女流棋士・香川愛生、大きな変革期を迎えた将棋界の今を語る
香川愛生(女流棋士)
(構成・文/石川敦子)
近年、プロ棋士とコンピュータソフトの対局にも注目が集まっています。「将棋電王戦」では今年(2017年)春、ついにタイトルホルダーの佐藤天彦(あまひこ)名人が敗れるという事態になりました。また同年8月には、菅井竜也(すがいたつや)七段が王位戦で羽生善治(はぶよしはる)王位を下して、初の平成生まれのタイトルホルダーになりました。そして史上最年少の14歳2カ月でプロ入りし、29連勝という新記録をうちたてた藤井聡太四段の快進撃。今、将棋界は大きく動いている、激動の時期を迎えていると感じます。
同時に、一般の方、アマチュアの方の将棋の楽しみ方や関わり方もかなり変容してきていると思います。以前は、将棋を覚える一番のきっかけは、だいたいが、将棋を楽しんでいるおじいちゃんが教えてくれた、というものでした。ところが最近では父親や祖父に当たる世代の方も将棋をやらなくなってきて、将棋盤がない家庭が増えてきました。
そこで、自宅で将棋を指す以外の形で、例えばメディアで放送されている将棋の対局を観て楽しむ方が増えてきました。
最初は、自分も将棋を指す方が観ていました。ところが次に、自分は将棋を指さないけれど、対局を観て、戦術や戦い方を楽しむ方、いわゆる「観る将」が増えてきた。
更に最近では、対局の内容だけでなく、プレーヤー、棋士の方にも注目が集まるようになってきました。将棋は全然分からないけど、例えば「藤井聡太さんファン」「羽生さんファン」といった、棋士に注目する将棋ファンが現れた。藤井四段愛用のリュックサックが欲しいとか、対局中に注文する出前のメニューが話題になったりします。
将棋は平安時代からずっと娯楽として楽しまれてきましたが、第二次世界大戦後、いろいろな娯楽が増えてくる中で生き残るのは、実は大変なことだったと思います。
そもそも娯楽って、新しいものの方が面白いと思うんです。私はテレビゲームも大好きですが、新しいソフトが出てくると、それまで味わったことのない面白さが味わえます。でもしばらくすると飽きて、次に新しいものが出てくると、そっちの方が面白く感じます。面白さが消費されてしまうからどんどん新しいものを作っていかないといけないんですよね。
でも将棋は、平安時代頃からルールがほぼ変わっていません。その枠の中で、プレーヤー同士が新しさを作っていく。消費されにくいしお金もかからない。一人ひとり「棋風」も全く違います。そのぶつかり合いの中で新しさが生まれてくるし、予想どおりの結果になることは絶対にありません。ゲームのように「攻略」できたりもしませんし、毎回違う「発見」や「解釈」が生まれる。どちらかといえば面倒くさいものです。やればやる程面白いし、やってもやっても飽きません。何十年やりこんでも、まだ極められない奥深さがあります。
だけど、その面白さが伝わらないと、気軽に楽しい気分になれる新しい娯楽に負けてしまう。今までと同じアピールの仕方では、将棋は淘汰されてしまうかもしれません。ですから、「観る将」やプレーヤーを応援するファンのように、いろいろな将棋の楽しみ方が出てきたのは、とてもいいことだと思っています。

将棋を他の世界から俯瞰して感性を養う
私がプロになったのは2008年で、当時既に将棋のコンピュータソフトはありましたが、その頃は、人間でなければ将棋を極められない、だからこそ極めたいという100%純粋な思いがありました。けれどもその後コンピュータソフトがどんどん強くなってきて、2012年にはプロ棋士とコンピュータソフトが戦う「将棋電王戦」が始まり、今年は佐藤天彦名人を破るまでに強くなっています。じゃあ、人間だからできることって何なんだろう。それを模索していく時代を迎えたのかな、と思います。
私は、人が生き生きする、人らしくあることの価値が高まってくるのではないかと考えています。20歳頃までは将棋の世界でのみ生きていましたが、将棋以外の仕事にも取り組んでいこう、と思っています。今はテレビゲームの番組でもレギュラーで呼んでいただいたりしています。
将棋以外の活動をすることが、将棋の技術にプラスになるかというと、直接には結び付きませんが、何か取り入れられるかもしれない、という目線で外の世界に目を向けることには価値があると感じています。
自分の感性だけにとらわれると弱くなってしまうと思うのです。例えば将棋以外のゲームのプロの方やクリエイターの方と話すことで、違う分野の勝負哲学が聞けるのは面白い。「100%将棋」より、将棋以外の世界と関わる時間を大事にした方が、効率がいいのかもしれないと思うようになりました。活動の幅を広げたことによって、マイナス思考にとらわれ過ぎることがなくなって、時間を上手に使えるようになってきました。そのことで自信や、心の安定感も生まれてきました。技術的にも実力を出せるようになってきたと思います。自分にはそれが合っていると思うので、他の世界とも上手に付き合いながら、マイナス思考を減らしてプラス思考がたくさんある状態を作っていきたい。他の分野の仕事が増えた分、将棋の研究に費やせる時間は減るのですが、その限られた時間でいかに効率的に将棋を研究し、より集中して次の対局に向けた準備ができるかを考えています。けっこう今は「効率マニア」というか、「効率」にこだわっています。
それから、単純に勝ったときに「おめでとう」と言ってくれる人が増えましたし、ゲームの番組で私を知って、それがきっかけで将棋を観始めた、という話を聞くと、とてもうれしいですね。私自身、自分のことをまだまだ分かっていませんが、これからも異分野へ挑戦をする中で、いろいろな角度から物事を考えたい。そこで見えてきた自分の適性を生かして、最終的にはやっぱり将棋の普及に努めたいです。
今、将棋ブームの影響で、私もメディアに出させていただく機会が増えました。今まで将棋に興味がなかった方にも将棋の面白さを伝えていきたい。私は将棋に出会えて、自分の情熱の受け皿を見つけることができて、本当によかった。「とことんやるぞ!」と思えたのが将棋でよかった、と心から思っています。
著者情報
女流棋士
香川愛生
かがわ まなお
1993年4月16日、東京都生まれ。棋士番号40。師匠は中村修九段。幼少期から将棋の才能を開花させ、2005年と06年(小学6年生)の女流アマ名人戦で2連覇を達成。アマチュア時代の活躍をきっかけにプロを志し、08年に15歳で女流棋士としてプロデビューを果たす。 12年から立命館大学へ進学、将棋と学業の両立をさせながら13年に初めてのタイトル挑戦で女流王将初戴冠。翌14年も防衛し連覇。同年、女流三段に昇段。17年立命館大学卒業。女流棋士トップクラスの実力を持ちながらも、将棋普及のためにテレビやイベントなどにも精力的に出演している。 将棋以外のゲームへの情熱も高く、趣味がきっかけで広がった人脈は現在の幅広い活躍につながっている。 愛称は「番長」。 タイトル保持・受賞歴は以下の通り。第35期女流王将(2013年)、第36期女流王将(2014年)、第41回女流最多対局賞(2013年度)、第42回女流棋士賞(2014年度)、京都府 みやこの文化輝き賞。