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連載

第11回 蔵王

前野健太(シンガーソングライター/俳優/エッセイスト)

 現地調査のため蔵王に入った。
 2024年1月。真冬だった。
 案内しましょうか、という誘いを丁重にことわり、野に放たれる。
 用意してもらったのは国民宿舎1泊。あとは自由だ。

 車が蔵王の山に入ると雪はさらに強くなった。暖冬であまり降っていなかったらしいが、昨晩から急に降り始めた。冬の蔵王を見てほしい、という先方の目論見は見事にハマった。
 国民宿舎で降ろしてもらい、仕事のお相手とは別れ、さっき買ったばかりのレインウェアを上下装着する。3Lのサイズを買っておいてよかった。レインウェアの下はダウンジャケット、その下は厚手のセーター、ヒートテックだ。靴もさっき買った。10センチくらいなら雪でもいける、という靴だ。さあ行こう。

 この格好でまずはコンビニに入った。蔵王温泉に1軒だけあるらしいコンビニ。そこでノートを探した。自分が持ってきたノートでは少し大きすぎた。レインウェアの胸ポケットに入るサイズでないと、吹雪では使えない。ノートの棚を見ているのは自分だけだった。良いノートがあった。糸で綴じているものではなく、リング式のメモ帳。さっと出してさっと書いて仕舞える。これにしよう。一応2冊買った。ペンは持ってきていた。これでなんとかなるだろう。コンビニを出た。

 今回蔵王に招かれたのは、詩を書いてほしい、歌を作ってほしい、という依頼からだった。「山形ビエンナーレ 2024 in 蔵王」という美術のイベントがあり、そこに出品してほしい、という。自分のような歌歌いが美術のイベントへ、というのは少しミスマッチな気がしたが、今回は〝うた〟がテーマの美術祭らしい。蔵王の歌を沢山作った歌人・斎藤茂吉の歌碑がいくつもあり、そこを巡ってもらう、というのもひとつのテーマのようだった。そんなことだったので、自分も歌碑のあるところをまず巡ろう、そう思い立った。

 あまりの吹雪のため、まず拠点となるバスターミナルへ。ここで態勢を整えて、と思ったが皆立ち往生して外へ出られないでいる。しばらく考えたが、ここにいてもらちが明かない。仕方なく外へ出た。まずは目の前にある高湯通りを歩こう。 温泉街の入り口、高湯通りを入っていく。川が流れていて、そこに温泉も流れている。湯気が雪と混じる。すごい音、におい。ダイナミックなうねりを感じる。

温泉が混じる川。湯気と雪とにおいとしぶきと

   雪にも温泉にもあまり馴染みがないところで育ったので、これだけで驚く。ただ、どこか懐かしい気持ちにもなる。においだろうか。ズブスズブスと雪を踏みしめながら歩く。長い氷柱(つらら)、見たことのない長さ。じっくり眺めたいが、じっとしてはいられない。しばらく歩くとあまり見かけたことのない「餅屋」があったが、残念、やっていなかった。ああコーヒーが飲みたい。熱いコーヒー。するとありがたいことに1軒の店が。お土産も売っていて、飲み物も飲める。ありがたや。中に入るとストーブの暖かさで眼鏡が一気に曇る。暑いくらいだ。レインウェアを脱ぎ、ダウンも脱ぐ。すでに何かを成し遂げたかのような気分だが、50メートルくらいしか歩いていない。コーヒーを注文し窓際の席で飲む。手を温める。窓の外を眺めると、海外からの観光客もちらほらいるようだ。皆スキーだろうか。蔵王といえばスキー、温泉。

  ふと店の前に佇む女の人に目がいった。唇がぷるんとふるえた。あ、歌になる、と思った。雪と赤い唇というのは妙に合うと思った。メモ帳にそのことを書いた。外で飲むコーヒーも抜群だろうと思い、半分くらい残った紙のカップを持って、店を出た。コーヒーに雪が入っていく。乙だね、なんて思う。しかし気がついたらコーヒーは凍ってしまっていた。残りの一口は逆さまにして底をトントンやっても落ちてこない。諦めてクシャッとしてポケットにねじ込んだ。

誰も触れていない雪、つらら、美

 茂吉の歌碑はあった。しかし、近くに行こうと思っても、階段が雪で埋まっていて登ることができない。遠くから眺めたが、歌碑も半分以上雪で埋まっていた。しばらくその歌碑を眺めた。これ以外にも歌碑はまだ沢山ある。他の場所へ行ってみよう。

