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「光州事件」を超えて〜韓国民主化の中で40年生き続けた光州5.18を知る(下)

徐台教(ジャーナリスト)

「『私だったらあの日、道庁に残ることができたか?』。その答えがなんであろうと、自身に聞く時間を持ったならば、私たちはあの日の犠牲者に応えたことになります」という今年5月18日の文在寅大統領の演説はそうした想いを代弁していると言える。文大統領は昨年の式典で「光州の人々に申し訳ない」と述べる部分で、目に涙をたたえ10秒以上声を詰まらせもした。

(8)残された課題

「光州5.18は歴史になる前に神話になってしまった」。5月26日、李氏は40年の意味を尋ねる筆者にこう答えた。

 この言葉は重い。李氏は「真相究明がなされてこそ、歴史になり得るのだが、それがないままその意義だけが語られている」と述べた。1980年にあった光州5.18の真相究明は、大統領直接選挙を勝ち取った1987年の民主化まで待たなければならなかった。

 民主化以降初の1987年の大統領選挙は三つ巴となり、民主化陣営への票が割れたことで全斗煥の忠実な腹心だった盧泰愚(ノ・テウ)が当選する皮肉な結果となった。だが、翌1988年の総選挙で市民は野党を勝たせ、ついに光州5.18に関する聴聞会が開かれることとなった。これにより、当時の状況が多少は明らかになったものの、責任の追及には至らなかった。その後、全斗煥をはじめ当時の戒厳軍に関わった者たちが起訴されたが、これもまた最終的には不起訴に終わった。

 しかし、光州5.18の遺族や関係者をはじめとする韓国市民は諦めなかった。1995年に全国的な運動を繰り広げ、ついに当時の金泳三大統領は「5.18特別法」の制定に舵を切る。これにより起訴された全斗煥・盧泰愚への裁判が続き、1997年4月に大法院(最高裁判所)で判決が確定する。全斗煥は一審での死刑から無期懲役となり追徴金2205億ウォン(約200億円)、盧泰愚には懲役17年、追徴金2628億ウォン(約240億円)が下された。罪状は1979年12月から5月17日にかけての反乱および内乱の首魁(しゅかい)、5月27日の内乱目的殺人罪などであった。

 大法院は1997年4月18日「12.12事件は明白な軍事反乱であり、5.18は内乱および内乱目的のための殺人行為」と判決を下した。光州市民たちの大規模なデモは「主権者であり憲法制定権力である国民として、新軍部側の国憲紊乱行為に立ち向かい憲法守護のために結集したもの」とされ、被告(全斗煥や盧泰愚)がこれを暴力で粉砕したことを内乱行為とした。これにより「光州事態」は「光州5.18民主化運動」となり、光州の市民軍や尹祥源は歴史の勝利者となった。

望月洞旧墓地の敷地内にある、民主化運動で命を落とした人々の遺影を集めた施設。「大韓民国は民主共和国である」という憲法第一条が刻まれている。(筆者撮影)

 だがその真相がすべて解明されたわけではない。特に5月20日の光州駅前、21日の全南道庁前での発砲命令を誰が下したのかというのは未だに一つの焦点となっている。当時の状況から、命令を下したのは全斗煥や空輸部隊を率いた鄭鎬溶(チョン・ホヨン)特戦司令官などと見られているが、これが明らかになった場合、内乱目的殺人罪の適用範囲が広がることになり、当時の新軍部による明確な市民の殺害意図が証明されることになる。

 1997年12月、大統領選挙に当選した金大中の頼みにより、当時の金泳三大統領は収監されていた全斗煥、盧泰愚の特赦を決定する。理由は「社会を統合するため」であった。当時、この措置に韓国市民の8割が反対したが、「光州内乱陰謀」により全斗煥政権から死刑判決を受けていたのにもかかわらず、金大中は譲らなかった。

 しかし、全斗煥氏は2019年12月12日、ソウル市内の中華料理店で豪華料理を側近と楽しんだ。1979年のクーデターから40年を祝う目的とされた。この場には鄭鎬溶氏(前出)も同席し「全斗煥は全く反省していない」という印象を社会に与えた。

 今年5月、筆者は光州で3人の市民から「特赦当時、全斗煥には謝罪をさせるべきだった」という声を聞いた。李在儀氏もまた「金大中には愛憎がある」と短く答えた。その上で「早く和合しては、という声があるのは知っている。だが真の和合とは、真相究明と反省の上にある。それがないと容赦はできない」と語気を強めた。2020年5月、政府の真相究明委員会が発足した。今回の調査が「最後のチャンス」になると期待されている。

(9)未完の歴史

 光州は難しい問題ではある。光州の分析で名高い崔丁云(チェ・ジョンウン)教授の言うように「民主」「民族」「民衆」と関わる出来事であるからだ。民主主義を望み、米国の全斗煥支持に怒り、社会で虐げられた人々が武器を取った、韓国社会を象徴するような10日間だった。これをどう捉えるのか、という点は今なお進行形の問いと言える。

