imidas - 情報・知識&オピニオン

探究

カルチャー

そのジビエは安全か?

ブームを支える事情から問題点まで

壁谷英則(日本大学生物資源科学部獣医学科准教授)

 近年、野生鳥獣を狩猟し、食材とした料理、いわゆるジビエが流行しています。鶏肉、豚肉、牛肉などとはおもむきの違う独特な風味は、食通たちの味覚を刺激し、ワインや日本酒をはじめ、酒類との組み合わせで、食の楽しみを広げてくれます。しかしその流行に反して、ジビエにつきまとう安全性の問題はあまり浸透していないように思えます。

ジビエブームの背景

 ジビエとは、もともとは古くからヨーロッパでたしなまれてきた、狩猟で得た野生鳥獣を調理する食文化を指します。日本でも、狩猟によって捕獲した野生鳥獣を食材とした食文化が根付いていますが、多くは地産地消の郷土料理の範疇(はんちゅう)にあり、運がよければ地元の料理店で振る舞われるような特殊なものでした。そんなジビエが都心の料理店でも提供されるようになったのは、ごく最近のことですし、通販のサイトを開いてみれば、冷凍されたジビエ肉や、ソーセージなどに加工された商品も多く見られるようになっています。
 日本でジビエが浸透してきている背景には、イノシシやシカなどの一部の野生動物種における急速な生息数の増加や生息域の拡大が関わっています。結果として、自然植生や農作物への被害が拡大してしまい、特に農作物被害は、2010年度において最大額の239億円に及んでいます(農林水産省 農村振興局「鳥獣被害の現状と対策〈農作物被害額の推移〉」2018年1月)。
 そこで、これまでの「鳥獣保護法鳥獣の保護及び狩猟の適正化に関する法律)」が見直され、2017年3月、積極的な捕獲によって頭数を管理するべく「管理並びに」という文言を付けた「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」に改正されました。また厚生労働省は、捕獲した野生鳥獣を可能な限り食肉等として活用するために、「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)」を作成、野生鳥獣肉の衛生管理の徹底を呼びかけています。同年6月には、政府の「未来投資会議」での議論を経て「未来投資戦略2017」が閣議決定されました。その中で、“攻めの農林水産業の展開”のための“新たに講ずべき具体的施策”として「ジビエの利活用の促進等」が掲げられています。そして「鳥獣被害防止のため有害鳥獣の捕獲を強化するとともに、捕獲鳥獣の有効活用を通じた地域の所得向上を図るため、ジビエの需要開拓を図りつつ、人材育成、流通ルールの導入など安全・安心なジビエの供給体制を整備する」こと、「併せて、鳥獣の捕獲から搬送・処理加工までつながるモデル地区を来年度(2018年度)に全国で12地区程度整備する」ことが計画されています。
 このように、日本では政府が主体となってのジビエの振興・推進が進んでいると言えるでしょう。

 

安心して食べてもいいのか?

 ウシ、ブタ、ニワトリのような家畜の場合、農家で飼料を管理しつつ、その健康状態を管理しています。食肉処理をする際には、それらの一頭一頭、一羽一羽の状態に獣医師が立ち会い、厳密な検査を行うことが、「と畜場法」あるいは「食鳥検査法」によって定められています。
 その一方で、ジビエは野生動物を狩猟することで得られるものなので、家畜のような「飼料管理」「健康管理」「衛生管理」がなされていません。ジビエが消費されるまでの段階で家畜と最も異なるのは、この三つの管理ができていない点です。
 ジビエの場合は、主に猟師さんが猟銃で狩猟することになりますが、「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針」では、「狩猟しようとする又は狩猟した野生鳥獣の外見及び挙動に異常が見られる場合は、食用に供してはならない」としています。もちろん、すでに死亡している鳥獣や、寄生虫が多く確認できたものは食用にはできません。
 さらにジビエの場合は、解体する人にも危険が及びます。たとえば、野生のイノシシやシカなどにはマダニが寄生していることが多いのですが、マダニが媒介するSFTS重症熱性血小板減少症候群)の原因となるウイルスに感染していた場合、解体作業の最中にこれらのマダニの寄生を受けることにより人にウイルスが感染する可能性が考えられます。また、感染者の血液や体液を介して、このウイルスに感染してしまうケースがあり、野生動物の取り扱いにも注意が必要です。ほかにも、従来、野生シカは日本紅斑熱の病原体も保有することが知られています。「野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針」では、病気にかかっていた野生動物の症例を収集し、野生鳥獣の解体処理を行う作業者が病気の動物を判断する一助となるような資料(「別紙 カラーアトラス」)も紹介されています。さらに、衛生面や加工・流通の管理、改ざん防止などをより徹底するため、日本ジビエ振興協会は2017年10月から牛肉のようなトレーサビリティーの試験運用を開始し、順次実運用していく予定です。