 上の方に行くのは難しそうなので、坂を下り、少し大きな道を歩いた。しばらく歩くとロープウェイ乗り場があった。全部で乗り場は3つあるようだった。自分以外は、スキー・スノボー客しかいなかったのではないか。スキー・スノボーにはもってこいの雪だ。楽しそうだ。ここに歌があるかわからないが、スキー・スノボー教室なるものがあった。やってみたい、直感で思った。歌を作るために歩くべきか、スキーをやって歌にすべきか。しばらく悩んだ。とにかく楽しそうだ。次の日に早朝からの教室もある。とりあえず、今日はやめておこう。それからも歩いて歩いて、メモを取ってメモを取って力尽きた。日が暮れるのも早い。宿舎に行って温泉でも浸かろう。

スキー・スノボーは楽しそう

 温泉に入り、少し息を整えた。温泉の力は凄かった。休憩所に書いてあった地球創世記の話に、グイっと引っ張られた。あの、温泉の岩場などについた緑色のコケ、藻のようなもの。その正体が書いてあったのだ。ビビビと来た。これはデカい歌が書ける。少し興奮して部屋に戻った。部屋で少しメモ帳を整理して、夜の街へ出た。しかしこれが誤算で、飲み屋はあったが、ことごとく断られた。2軒続けて。こんなことは初めてであった。何人? と1軒目では聞かれ、1人です、と言うと、あーごめんなさい、と言われた。2軒目では入った瞬間断られた。風貌がいけなかったのか。打ちひしがれて歩いていると、ラーメン屋があった。いいですか、と恐る恐る尋ねると、どうぞ〜と明るく迎え入れてくれた。神だ、と思った。雪の夜道をずっと歩いていたので、その明るさ、一杯のラーメンに、神だ、と思わずメモに走り書きしていた。温泉どうふをいただき、ビールも飲み、あったまって宿舎に戻ることができた。


夜、雪は生きているみたい

   翌朝、朝食は付いていたので、食堂へ。もう周りはみな食べ終わっていたのか、ポツンと自分の分だけ置いてあった。このさみしさは、清々しかった。雪国で食べる塩ジャケの塩味、卵焼きの甘味、は体に沁みた。前日にひきかえ2日目は快晴であった。前の日に降った雪がきらきら輝いていた。

朝食

 昨日やめておいたロープウェイに早めに乗り、山の上の方を目指した。ゴンドラが到着すると、皆さーっと滑っていく。小さな子供達もいて、学校のスキー教室のようだ。自分だけがリュックを背負っていて、スキー・スノボーの装備をしていない。変な目で見られてるなと思いながらも、枝に積もる雪が綺麗で、それを憧れのように眺めていた。遠くの山も雪化粧で、これ全体で命なのかあ、と感慨に耽っていた。もちろんメモ帳に書いた。これが歌になるかわからないけど、詩になるかわからないけど、景色の方はすでに驚きを超えていた。

子供達のスキー教室

 

雪化粧

 

茂吉の歌碑、雪

   そろそろ時間で、山を下りなければならない。美しいものは見られた。茂吉の歌碑は雪に埋まってたり、文字がうまく読めないものもあった。でも茂吉は山が好きなんだな、というのがなんとなくわかった。ゴンドラに乗り、山を下りる。歩いてまた山を下る。高湯通りまで戻ってくる。外湯に入るか。通りにある公衆温泉。先に男性客が1人いた。寒さで縮こまった体を湯船に入れる。じわっと芯からあたたまる。前日積もった雪が、屋根の隙間からきらきらきらと舞ってくる。雪は生きてんのかなあ。手をかざすと、雪の粉は手のひらでしゅわんと消えてなくなった。

 しばらく歩いていると、小さな女の子が、これあげる、と言ってハートの形をした雪をくれた。冷たくてあったかい雪のかたまりだった。


ハートの雪

著者情報

シンガーソングライター/俳優/エッセイスト

前野健太

まえの けんた

1979年2月6日生まれ、埼玉県入間市出身。2007年『ロマンスカー』によりデビュー。ライヴ活動を精力的に行い、「FUJI ROCK FESTIVAL」「SUMMER SONIC」など音楽フェスへの出演を重ねる。俳優活動においては、主演映画『ライブテープ』が第22回東京国際映画祭「日本映画・ある視点部門」作品賞を受賞。NHK大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺~』他、TVドラマ、CM、映画、舞台に出演。エッセイ集『百年後』を刊行するなど、文筆活動にもファンが多く、他アーティストへの楽曲・歌詞提供も行う。最新アルバムは『営業中』(2024年)。文芸誌『すばる』ではエッセイ「グラサン便り」を2014年から2022年まで約8年にわたり連載。

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