 新型コロナウイルス感染症対策の成功を「K−防疫」と名付け世界に輸出しようとするように、「光州5.18」40周年を迎え「K-民主主義」を広めようという声もある。確かに「光州5.18」はこれまで、アジアの民主主義に少なくない影響を与えてきた。最近では香港で行われるデモで「イムのための行進曲」が歌われ、デモのリーダー的存在の一人、ジョシュア・ウォンも「香港は光州だ」と韓国の市民社会に支持を求め、5.18に関連する諸団体はこれに応えている。

 だが、同じ民族である北朝鮮の民主化運動となると、トーンは一気に下がる。これは韓国の進歩派にとって未だ先に進むことのできない話題である。今から十数年前、筆者がソウルで人権NGOを主宰していた際、進歩派のNGOの集まりで、ある著名活動家が「北朝鮮の民衆が立ち上がるなら応援する」と言い放ったことが忘れられない。5.18当時の米国の態度と五十歩百歩である。

 一方、「光州5.18」に対し、「保革対立」という立場から論じたがる日本メディアの報道はいただけないと筆者は思う。「和解がない」という問題意識からの謎解きなのだろうが、これは「光州5.18」に対する理解の不足と言う他ない。和解を妨げているのは過去の罪を認めず、当時の記憶・記録を頑なに守り続ける旧「新軍部」であり、これ以外の8割以上の市民は圧倒的に「光州5.18」の価値を認め、真相究明を支持している。

 また、韓国の一部極右ユーチューバーや脱北者が主張する「秘密裏に浸透した北朝鮮の特殊部隊が暴動を巻き起こした」という話も全くのデタラメだ。過去、7度にわたる韓国政府による調査の結果でもそのような証拠は全くない。

(10)おわりに

 筆者は最近、韓国の事柄を書く際に、日本国内でその出来事が簡単に評価され過ぎているきらいがあると感じている。

 何が正しかったのかを問う話ではない。ただ、あの時に光州で市民軍が闘ったことで韓国の民主化は早まり「光州5.18」は今なお韓国市民が立ち戻れる民主主義の墓標になっているということだ。

 韓国の現代史は日本のそれとは大きく異なる。日本には戦後、民族の分断や戦争も、軍事独裁もなかった。100万人が集まるデモが起きたこともない。2020年の韓国は、表面上は日本と変わらない社会に見えるが、簡単に同じ線上で比較できないということだ。

 では韓国の現代史から学べることは何か。それは飽くなき社会的正義の追求であるというのが筆者の意見だ。

 現在の韓国がすべて良いというわけではない。問題は山積している。40年前の光州で語られた「民主」「民族」「民衆」の「三民」のうち、「民主」の部分ではつい3年前まで権威主義的な政権が9年続き「ろうそくデモ」を巻き起こした。「民族」では、南北対立は核問題まで絡まり今も一寸先は闇のままで、米国の前に民族の自主もない。「民衆」では社会の格差はより広まり、階級社会とさえ言われるほど生存するための過酷さが増している。

 だが、社会的正義を求める姿勢を維持し続ける限り社会を更新しようという力は絶えず生まれる。「光州5.18」は今なおその尽きない泉の役割を果たしているのである。昨年以降、目立つようになった日韓の社会の差異も、社会的正義への確信に基づく社会の絶え間ない更新への意欲という、歴史的な背景から生まれている。これを知らずに韓国との関係を見直すことはできないだろう。

 また2020年の今、日本には「国家の暴力と市民との関係性」において「光州5.18」を捉え直す必要があると思う。目に見える暴力は、目に見えない暴力の蓄積の結果として表れるものだからだ。

参考書籍:
・死を超えて、時代の暗闇を超えて(初版1985年、改訂版2017年、チャンビ)
・韓国民衆抗争踏査記(2020年、ネイルルヨヌンチェク)
・五月の社会科学(初版1999年、改訂版2012年、五月の春)
・あなたと私の5.18(2019年、五月の春)
※書名の邦訳表記および引用の翻訳は筆者による。

著者情報

ジャーナリスト

徐台教

ソ・テギョ

1978年、群馬県生まれの在日コリアン三世。小学校は朝鮮学校、中学校・高校は公立学校で学び、1999年からソウル在住。韓国の高麗大学東洋史学科を卒業後、人権NGO代表や日本メディアの記者として朝鮮半島問題に関わる。2015年、韓国に「永住帰国」すると同時に独立。現在「コリア・フォーカス」編集長。主な取材テーマは、朝鮮半島の分断、南北関係、韓国政治など。Yahoo!ニュースや日本メディアへの寄稿・出演多数。ソウル外国人特派員協会(SFCC)正会員。2022年、「第七回鶴峰賞言論部門優秀賞」受賞。著書に『分断八〇年 韓国民主主義と南北統一の限界』(集英社クリエイティブ)がある。

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