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「再審の扉」はなぜなかなか開かないのか?──冤罪被害にあう可能性は誰にでもある

再審法改正を考える

鴨志田祐美(弁護士)

(構成・文/仲藤里美)

 こんな証拠が最初から開示されていれば、いくらなんでも再審開始までに40年以上かかるようなことはなかったのではないでしょうか。
 そもそも、証拠というのは捜査機関が国家権力を背景に、私たちの税金を使って集めた、いわば公共財です。カナダでは最高裁が「証拠は検察官の所有物ではなくて、私たち国民が正義を知るために使うべき公共財である」という判決を出しているそうですが、日本ではその「公共財」を出すことを検察が拒み、最終的には裁判所のさじ加減によって開示の是非が決まってしまう。そしてそれが、再審開始に至るかどうかを決めてしまうこともあるわけで、あまりにもおかしいと思います。

2023年3月13日、袴田事件の再審開始を東京高裁が決定。弁護士と喜ぶ袴田さんの姉・秀子さん

検察官による「即時抗告」は許されるのか

──また、袴田事件では、2014年にも一度再審開始決定が出ましたが、18年にそれが取り消されてしまっています。こうした、「開始決定が出ても取り消されることがある」というのも、再審開始に時間がかかる原因ではないでしょうか。

 検察官の「即時抗告」によるものですね。ようやく再審開始決定が出たと思ったら、今度は検察官による不服申し立てが待っているわけで、非常に理不尽だと思います。
 戦前の刑訴法では、いったん無罪になった人が再審で有罪とされる「不利益再審」、つまり被告人の不利益となる形での再審が認められていました。しかし戦後、これは憲法39条が定める「二重の危険禁止」(同じ犯罪に対する無罪判決後の二度目の訴追、同一の犯罪に対する複数の刑事処罰を禁じる)に反するとして禁止されたのです。戦前から「ほぼ改正されていない」再審に関する条文の、唯一の例外でした。ということは、現行法における再審とは、「無実の人が間違って有罪にされてしまったのを正して無罪にする」、すなわち冤罪を晴らすためにこそ存在していると言えるでしょう。
 そもそも、再審請求に至るまでには、地裁、高裁、最高裁の三審があって、検察官はそこで主張すべきことはし尽くしているはずです。であればむしろ、再審においては検察庁法4条にある「公益の代表者」として、再審の目的である「冤罪から無実の人を救済する」ために裁判所に協力することこそが、検察官の役割ではないのかと思います。

──もし、検察が「いや、やっぱり有罪だ」と思うのであれば、それはそれとして再審の法廷で中身を争えばいいと思うのですが、そうではなく「再審開始」自体に不服を申し立てるのは、どうしてなのでしょう?

 よく言われるのが「法的安定性」という言葉です。三審制のもとで確定した判決をそんなに簡単にひっくり返してしまっては、裁判という仕組みそのもの、司法に対する国民の信頼そのものを揺るがしてしまうと言うんですね。私にはまったくそうは思えないのですが……。

──むしろ、先ほどお話しいただいた袴田事件の証拠隠しのようなことが行われていることのほうが、「法的安定性」を損なうように思います。

 そうなんです。検察は「法的安定性」をマジックワードのように使うけれど、実際のところは「決まったことをひっくり返したくない」「過去の間違いを正すようなことはしたくない」ということなのではないでしょうか。個々の検察官に考えを問えばまた違う答えが返ってくるのかもしれませんが、組織としてはそういう力学が強く働いていると感じます。

冤罪に巻き込まれる危険性は、誰にでもある

──鴨志田さんは日本弁護士連合会「再審法改正実現本部」の本部長代行を務められていますが、具体的な「改正」の内容として求められているのは、今お話しいただいた2点でしょうか。

