第22回 だれかと話してる感じがする
前野健太(シンガーソングライター/俳優/エッセイスト)
まだ冬の競馬場
盛岡から戻ってきて冬の終わり、久しぶりに浦和競馬場に行った。
新しいスタンドが出来て、奥にあった食堂はなくなっていた。
小さい子供が大声で泣いていた。帰りたくない、と。それを無理やり引っ張って、恰幅のいい母親が連れて帰ろうとする。近くに友達の家族がいて、その子らとバイバイしたくなかったのだろう。また遊ぼうね、と声が聞こえた。日差しは少し強かった。
地方競馬は予想屋を見るのも楽しみのひとつだ。南関競馬、と言われている大井、浦和、川崎、船橋には予想屋がいる。船橋はあまり行ったことがないので実情はよく分からないが、それ以外のところは知っている。「夢追人」という予想屋が好きだった。
夢追人の静かな語り口は、もはや話芸の域に達していた。聞いているだけで愉しかった。コロナ禍で予想屋も休業せざるを得なかった時、大井に行ったが、予想屋のいない競馬場はさみしいものだった。
いつだったか、夢追人の隣に若者が立つようになった。弟子なのだろうか。予想の最中に、せがれ、という言葉が出たので、のちに息子だということが分かった。調べてみると、夢追人の父親も予想屋で、世襲なのかと驚いた。ということは息子は3代目になる。無事に継げば。
コロナが少し落ち着いた頃に大井に行くと、息子が予想をしていた。横には夢追人。親父よりも声が太かった。それから南関競馬にはあまり行かなくなったが、さて久しぶりの浦和はどうだろう。
「夢追人」の予想台を探したが見つからない。ただ息子はいた。予想を売っていた。しかし屋号は「ステップアップ」とある。ん? という一瞬の問いのあとに、独立したのか、と理解した。調べていないので分からないが、あるいは「ステップアップ」という予想屋に弟子入りし、後を継いだのかもしれない。いずれにせよ、息子は独り立ちしていた。そして予想を聞いたが、やはり良い。親父よりも声量はあるが、抑制がしっかり利いていて、夢追人の美学を受け継いでいる感じがした。レースの予想も、レースを見ることにも少し飽きていたが、彼がいるなら、また行きたい。そう思った。
ステップアップ
旅は、冬が溶け切る前に、次の街へ。伯方島という瀬戸内海の島で行われる音楽イベントに出るため、前乗りで福山へ向かった。前来た時はゆっくり出来なかったので、早めに福山に着くように出かけた。
福山には午後2時ごろ着いた。ホテルに荷物を預け、駅前で自転車を借りた。駅周辺をぷらぷらし、海の方を目指したが、なかなか辿り着かない。海はそこまで遠くないはずだが、方角が間違っているのか。途中犬を散歩させているお爺さんに尋ねたが、自転車だとだいぶあるよ、と言われた。なんとなく海の方を指差してもらい、その方向へ向かった。春の陽気だった気がするし、まだ寒かったような気もする。街道沿いに花が咲いていたので、春はそこまで来ていたはず。途中「月光」という純喫茶を見つけたが、やっていなかった。駅から離れたところに、あった。
月光
ようやく港につながるであろう細長い道に出た。立ち話していたエプロン姿のおばさんふたりに、港はこの道まっすぐですかね、と尋ねた。そうだけどけっこう遠いよ、と言われた。疲れていた。2時半くらいから走り始めて、もう夕方になろうとしていた。
商店街などないところに、ぽつんと和菓子屋があった。まずは甘いものをと思い入った。「ふくさ」というお菓子を買った。港って遠いんですかね、と主人に尋ねると、けっこうあるよけど裏はもう入江になってるよ、と教えてもらったので、自転車で裏に回ると、工場が建ち並び、入江に水がたぷたぷしていた。ああここでいいや、と水を眺めた。自転車を停めて、ふくさを食べた。あまりの美味しさに、店に戻って礼を言おうと思った。
しばらく入江で川を眺めた。海と言っていいのか。水鳥がぷかぷか浮いていた。誰も邪魔するものはいなかった。不法投棄されたであろう自転車や鉄屑に、雑草や花が絡んで、ひとつの作品のようになっていた。近くの堤防の上にはひと昔前の電話機が置いてあり、受話器が外れていた。とても印象的だった。そのまま受話器を耳にしたら、誰かと話せそうな気がした。
もしもし
店に戻り店主にふくさの感想を伝えた。めちゃくちゃ美味しかったです、と言ったのだったか。店主も喜んでくれた。ここで先代から継いでずっと和菓子をやってきたが、息子は継がないだろうから自分の代で終わりと言っていた。港へつながる道に、和菓子屋がある、というのはとても趣があるが、それは旅の人間の勝手な想い。道中食べようと思い、いくつか菓子を買ったら、おまけ、と言ってひとつくれた。いやいや払いますよ、と言ったが、また来てくれたらそれでいいから、と店主。旅の人間です、とは言えず、ありがとうございます、と礼を言い店を後にした。「調布」というお菓子だった。東京の調布と関係があるのだろうか。夕日が街を照らし始めた。
昔は船が入江の奥まで来て、人を乗せていたらしい(店主談)
腹が減ったので、駅の方まで戻り飯屋を探した。ぐるぐる自転車を走らせ、駅前の居酒屋に入った。混んでいた。軽く酒とつまみをつつき、店を出た。もう一軒探した。少し移動すると、いい感じの看板が見えた。これは間違いないだろう。暖簾をくぐると、誰? という顔をされた。旅の者です、という顔をした。おでん美味しいよ、と薦められたので、それと瓶ビールをもらった。おでんを出し終わると店主とおかみさんは椅子に座ってテレビを見始めた。色々福山のことを聞きたかったが、そういう空気ではなかった。日本酒、とメニューにあったので何がありますかと聞くと、これしかないけど、とパックの酒をカウンターに置いた。嘉美心。地元の酒だという。それをいただいた。嘉美心をちびちび飲みながら、ふたりの後ろ姿を眺めていた。少し酔ってきたので、お店かっこいいすね、と声をかけると、色々話し始めてくれた。相当古い店だという。看板は店主がデザインしたと言っていた。暖簾はなんとか染めと言っていた。あまり覚えていないが、居心地がよかった。礼を言い店を出た。
なんとか染め
自転車を返さなければいけないので、駅に戻った。次の日はライブがあるのでもう宿に戻るか、と思ったが、なんとなくタクシーに乗り込んでみた。スナックとかある飲み屋街まで。そんなことを言ったのか。タクシーは少し走って止まった。それからしばらく歩いた。ラブホテルの上空に月が出ていた。明るかった。なんとなく今日は戻ろう、そう思った。
翌朝、宿まで主催者の車が迎えにきてくれた。高速で橋を渡ると40分ほどで伯方島に着いた。リハを終え、海の方まで歩いてみた。途中缶コーヒーを買って、15分ほどで海に着いた。キラキラしていて、こんな美しい海見たことない、とため息が出た。前日買った和菓子を取り出して食べた。うまい、うまいよ。店主は遥か海の向こうにいるけど、なんとなく、その気持ちは、届く気がした。
