「満州」とは何だったのか――安彦良和×三浦英之
新作『銀色の路―半田銀山異聞―』で描く五代友厚の哲学
三浦 いま「ヤングジャンプ」で連載されている『銀色の路―半田銀山異聞―』では、明治以降の福島桑折町の鉱山の話を描かれていますね。
安彦 僕のひいじいさんが福島の半田(はんだ)銀山にいて、絵図面書きをやっていたんです。福島市で原画展をやったときにその半田銀山のある桑折町(こおりまち)が近くだったので行ってみたら、町長以下役場の人たちが歓迎してくれて、「そういうご縁だったら、町の紹介になる漫画を描いてください」と言われたんです。それが集英社の「週刊ヤングジャンプ」という雑誌の耳に入って、「それだったら、うちで描きませんか?」と。喜寿で「集英社デビュー」したんです(笑)。
半田銀山というのは、五代友厚(ごだいともあつ)が関係していて、なかなか一筋縄でいかないんですね。五代友厚というのは、教科書で悪い政商の筆頭でしたが、『五代友厚 名誉回復の記録』(八木孝昌)という分厚い本を読んでみると、なかなか面白いキャラクターだったことがわかります。その彼があの半田銀山を買い取って再建して、一時期、日本一の銀山にしてしまう。いろいろ調べると明治政府との関わりが出てきて、五代というのはなかなかの人だなと。五代は薩摩閥で、もともと「東の渋沢、西の五代」と言われたぐらいらしいんですね。常に五代が一歩先を行って、あとを渋沢が一歩遅れて行く。そのぐらい先見性があった。五代は、明治になったばかりの頃なのに、稲作で水を使うときには鉱山の作業はやらないっていう、公害協定なんかも結んでいるんです。
三浦 漫画でも描かれていましたね。
安彦 全部うまくいっていたわけではないでしょうけども、そのバランスを明治10年代にとっている。それから20年もあとの足尾銅山では何もやっていなかったわけですから、やっぱり五代というのは只者(ただもの)じゃない。しかも、ついこのあいだまで戊辰戦争をやっていた福島に、薩摩閥の五代が乗り込んでいくわけですからね。だから、彼は対立抗争をやってる場合じゃないという哲学を持った人だったんです。

対立を超えて
三浦 私は福島に住んで原発事故の取材もしていましたが、原発の作業員というのは、昔炭鉱などで働いていた鉱夫も多いんですよね。石炭から石油にエネルギーが変わり、鉱山が閉鎖されて人員が原発に流れていった。そういう中で、原発事故が起きてしまった。明治の福島を描いていらっしゃる安彦さんに聞いてみたいのですが、いまの福島から見る日本の国家のありようについて、どのように感じていらっしゃいますか?
安彦 国家とか階級とか歴史とかっていう、大きな視点から入っていくと、どうしても色分けして、対立抗争になってしまう。でも、そういうものじゃないと思います。「総資本」対「総労働」というふうな捉え方自体が間違ってるんだと、いまならはっきり言える。石炭から原子力に行き、原発では廃棄物はどうするんだとか、事故はどうするんだっていう問題がある。そうした問題を一つひとつ考えていくのが正解であって、最初から「根本的な対立構造はこれだ」っていうふうな大命題の立て方は根本的に間違っていると思いますね。
三浦 私もその考え方に共感します。大切なのは、イデオロギーの前に事実を見ていくということですかね。
安彦 ええ、昔は真逆でイデオロギー先行だったんです。五代なんかでも、「薩摩閥で、資本の側で、政商だ」といって人間を分けてしまうと、面白くない。そうやって色分けしてしまうと、結局、その人間がわからないという気がします。もっと人間的に見ていかないと、人物に近づけないんじゃないかと思いますね。
三浦 安彦さんの作品を読んでいると、どれも細部の事実や時代の背景描写がしっかりと描きこまれているので、読んでいてとても面白いし、読み終わったあとにとても勉強になった、自分の中の世界が広がった感じがするんですよね。これこそが、マンガやノンフィクションを含めた「物語」の最大の魅力なんだと思うんです。面白く、世界が広がるような物語を書き続けるために、まずは先入観を持たずに事実を丹念に調べ上げること、そしてその事実に立脚して魅力ある登場人物の像を描きあげること。次にどんな安彦作品が生まれてくるのか楽しみにしながら、私もその姿勢を見習っていきたいと思います。

著者情報
漫画家
安彦良和
やすひこ よしかず
1947年、北海道生まれ。弘前大学在学中の学生運動で除籍になり、上京後、虫プロダクションに入社。その後フリーとなってアニメ「宇宙戦艦ヤマト」「機動戦士ガンダム」などに携わり、漫画家に転身。『ナムジ 大國主』『虹色のトロツキー』『王道の狗』『天の血脈』『乾と巽』など、古代から近現代まで歴史を題材にした作品を精力的に描いている。
新聞記者、ルポライター
三浦英之
みうら ひでゆき
1974年、神奈川県生まれ。『五色の虹 満州建国大学卒業生たちの戦後』で第13回開高健ノンフィクション賞、『日報隠蔽 南スーダンで自衛隊は何を見たのか』(布施祐仁氏との共著)で第18回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞、『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』で第25回小学館ノンフィクション大賞、『南三陸日記』で第25回平和・協同ジャーナリスト基金賞奨励賞、『帰れない村 福島県浪江町「DASH村」の10年』で2021年LINEジャーナリズム賞、『太陽の子 日本がアフリカに置き去りにした秘密』で第10回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第22回新潮ドキュメント賞を受賞。