 はい。捜査機関が集めた証拠すべてを開示されるようにするためのルールをつくることと、再審開始決定に対する検察官の不服申し立てを禁止すること。何しろ100年以上前の条文ですから、いろいろ他にも変えなくてはいけないところはあるのですが、まずはこの2点が優先課題だと考えています。私が担当している大崎事件をはじめ、再審請求をしている本人や、死後再審の当事者になっている遺族が高齢化しているケースも多い。今すぐにでもこの2点を変えて、再審が認められやすいようにしないと、時間切れになってしまう可能性もあります。
 袴田事件に関する報道などを見ていると、ともすれば議論が、袴田事件だけ、袴田事件に関わった裁判官や検察官が悪かっただけというふうに矮小化されがちだと感じます。でも、冤罪事件、再審開始までに何十年も費やされた事件はこれまでにいくつもある 。それだけ繰り返されるということは、明らかに個々人のスキルやレベルの問題ではなく、システム自体のエラーでしょう。その事実を正面から受け止めて、制度改革につなげようという動きがないままここまで来てしまったことが問題なんです。
 何もしていない無辜(むこ)の人物が、間違って逮捕されて有罪判決を受けて、もしかしたら死刑になってしまうかもしれない。なんとか死刑を避けられても、無実を証明するのにまた何十年もかかって、人生丸ごと奪われてしまう。そんなことが何度も繰り返されているような国が民主主義国家、ましてや先進国と言えるでしょうか。そして、そうした冤罪に巻き込まれる可能性は、すべての人にあるんですよね。冤罪被害者が自分や自分の大事な人だったらどうだろうか、という想像力を持ってみてほしいと思います。

──ちなみに鴨志田さんご自身は、どうして「再審」の問題に関わり続けてこられたのでしょう?

 再審事件というのは国選弁護人制度もなく、関わる弁護士は基本的には手弁当なので、「やればやるほど赤字」というのが実情です。それでも続けてきたのは、「知ってしまった以上、知らなかったころには戻れない」という思いに尽きますね。
 私が弁護士になってすぐのころから担当している大崎事件 では、夫の弟を殺したとして有罪判決を受けた(原口)アヤ子さんは一度も自白すらしていません。罪を認めていないんです。それなのに、周りの人たちの証言などから引っ張り込まれて有罪にされてしまった。しかもその周りの人たちは、知的障害がある、いわゆる「供述弱者」でした。彼らが狭い取調室で責め立てられたら、言われたとおりに「はい、はい」と頷くことしかできなかっただろうというのは、私にも知的障害のある弟がいるので、手に取るようにわかります。
 私は、司法修習でたまたま、その大崎事件の第一次再審弁護団長がいる事務所に配属されたことで、アヤ子さんの置かれた状況を知ることになりました。その「圧倒的な理不尽さ」に触れ、何もしないではいられないと感じたのが関わりの始まりです。
 しかも、ここまでアヤ子さんを苦しめてきたのは司法の過ち、司法の罪なんですよね。海外では第三者機関が誤判救済を担う場合もありますが、日本ではそうはなっていない。司法の過ちは、司法に携わる者にしか正せないんです。無実の人を救うために最初に声を上げられるのは弁護士しかいないわけで、だったら弁護士としてはやるしかないよね、という思いもあります。

──袴田事件の再審開始決定で、「再審」問題に注目が集まる今、法改正は実現できるでしょうか。

 もちろん、道のりは厳しいと思います。今までの動きを見ても、法務省や検察庁、いわば権力側が、「過去の過ちを認めて、正していく」ということに、とても消極的なのは明らかです。
 でも、だからといって絶望したり、「しょうがない、あきらめよう」と言って済ませたりしてしまうわけにはいきません。私たちはこれからもこの国で生きていくし、その中ではまた同じように苦しむ人が出てきてしまうかもしれない。それを防ぐためには、声を上げ続けないといけないんです。
 そして、状況を変えていけるのは世論だけです。「いつ誰が何十年も冤罪に苦しむかもしれない、そんな怖い国には安心して住めない」という声が大多数になれば、国会だって動かざるを得ません。その意味では、十分とは言えないにしてもこの問題に注目が集まっている今は、千載一遇のチャンスだと言えます。この機会を利用しきれなかったら、また忘れ去られていってしまうかもしれません。そうならないために、ふだん法律とは縁がないというような人にこそ、「これっておかしくないですか」と声を上げてほしい。強くそう願っています。

著者情報

弁護士

鴨志田祐美

かもしだ ゆみ

1985年早稲田大学法学部卒業、2002年司法試験合格。04年鹿児島県弁護士会登録。10年「弁護士法人えがりて法律事務所」設立。21年京都弁護士会に移籍。Kollect京都法律事務所に所属。「大崎事件」再審の弁護人を、弁護士登録直後の04年から務める。日本弁護士連合会「再審法改正実現本部」本部長代行。著書に『大崎事件と私~アヤ子と祐美の40年』(LABO、2021年)など。

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