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社会問題

大阪市立小学校、「現場から市長に向けて声をあげた校長先生」の奮闘~公教育のあるべき姿を問い続ける

映画『教育と愛国』にも出演した久保敬校長へのインタビュー

木村元彦(ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト)

久保「うちの学校は、21年1月に1人1台ずつ端末が届いたので、2月に全家庭と繋いで試してみることにしたんです。ところが、Wi-Fiルーターのない家庭があるんです。それは教育委員会が貸し出してくれると言われていたんですが、足りない分をいざ借りようとすると『もう在庫がない』と言われて困りました。何とか隣の学校から3台貸してもらったんですが、それも設定し直す必要があって、大変やったんです。家によってもネット環境が違うので、『うちは動画が見られない』という家庭があったり、2人兄弟で子ども部屋一つの家庭は、ヘッドセットなんか配られていないから2人同時にやってお互いに『うるさいねん』と兄弟げんかになったり。『毎日こんなことされたら困ります』って、保護者の人も困惑されていたんです。家庭に貸し出すルーターを早く何とかしてほしいと市教委に伝えても『いや、予算を今、計上しているところで』と、なかなかいい返事がない。そんな中でオンライン宣言されたわけですから、『もう、市長がやるとしているのに届かない家庭がある。どうしてくれるんですか』と言ったら、担当の人に、『そんなん足りないの、お宅の学校だけじゃないんですよ』とキレられました」

 久保は、他の学校もまた苦しんでいることに気がついた。


久保
「『できひんのは、うちだけやない』と分かったんです。僕のところなんかよりもっと大変な学校がいっぱいあったんですよ。3月のぎりぎりに1人1台端末が到着したところは、入学したばかりの小学1年生にいきなり使わせるなんてできないし。うちは単学級(1学年1クラス)やったから、学年移行でもそのまま持ち上がれば設定は簡単なんですけども、クラス替えしてはる学校は、もう一度初期設定からの紐づけを先生のパソコンでしないとあかんのです。
 同じ区のよく知っている教頭先生がおられたんですが、『連日、帰宅したの午前様です。職員にそんなの働き方改革でやらせるわけにいけへんから』って言ってらして。結局、管理職にもすごい負担をかけられていたんです。これでオンライン授業をするのか、いや、できるというのか。
 メディアではモデル校だけが取り上げられ、児童も保護者も苦しんでいるのに、一般的には問題ないとされていくことに危機感が生まれてきました。それで大阪市のHPにある『市民の声』に現状を伝えたわけです」

教壇に立つ久保校長(当時)(映画『教育と愛国』〈斉加尚代監督、2022年〉より)

 しかし、教室や家庭の環境を顧みず、突然、マスコミを通じて方針を発令するという松井市長のやり方はさらに続いた。5月12日に市長は、「夏休みを短くすることを検討している」と記者会見で発表する。文科省はオンライン授業を授業時数にカウントしないため、学校教育法施行規則によって示された標準授業時数が足らなくなる。それを夏休みにリアル授業を行うことでカバーするというものであった。現場に向けて打診も相談もせずにオンライン授業をトップダウンで決定し、授業時数が足らないとなると、今度は子どもたちにとって最大の楽しみである夏休みを削って授業をするという。そこには、本来学校の主役である児童・生徒と教師に対する視座はない。ただ大人たちの都合で「GIGAスクール構想」を前倒しにしたいだけではないのか。
 ここに至り、久保は提言書を提出することを決意する。文章を書き上げたプロセスをこう振り返った。

提言書に込めた思い

久保「提言書の前に出した『市民の声』は、『オンライン授業は今の状況だったらできません』とか、『これは子どもにとっても教員にとっても負担が大きいし、保護者の人も大変な思いをしている』というような書き出しだったので、提言書もそれにつないで書こうと思ったんです。でもなかなか上手く書けなかった。要するに伝えたいことは何やろうかと自問したときに、それは単にオンライン授業の改善ということじゃなくて、もっと抜本的なこと。こういうことの一つ一つが現場の教員、子ども、保護者の思いを取り入れられずに勝手に決められていくことについて、何なのかと。他にも大阪市は『民意を反映した教育』とうそぶいて、義務教育の段階でそれぞれの学校を競い合わせて、児童に学校を選択させることをしてきました。
 でも本来はどこに居たって、どの子にとっても学校は同じように安心した居場所になるというのが公教育であるべきなんです。僕はここ数年間、本当の意味での公教育が大阪でないがしろにされているというのを、ずっと感じてたんです。僕が言いたかったことは、そのことなんだと気が付いたわけです」

 2011年に当選した橋下徹元市長が公約に掲げた学校選択制により、学校の序列化が始まって学校間格差が広がり、学校と地域とのつながりも希薄になったという。かつての大阪の教育は教師ひとりひとりに自由な裁量が与えられ、やんちゃな子どももテストの点が低い子どもも同等に接し、信頼関係を築いてきた。久保の教え子だったお笑いコンビ「かまいたち」の濱家隆一(はまいえ・りゅういち)は教科書も持たずに学校に行くような小学生だったが、久保が担任になってからは生活態度が一変したという。「久保先生に出会えてなかったら人間歪んでたかも」(宮崎亮『僕の好きな先生』〈2023年、朝日新聞出版〉より)と公言して憚らない。

著者情報

ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト

木村元彦

きむら ゆきひこ

1962年、愛知県生まれ。中央大学卒業。東欧やアジアを中心に、スポーツ文化や民族問題などの取材、執筆活動を続ける。著書に『誇り』(98年、東京新聞出版局)、『悪者見参』(2000年、集英社)、『終わらぬ「民族浄化」セルビア・モンテネグロ』(05年、集英社新書)、『蹴る群れ』(07年、講談社)、『社長・溝畑宏の天国と地獄』(10年、集英社)、『争うは本意ならねど』(11年、集英社インターナショナル)、『徳は孤ならず』(16年、集英社)、『橋を架ける者たち』(16年、集英社新書)、『無冠、されど至強』(17年、ころから)、『コソボ 苦闘する親米国家 ユーゴサッカー最後の代表チームと臓器密売の現場を追う』(23年、集英社インターナショナル)など多数。『オシムの言葉』(05年、集英社インターナショナル)で第16回ミズノ・スポーツライター賞を受賞。

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