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嫡出推定見直し。民法改定で無戸籍の子どもはいなくなるのか? ~離婚後300日ルール存続の謎

井戸まさえ(民法772条による無戸籍児家族の会代表)

 これまでにも、嫡出推定に対して議員立法で特例を設けるという案が浮上したことがあった。しかし、保守派議員の反対により結局はつぶされた。彼らに影響を与えていたと言われるのは旧統一教会、国際勝共連合と関連の深い保守団体である。実際、旧統一教会が発行母体である新聞『世界日報』や勝共連合の機関紙『思想新聞』が、離婚後300日規定の改定は「伝統的家族観の破壊狙う」行為であり、「リベラル派が策動 乱婚容認で不倫社会に」「ジェンダーフリー派が策動」などと盛んにあおり、法改定の背景に家族の価値よりも個人の権利を優位に置くリベラル思想があるとしてきた。こうした声に呼応するように、政治家たちは反対意見を唱えたのではないか。

 今回、「離婚後300日規定」が残された背景には、こうした保守派がらみの過去の体験の影響があるとも思われる。法案の基礎を作る法制審議会の委員の1人は「保守派ものめる案を示さないと、改正はできない」と語っていたことでも明らかである。
 一方で、保守派も「性道徳」の象徴として「離婚後300日規定」は残したいものの、合理的理由が乏しいということもわかっている。「ごり押し」すれば、大きな反発を招くことも予想される。そのためには「性道徳」であおることを避け、「離婚後300日規定」が撤廃のターゲットにならないように、突出しないよう、慎重に進められていた。
 しかし、その作戦が危うくなった瞬間があった。発信源は「法相は死刑のはんこを押す地味な役職」などと述べた葉梨康弘法務大臣(当時)である。葉梨大臣は22年11月9日の衆議院法務委員会で、根拠なき「離婚後300日規定」を残す理由を問われて、「婚姻中の不貞行為は今の民法では不法行為になりうる。婚姻中の不貞行為は自由だという形にはなっていないので、やはり300日という推定はあるんですよ」と 発言し、委員会をざわつかせた。

 今回、実際の妊娠期間を大幅に超えた「300日規定」は、前述の通り、その根拠がどんなに否定されようが、「誰が父か」という嫡出推定のために必要であると主張された。無戸籍問題が表面化した2007年以降、15年間にわたり主張されてきた「道徳」や「貞操」の問題だという観点からの発言は控えられてきた。なぜか。時折しも旧統一教会の問題が紛糾し、この改正が女性蔑視や、男女不平等の観点から捉えられると、法案自体の行方もおぼつかなくなるからだろう。しかし、衆議院での採決目前で気が緩んだのか、葉梨大臣は本音を語り出し、途中で気づいたのか、以降歯切れの悪い答弁でその場を凌ぎ、結果的に法案はその日に採決。その後向かった会合で、「はんこ発言」をしたことにより辞任。参議院に議論が移る前に辞任に追い込まれたため、本会議採決にて成立した時点では、斎藤健法務大臣となっている。
 葉梨前大臣は採決が見えてきた段階で油断したのか、それとも意図的なのかはわからないが、今回の改定でも、子どもの父親を決めるという本来の目的よりも、妻の不貞行為の抑止として、もしくは懲罰的効果としてこの規定が置かれ続けるということを明確にしたのである。なぜ、そこまでして「離婚後300日規定」を守りたいのか。それはまさに「女性の性と生殖を管理するのは女性自身ではなく、国である」という家父長制意識から、脱却できていないからなのだ。まさにそれが、この根拠なき規定が残された「謎」を解く鍵なのである。

無戸籍解消は限定的

 審議は紛糾したが、今回の改定は、「保守派がのめる案」に落ち着いたといっていいだろう。だが、そのために改定の目的であった無戸籍問題の解消は限定的となった。
 離婚した女性が再婚できれば無戸籍問題はある程度解消が期待されるかもしれない。ただ現行法下でも、再婚できるのであれば、調停・裁判といった司法手続きを行って再婚後の夫の戸籍に子どもを記載することは可能であり、たとえ無戸籍となっても長期化することはない。

 また、今回の改定では、嫡出推定を覆すことができる「嫡出否認」の訴えを、前夫だけでなく女性と子どもにも認めることも「目玉」として示された。訴え自体は前夫を絡ませなければならないため、実際に対応できる対象者は多くないと思われる。そもそも「前夫との交渉ができない」、もしくは「事実上の夫と再婚できない」ケースをターゲットにしなければ、無戸籍問題は解消されない。

