国境問題を海から考える
岩下明裕(北海道大学スラブ研究センター教授)
現在の日本の境界が海にあるかぎり、私たちは海を「固有」の名で囲い込むべきではない。領海の無害通航権が外国船に認められ、「領海侵犯」が一般的な意味で成立しないことに見られるように、海のルールは陸とは異なっている。これは海を「公共財」ととらえる世界的な認識の広がりに依拠している。陸域の経験が主たる中国は今、少しでも多くの海を囲い込もうとしているように見える。日本も、中国にならって、周りの海を囲い込もうというのだろうか。だが、海の囲い込み競争に未来があるようには思えない。これまでの日本は、アメリカをはじめとする多くの海洋国家と同様に、「自由で開放された海」の価値を何よりも重視してきたはずだ。
ところで「固有の」という表現には「決して喪失することのない(してはいけない)」という含意もあるようだ。実態は「固有」であるなしにかかわらず、境界は動きうる。国民の多くが、今の日本のかたち(国境)がいつまでも続くと思い込んでいたら、希望は裏切られるだろう。沖縄県与那国町および竹富町、長崎県対馬市、北海道稚内市など、「領土問題」に直面していないものの、等しく日本の海の前線に面した境界地域の自治体も今、過疎化や漁業不振といった厳しい現実を前に、未来を悲観し、悲鳴をあげている。このまま放置しておけば、境界地域は「空洞化」し、機能しなくなってしまうかもしれない。隣国との政治的な綱引きや「囲い込み」競争に目を奪われる前に、自分たちの空間を今後どのようにマネージしていくのか、「公共財」としての海をどのように開かれたかたちで利用していくのか、境界の現場の視座に立って考えることが何よりも求められている。
著者情報
北海道大学スラブ研究センター教授
岩下明裕
いわした あきひろ
1962年生まれ。専門は国境学。九州大学大学院法学研究科で博士号取得後、山口県立大学国際文化学部助教授などを経て現職。著書に『北方領土問題―4でも0でも、2でもなく』(中公新書。2005年、大仏次郎論壇賞を受賞)、『中ロ国境4000キロ』(角川選書03年)など。編著、共著に『日本の国境問題』(藤原書店、12年)など多数。