第21回 冬のスティング
前野健太(シンガーソングライター/俳優/エッセイスト)

冬の親子
小さい子供とお父さんが、歩いていた。ただそれだけの光景に、思わず写真を撮ってしまったのは、絵になっていたから。雪があり、もこもこの服に包まれた幼子。その手を引いて、歩く父親。午後2時半。日曜日。昼ごはんを食べて、散歩に出かけたのかもしれない。買い物を頼まれて、一緒に行こうか、と外に出たのかもしれない。
前日土曜日の最高気温は2.9度。最低気温はマイナス4.9度。喫茶店で撮った新聞の写メに記録が残っていた。夜、雪が降って、積もった。その時自分はライブをしていた。
盛岡に来るなら真冬がいいと思います。真冬にぜひ来てください。
そう提案されて、ライブツアーの盛岡公演は、寒さの厳しい時期に決めた。2月22日。どんな風景が待っているのだろうとワクワクした。
盛岡に着くと雪は降っていなかった。迎えに来てくれた主催者の車に乗り込み宿へ。チェックインを済ませ、歩いて会場へと向かった。途中古い洋館があり、かつての銀行だと教えてもらう。橋を渡る時、ここがあの有名な「空に吸われし十五の心」ですよ、と言われたが、ピンと来ず、あとで石川啄木の短歌だということが分かった。
会場へはすぐに着いた。わんこそばの有名店の隣だった。隣だった、というか、その蕎麦屋の若旦那が作った別の店、だった。軽くリハを済ませ、隣の立派な控え室で蕎麦をいただいた。蕎麦好きの自分にとってはこれ以上ない、ありがたい賄い飯だった。その後お茶もいただいたが、ライブ前は1人で街でプラプラしたいので、ささっと飲み、街へ出させてもらった。
近くにアーケードがあり、少し歩いた。少し歩いただけで喫茶店を2軒見つけた。どちらにするか。会場に近い、未完成という店に入った。
先客が1人、いた。入り口に近いテーブル席で雑誌を読んでいた。紅茶を飲んでいた。自分は一番奥の席に座り、新聞を読み始めた。するとその婦人がすっと立ち、厨房に入っていった。従業員だったのか。その婦人がコーヒーを運んできた。新聞をパラパラめくりながら、アーケード街を眺めた。
外へ出るとすっかり暗くなり、気温がぐんと下がっていた。雪は降っていなかったが、冷える。控え室に戻り、着替え始めた。
ライブの前、夕景
時間になりライブが始まった。盛岡でのライブは3年ぶり。新譜『営業中』の曲中心に、汗をかきながら燃え尽きた。控え室へは裏から出て一旦外を移動するので、ドアを開けた瞬間、雪が舞っているのが見えた。お客さんからも見えたと思う。このままドアを開けて、雪を見ながらアンコールも良いなと思ったが、寒い寒いという反応だったので、やめにした。そりゃそうだ、暑くなっているのは演奏しているこちら側だけなのだから……。
無事アンコールも終わり、片付け、移動し、打ち上げへ。途中タクシーの車窓から見えた、石垣。雪で覆われ始めた城壁の石垣が、非常に色気あるものに見えた。
飲み屋に着いた。前にも連れてきてもらったことがある店だった。10年前の自分のサインが飾ってあった。こんな無名の人間の色紙を飾ってくれているなんて……。なんとも申し訳ない気持ちになる。自分の顔のイラストも描いてあったが、髪の量が多かった。新しい色紙を主催さんから渡されたので、髪の少なくなったイラストを添えてサインを書いた。誰も知らない人間のサインをすいません、という気持ちだ。
外へ出るとすっかり雪景色で、2軒目へ移動。古い味のあるスナック。ママが接客し、マスターは無言で、黙々と酒を作っていた。何も頼んでないのにシェイカーを振って、そのままシェイカーと小さなグラスをいくつか持って来て、そのグラスに順番に酒を注いだ。壁にはマスターの手書きのメッセージが書かれた紙がいくつも貼られていた。筆のようなもので書かれていて、それはメッセージというよりは格言に近かった。
会うと
やたらとやりたがる
くせに前戯は
おざなりで猿みたいだ
活字にするとそこまで迫力が出ないのだが、その筆文字、書体が合わさると、伝わってくるものがある。その他にも「作品」は色々あったが、一番グッときたのは、
今年も
よろしく
マスター
とだけ書かれた1枚。これ以上のメッセージはないだろうと思えた。スナックにしては広く、いつかここでライブがしたいなという気持ちになった。
店を出ると雪は積もっていた。タクシーで宿まで戻った。