 では、どうしたらよいのか。
 結局のところ「離婚後300日規定」を撤廃し、離婚後は未婚で子を出産したときと同様に、父親空欄での出生届を受理するようにするしかないのである。そういうと「嫡出子」ではなくなるなどの反論が出るが、そもそも「嫡出子=正統な結婚のもとで生まれる子」という発想自体が差別的なのだ。
 さすがに生煮えで、中途半端な改定案に関しては衆参両院の法務委員会で「必要に応じて嫡出推定制度のさらなる検討を行う」といった付帯決議が可決された。「さらなる検討」はすぐ必要となることは政府側も覚悟していると思うが、不備不足でも、まず「成立」させることが優先された。

再婚禁止期間の撤廃

 今回の改定により、多くの国民生活にとってプラス面があるとするならば、女性にのみ課されていた「再婚禁止期間(現行100日)」が撤廃されることだろう。
 この「再婚禁止期間」については、長らく6カ月だった。明治民法制定時、「婚姻後200日以降」「離婚後300日以内」という数値の組み合わせの結果、嫡出推定が重なる期間「100日」を待婚期間とすればよかったのを、計算違いをし、以来2015年 最高裁で違憲を指摘されるまで、再婚禁止6カ月間は100年以上も存続されてきた。現在は16年の改定により計算通り100日となっているが、計算上の起点であった「婚姻後200日」の撤廃により、この再婚禁止期間は撤廃されることになったのだ。
 これは、本来は喜ばしいことなのだが、残念ながら「男女平等」の観点からでなく、「婚姻後200日」の撤廃=「婚姻促進」の結果として撤廃となったことは、よくよく心に留めておかなければならない。
 日本の嫡出推定制度のベースはフランス民法典である。そのフランスでは、社会の変容に伴い、さまざまに改正を迫られ、家族に関わる法典は制定時の全244条のうち、2005年時点でそのまま残っているのはわずか1割強にすぎない(田中通裕「〈研究ノート〉注釈・フランス家族法(1)」、法と政治61巻3号、2010年 )。大きな理由は「平等の観点」からだ。婚姻しているカップルにのみ嫡出推定が適用されていることは婚外子(非嫡出子)差別であり、親子関係確立における差別をなくすべきという考え方である。もうひとつの理由は、同国では2013年に同性婚が容認されたことにより、嫡出推定が根拠とする婚姻のあり方が変化した。嫡出推定についても再検討が必要ではないかとなったのである。
 このように大きな社会的状況の変化の中で、嫡出推定の原則をどう適用するのか、各国は知恵を絞るが、今回の日本の嫡出推定に関する改定ではこのような根本的議論が十分に反映されていないため、近い将来、再度の改定が求められることになるのは必至であろう。

 2024年に今回の民法改定が施行されても「離婚後300日規定」が温存されている以上、令和に生きる私たちの家族関係のルールのベースが明治時代のものであることに変わりはない。これは、「なんとなくタブー視されている」戸籍制度自体に関する見直しの議論が一向に進まないことにも関係していると思う。
 婚姻家族単位となっている戸籍編製(戸籍を新たに作成すること)から、生まれた当初から個人籍として登録を行うように変えていく。さらに国民登録簿としての戸籍制度そのものの改革について、予断を持たず真剣な議論が開始されなければ、家父長制社会、つまりは前近代的社会からの脱却はないのである。

著者情報

民法772条による無戸籍児家族の会代表

井戸まさえ

いど まさえ

1965年生まれ。東京女子大学史学科卒業。東京女子大学人間科学研究科博士後期課程修了、博士(生涯人間科学)。松下政経塾に入塾。東洋経済新報社勤務ののち、1997年よりジャーナリストとして活動を開始。兵庫県議を経て2009年より衆院議員(1期)。現在、東京女子大学・関西学院大学非常勤講師。無戸籍問題ほか、法の狭間で苦しむ人々の支援等を行う「民法772条による無戸籍児家族の会」代表。著書に『無戸籍の日本人』(集英社)、『日本の無戸籍者』(岩波新書)、『ドキュメント候補者たちの闘争 選挙とカネと政党』(岩波書店)ほか。

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