入れますか」「入れますよ」。よかった。心が急に晴れやかになる。安心して待つ間、少し周辺を散策したが、自分が泊まったホテルが近くにあり、なぜ気づかなかったのだろうと思った。

 11時になったので店に戻るとすでに先客がいた。常連さんだろう。モーニングメニューはなかったが、トーストセットとコーヒーを頼んだ。1時間近く彷徨っていたので、この店の存在が身に染みてありがたかった。そして運ばれてきた豪華なトーストセットよ。あなたに会えて、うれしい。目玉焼きが2つものっている。スープにコーヒーは少しお腹がたぷたぷになるけど。
 地元の新聞を読みながら、さてこれからどうしようかと考える。エネルギーチャージもできたので、山の方に行ってみるか。街と海を見下ろしたい。方角がよく分からないが、とりあえず坂を上ろう。会計を済ませ店を出た。そういえば自分が店に入った後、窓の外の駐車場がどんどん車で埋まっていくのが見えた。そして入ってきたお客さんが、ラーメンや定食を頼んでいた。隣の席の老夫婦が、美味しそうにラーメンを食べていたのが印象に残った。

あなたに会えて、うれしい

    山の方に行く前に、少し自転車を走らせた。コーヒー探しに彷徨っている間に見かけたお菓子屋が気になっていたのだ。渋い看板。食後に甘いものでも食べよう。中に入ると、手書きのポップが真っ先に目に入った。しかしそれはポップではなく、店を畳みます、という案内だった。100年ほど日立で和菓子屋を営んできましたが、3月いっぱいで閉店します、と書かれていた。残念、なんて言葉を一見の客である自分が使っていいわけないだろうが、残念、という感情が真っ先に湧いてきてしまう。長く続いていれば良い、ということでもないだろうが、100年以上そこにある店は、大きな樹のような安心感がある。旅の人間にとっては、街の昔を知るきかっけにもなる。店閉めちゃうんですね、なんて気軽に話しかけられるわけもなく、何種類かのお菓子を買って外へ出た。

100年以上続いたお菓子屋

   日立は鉱山で栄えた街。街中には鉱山へ向かう鉄道も敷かれた。今は線路は残っていないが、その跡地が駐車場になっていて、なんとなく道筋を想像できる。ということはこの勾配を上っていけば、山の方に行けるはずだ。自転車を走らせた。しかしすぐに大通りにぶつかり、ぷつりと道は途絶えてしまう。方角だけを頼りに、ジグザグに道を上っていくが、あまりに急坂のため、断念。せっかく上った道だったが、シューッと自転車で降りた。昨日打ち上げで地元の方から聞いた、遊園地の方に行けば、街と海を一望できるはず、という情報を頼りに、行き先を変える。幸いにも、遊園地の観覧車は街から見えた。かなりの高台に観覧車があるからだろう。
 そこを目指してまた走り始めた。地形がダイナミックで、自転車の動きはちっぽけに感じられた。山にアスファルトを貼り付けたような感じ。大きな上り坂では自転車から降りて、押して歩いた。
 ようやく観覧車が近づいてきた。神社もあり、その脇のくねっとした道を入ると、突然博物館が現れた。いつもは興味のないものだけど、入ってみようかなと思い、入った。なぜだろう。この街のことを知れる、そう思ったのかもしれない。建物の外壁にある「日立市郷土博物館」の文字のフォントに惹かれたのかもしれない。中に入ると土器が並んでいた。縄文時代から順に。鉱山やその公害について知りたいと淡く思っていたが、まさかうんと前の時代の土器、石器を見ることになるとは……。でもこれが良かった。器や埴輪を見ていて、それを作った人の手の動き、心の動きを想像することができた。

日立市郷土博物館

    2階には鉱山のことがしっかり展示されていた。公害、日立鉱山では煙の害、すなわち「煙害」が大きな問題となり、当時としては規格外の高い煙突が建てられた。高い煙突を建てれば、煙が空中で薄まるという狙いから。その大煙突は今も残っているという。高さは当時の3分の1ほどだけど。博物館の窓からも見える、と書いてあった。確かに、小さくではあるが、見えた。
 2階の展示で気になったのが、日立銀座通りの昔の写真だ。ライブの前に歩いた銀座通りは、ほとんどお店がやっていなかった。しかしこの昔の写真、1979年の通りを見ると、大きなデパートを中心に店も賑わい、人が多く出ている。地方都市は日立に限らず、このように、独立して、街は賑わいを見せていたのではないか。そんなことを想像した。

1979年の日立銀座通り

    博物館を出て、裏の遊園地の方へ、坂を上っていった。途中で自転車を停め、階段を歩いて上がる。果たして、遊園地はあった。小ぢんまりとした可愛らしい遊園地だ。隣には動物園もある。日曜日だったので、家族連れでほどよく賑わっていた。目的の観覧車は小さく、一番高いところでも地面から20メートルくらいか。それでも高台にあるので、見晴らしは良いだろう。これに乗ろうかと思ったが、ちらっと周りを見回すと、見えた。海が見えたのだ。ゴーカートのような、子供が乗る自動車の遊具、その敷地が少し迫り出していて、そこからよく海が見えた。自動車の邪魔にならないように端の方まで行き、眺めた。

高台にある遊園地から

   ああ海だなあ、と思った。そして翻弄されてきた街、人々のことを思った。鉱山で栄え、日立という大きな会社が出来、賑わいも絶頂を迎えたが、今は商店街も寂れ、街に中心がないように感じられた。それでも人はどっこい生きている。
 大きな回転ブランコから、子供たちの歓声が聞こえてきた。もう夕方になろうとしていた。

著者情報

シンガーソングライター/俳優/エッセイスト

前野健太

まえの けんた

1979年2月6日生まれ、埼玉県入間市出身。2007年『ロマンスカー』によりデビュー。ライヴ活動を精力的に行い、「FUJI ROCK FESTIVAL」「SUMMER SONIC」など音楽フェスへの出演を重ねる。俳優活動においては、主演映画『ライブテープ』が第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」作品賞を受賞。NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』他、TVドラマ、CM、映画、舞台に出演。エッセイ集『百年後』を刊行するなど、文筆活動にもファンが多く、他アーティストへの楽曲・歌詞提供も行う。最新アルバムは『営業中』(2024年)。文芸誌『すばる』ではエッセイ「グラサン便り」を2014年から2022年まで約8年にわたり連載。

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