冬の盛岡
翌朝、ホテルを出ると風が冷たい。二日酔いにはありがたい、冷たさ。熱が頭のほうに昇りやすい体質なので、顔を冷やさなくて済む。宿の近くを川が流れている。しばらく眺める。昨日降った雪がある。光がさす。幸福感に包まれる。呼んでもらい、ライブをし、金をもらい、旅の、風景の中に放り出される。個、男一点。雪景色。歌でも詠んでみたくなるのは、宮沢賢治や、啄木が生まれた地、育った場所だからだろうか。しばらく冬の盛岡を歩くことにした。
コーヒー屋を探しながら、城跡の周りを歩く。池を覗くと、水は凍っていた。歩けば体も温まり、服も脱ぎたくなるだろうと、インナーを宿に預けた荷物に入れてきてしまったが、体は冷たくなる一方だった。少し困った。どこかで買おうかと思った。そのギリギリのところで、蕎麦屋の暖簾が見えた。朝食も、朝のコーヒーもまだだったが、温かい蕎麦を食べようと決めた。暖簾をくぐると、ストーブが置いてあり、暖かい。さっき通り過ぎた盛岡じゃじゃ麺の店は行列が出来ていたが、蕎麦屋は空いていた。まだ昼前ということもあり、店の始まったばかりの澄んだ空気と、冬の寒さ、ストーブが心地よかった。温かい蕎麦を頼んだ。この蕎麦が沁みた。体の先まで熱い出汁が届いていくようだった。体は十分に温まった。
店を出て歩く。結局コーヒーは飲まず、石垣の近くまで行き、ぼーっとそれを眺めていた。地元の学生らしき人たちや、海外からの旅行者。誰かが作った雪だるまがあり、旅行者の2人はそれを写真に収めていた。その光景に微笑みかけたが、微笑みは旅行者に届かず、宙に浮いた。まっさらな雪が一面に広がっていたので、すくって丸めて誰もいないところに投げたり。暇なんだろうなと思った。自分は。

一部始終を見ていた、雪だるま
またのそのそ歩いて、川沿いへ。蔦に覆われたコーヒー屋があり、入った。曇っていたが、ようやく雲間から陽がこぼれはじめた。窓から外を眺めた。川が光を反射させていた。
店を出る前、店主と二、三会話をし、少し街との距離が縮まる。外へ出るとさらに陽は出ていた。もう少しだけ歩いたら帰ろう。別のコーヒー屋を見つけたが満席で入れず豆だけ買う。さらにもう一軒見つけたがまた満席。豆だけ買う。日曜の昼下がり、街に人は出ていた。そろそろ帰るか。歩いていると小さな子供を連れた父親とすれ違った。しばらく2人の後ろ姿を眺めていた。雪と幼子、父親。絵になるなと思った。
宿に戻る途中、また古い洋館があった。もりおか啄木・賢治青春館という建物だった。中に入り少し見学した。こういうものが街中にあると、俺も、という気持ちになる。俺も何なのだ、書きたくなるのか? 何を、歌を?
さよなら盛岡また来るよ
宿に着くと、やけに親切なフロントの人が何社も電話をかけ、タクシーを手配してくれた。タクシーは5分ほどで来た。荷物をトランクに入れ、乗り込んだ。運転手と話す。あれは何の楽器ですか、と聞かれたので、ギターです、と答える。いいですねえ、楽器、僕もやりたかったんですよ、ピアノ。でも子供の時、そんなもんやってる暇があったら体動かせと言われてね。今でも音楽は大好きですよ。どんな歌が好きかって? スティングがいいですね。一度だけ見にいったことがあるな、昔。スティングは苦労人でね。いろんな仕事やって、また復活して。日本人? 日本人なら柳ジョージかな。
あっという間にタクシーは盛岡駅に着いてしまった。もう少し話を聞いていたかった。スティングか。CD1枚も持ってないな。帰ったら中古屋で買ってみよう。
ホームに上がると、秋田新幹線「こまち」と東北新幹線「はやぶさ」が、ちょうどドッキングするところだった。こんな鉄の塊が連結して時速300キロで走るなんて。信じられない。冬は終わろうとしていたが、ホームはまだうんと寒かった。それが心地よかった。