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連載

第24回 総社の夜

前野健太(シンガーソングライター/俳優/エッセイスト)

さっきは営業中だった……

   お店の人は片付け中で、ごめんなさ〜い、と元気よく返事をしてくれた。1人最後の客が洋食を食べていた。落胆した。最初からここに決めておけばよかったのだ。その時は準備中ではなく営業中だった。
 さあどうする。体力は削られていた。ガラス張りでいい感じの飲み屋はあった。あそこにしようか。ちょっとお洒落すぎるけど、行かないよりはいい。綺麗めの夫婦がワインを飲んでいた。女性2人組は談笑していて、自分1人がカウンターにいる絵は、やはりちょっと違った。すーっと店の前から離れて、仕方なくコンビニで弁当でも買って帰るか、そう思い自転車を走らせた。一度通った道をまた走る。たしかコンビニはこっちの方だったはずだと走っていると、見落としていたのか、1軒の飲み屋があるではないか。やっているのかやっていないのか、明かりが微妙についていた。ただ、しっかりと、暖簾がかかっている。これはやっているだろう。少し高そうな店だが、殺されることはないだろう。そんな気持ちで中に入ると、おや? という顔をされた。おそらく馴染みの客しか来ないのだろう。体調がイマイチなので、ご飯だけにしようと思ったが、せっかくなのでお酒と、おすすめのものを出してもらうことにした。疲れ切っていたし、諦めていたが、まさかのここが、名店であった。

透き通った大根のつま

 カウンターのひとつ空けた隣の席にいた女性が、よくここ見つけましたね、と言ってくれた。そうなんですよ、これが私の仕事なんです、と言いたくなったが、ただの奇跡であった(あとで地図を見たが、この店は載っていなかった)。色々なものをいただきながら、大将と女将さんと話していると、ジャージ姿の若い女性が入ってきた。女性は常連だった。しばらくすると、女将さんが奥から大きなおにぎりをふたつ、運んできた。女性は、自分は、自分は、と体育会系の喋り方をしていた。どうやら近くのサッカーチームの選手らしい。あるいは大学生だったか。細かくは覚えていないが、ここによく、夜ご飯を食べに来ているようだった。お酒は飲まないらしい。なんだかあたたかい店だなと思った。

大将の金言、刺さる

 すっかり気分も良くなり、体も元気になっているようだった。体と心というのは不思議なものだ。お礼を言い、記念写真を撮り、店を後にした。また来たい、そう思った。大将はけっこうなお歳と言っていた。

著者情報

シンガーソングライター/俳優/エッセイスト

前野健太

まえの けんた

1979年2月6日生まれ、埼玉県入間市出身。2007年『ロマンスカー』によりデビュー。ライヴ活動を精力的に行い、「FUJI ROCK FESTIVAL」「SUMMER SONIC」など音楽フェスへの出演を重ねる。俳優活動においては、主演映画『ライブテープ』が第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」作品賞を受賞。NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』他、TVドラマ、CM、映画、舞台に出演。エッセイ集『百年後』を刊行するなど、文筆活動にもファンが多く、他アーティストへの楽曲・歌詞提供も行う。最新アルバムは『営業中』(2024年)。文芸誌『すばる』ではエッセイ「グラサン便り」を2014年から2022年まで約8年にわたり連載。

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