E型肝炎の危険

 肥育下のブタは約6カ月で出荷されるのですが、このときのブタの血液を調べてみると、90%ほど、つまりほとんどのブタがE型肝炎ウイルスに対する抗体を持っていると報告されています。ただし、大事な点は、抗体は、感染した病原体に対して体内でつくられ、病原体の排除に働き、それが体内に残っているものなので、抗体があるからといって、必ずしも現在ウイルスを保有、もしくは感染し続けていることを表しているのではなく、あくまで「過去に感染した経験がある」ということを意味しています。また、E型肝炎はB型、C型肝炎などとは違って、一般に慢性化することはなく一過性の感染であって、ウイルスが肝臓の細胞で増殖した後、免疫反応により体内から排除されます。このため、肥育豚の出荷時の段階においては、多くの場合、ウイルスを保有するものはほとんどいなくなるものと考えられています。
 野生のイノシシを家畜化したのがブタであることはよく知られていますが、野生のイノシシでもE型肝炎ウイルスの抗体が検出されることから、少なくとも「過去に感染したことがあるもの」、あるいは「現在ウイルスを保有しているもの」が一定の確率で見つかっています。実際にわが国においても、野生のイノシシを原因とするE型肝炎の感染事例が2003年に発生しています。

 

幻の寄生虫が蘇る

 2016年12月、ジビエによる、とても珍しい食中毒事例がありました。国内では35年ぶりとなるトリヒナ旋毛虫)という寄生虫による食中毒が、茨城県の飲食店で発生したのです。この店で提供されたクマ肉のローストが原因で、実に15人ものお客さんたちが筋肉痛、発疹、発熱といったトリヒナ症に特徴的な症状をうったえました。同店で冷凍保存されていたそのクマ肉からもトリヒナが見つかったのですが、この肉は北海道で捕獲された野生のクマのもので、常連客の一人が現地で個人的に入手して、同店へ持ち込んだといい、市場流通したものではありません。トリヒナ症は、欧米諸国ではブタ肉や馬肉などが原因として発生することがありますが、わが国ではこれまでに家畜が原因となった事例は報告されていません。一方、野生動物の肉を原因とするトリヒナ症はわが国を含めて世界各地で散発的に発生しています。これまでに、北海道に生息する野生のクマだけでなく、キツネやタヌキなどの筋肉から検出されることが報告されています。
 個人的に入手したジビエ肉を自己消費して食中毒を起こした場合は、あくまでも自己責任の領域ですが、この事例のように、猟師さんから個人的なレベルで直接仕入れたジビエ肉が提供されたり、生や半生状態のジビエを食することは、とても危険な行為だと言えます。

熱を通せば安全か?

 フレンチなどでは、生のシカ肉などをパックに入れて、60℃前後の低い温度で長時間加熱する低温調理法が用いられることがあります。一方、厚生労働省は食肉に対して「中心温度が75℃で1分以上加熱することを推奨していますが、これはO-157に対する死滅条件です。そして、細菌の中で、O-157は特に熱に強いわけではありません。
 上記の条件よりももっと厳しく、長時間にわたって肉の中心までしっかりと熱を通せば、料理のバリエーションの自由度や味わいは変わってしまうものの、微生物学的にはほとんどの細菌が死滅します。ところが、食品の危害要因としては微生物などの生物学的危害のみならず、残留農薬などの化学的危害や、異物などの物理的危害も考えておかなければいけません。野生鳥獣の場合、散弾銃で撃たれ、鉛弾のいくつかが命中したとしても、致命傷でなければ彼らは生存し、体内に鉛弾を残したまま回復することがあります。このため、たとえ罠で捕獲された野生鳥獣で、外見上、異常の認められない動物であっても、体内に銃弾やその破片が残留している可能性があり、それらを食したとき、肉自体が鉛に汚染されていることも考えられますので、一部の野生鳥獣肉処理施設では、金属探知機を設置して対策をとっています。

ジビエ推進が生み出した闇

著者情報

日本大学生物資源科学部獣医学科准教授

壁谷英則

かべや ひでのり

1970年生まれ。96年、北海道大学獣医学部卒業、99年、同大学院獣医学研究科修了。日本大学生物資源科学部獣医学科にて助手、専任講師を務め、2010年4月から現職。野生鳥獣における人獣共通感染症や、それらの食肉利用についての研究などを行う。

関連記事