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横綱・稀勢の里はもう引退しなければならないのか

そもそも横綱とは何だろう?

和田靜香(音楽/相撲ライター)

 ちなみに、辞め方にも絶対はない。その大乃国は横綱になってからの1989年9月場所で7勝8敗、引退を申し入れたが、二子山理事長に「若いから初心に帰ってやり直せ」と言われて引退はしなかった。も一つちなみに66代横綱の若乃花(勝お兄ちゃん)も99年9月場所で7勝8敗と負け越しているが、そのときにすぐには引退をしていない。若乃花が引退をしたのはその3場所後。横綱が負け越し=即、引退には必ずしも至らないのだ。

 それが平成に入ってからは、横綱になる条件、「大関が直近で2場所連続優勝」が絶対条件と厳しくなった。何せ双羽黒の件が痛手だったのだ。旭富士~日馬富士まではその内規が採用されている。ところが2013(平成25)年、「稀勢の里が綱取りに挑む過程で緩和され、『準優勝に次ぐ優勝』なら昇進もありうるという見解が示されていた」(『歴代横綱71人』ベースボール・マガジン社、2014年)。結果、14年に鶴竜が横綱になり、17年に稀勢の里が横綱になった。

 かように横綱の基準とはあやふやで揺れ動き、多分に人気や相撲界の都合などに左右されてきた。なり方も辞め方も品格も、その折々で変わる。私は「まったくもー!」と思いながらも、「しょーがないなー」とも思っている。作家の髙橋秀実は相撲部屋に入って自らまわしを巻いてまで取材した『おすもうさん』(草思社、2010年)で、「相撲とは、日本人の『自然』(spontaneity)なのかもしれない。(中略)人間の意志とは無関係に物事は流れていく、善悪是非とは別にそうなっていくものは仕方がない、というあきらめた姿勢のことである」と一つの結論に行きついている。大相撲とはそういう緩やかで寛容なもの。だからこそ古代から続いているのだと相撲ファンは受け入れるほかないのである。無節操なほどに変節を繰り返したからこそ、生きながらえたのが大相撲だ。

稀勢の里への「進言」と「激励」

 だから稀勢の里のこの先がどういう道になろうと、それはそういう流れだと思う。横審の対応も、稀勢の里には横綱昇進からずっとspontaneityそのもので来た。

 今年(18年)1月に5場所連続休場をしたときには「本人がやれるんだという判断を持てた時に出てきて頑張ってほしい」(北村正任委員長)、「同情の方が多い。せっかく日本人(横綱)が出てきたんだから」(岡本昭委員、以上「デイリースポーツ」、18年1月30日)と横審はひたすら心配し、稀勢の里が日本人だからと応援した。18年11月場所の序盤で負けが込んで途中休場したときも「本人が頑張ると言っている以上、辞めろとは言わない」「来場所頑張ってほしい」(北村委員長、「スポーツ報知」18年11月26日)と語っていた。心配して応援し続けてきたのが、この1年以上の稀勢の里への横審の「進言」だった。

 しかし、九州場所が終わるやいなや横審は成績不振の横綱に対する「激励」を決議した。これはかつてない厳しいもので、これまでいいよ、いいよと甘い顔をしてきたのが、急に突き放すって? 神輿を担がれるように横綱にされ、甘い言葉でなだめられ、いきなりはしごを外される稀勢の里が、私はなんだか不憫に思えてくる。ファンもそれに翻弄されるばかりだ。
 横審はしかし、他の2人の横綱へはun-spontaneityな対応をしてきた。
 17年鶴竜の休場や成績不振が続いたとき、「ケガは仕方がないといっても、横綱にはケガをなかなかしない体作りが求められている。(中略)これだけ休むのはまずいな、と。」「次、成績が振るわなかった時にどういう意見が出るか」(北村委員長、「デイリースポーツ」17年7月24日)と引退勧告をにおわせる「進言」をしていた。同情や励ましの声はかけられなかったし、せっかくモンゴル人横綱なのだから、とは言われなかった。

 また白鵬に対しては、17年12月に日馬富士の問題で開かれたはずの臨時委員会で、突然に北村委員長が(委員会宛てに、あるいは個人宛てに)「相当の量の投書があります。その投書の大部分は、白鵬の取り口についての批判でありました。張り手、かち上げ…(中略)このような取り口は横綱のものとは到底、言えないだろう、美しくない、見たくないという意見でした。このことは横審のメンバーがいろいろな会合などで相撲の話をするときに、ほとんどの人がそう言っている」(「日刊スポーツ」17年12月20日)と「進言」した。「相当量」とは具体的に何通か明らかにされなかったが、白鵬はちょうど40回目の優勝という偉業を成し遂げたばかり。「強さが満たされた状態」だったが、優勝したことへの「進言」は一切なかった。

 

横綱って何だろう?

 横綱相撲とは誰の何を基準にしているのだろう? 45代若乃花へも「横綱相撲ではない」と「進言」をしていた横審である。ちなみに双葉山は「張り手も相撲の手」と明言しているし、39代横綱の前田山は「“張り手旋風”を巻き起こし、勇猛な取り口で評判だった」(『ゴング』増刊『昭和の名力士100人』日本スポーツ出版社、1978年)という。

 そうした横審の対応が、「稀勢の里休場を受けて、いまだに『再起』を望む声が強い。それはたった一人の日本人横綱を失えば、今後はモンゴル勢の天下になってしまうという危惧があるからだ。日馬富士がいなくなっても、『モンゴル互助会』は今も機能している」(iRONNA 「稀勢の里休場『モンゴル脅威論』がさらなる悲劇を生む」、18年11月23日)のような、横綱を国籍で区別し、モンゴル互助会といったありもしない特権があるような差別発言を恥ずかしげもなく書く記事を生む下地になっているのではないか? また、それが相撲ファンを分断してしまう現状もあると思う。

 横綱って何だろう? 横綱へのインタビューをまとめた『横綱』(前掲)を読んで、私がああ、そうだなと共感したのは廃業した双羽黒の言葉だ。
「横綱っていうのは、人間が持っている根底を自負するものだと思うんです。それが強ければ強いほど、強い横綱であるわけです」
 双羽黒は、双葉山と羽黒山という2人の大横綱から付けられたしこ名で、彼は偉大な2人のようにならなければいけないというプレッシャーを受け続け、力士としてのオリジナリティを否定され、結果それによって人間としてのオリジナリティをも否定されたと感じ、自分を見失ったという。横綱とはつまり、自分を貫ける人だ。平成の大横綱白鵬は、様々なプレッシャーや批判を受けながらも自分を貫き勝ち続けている。なるほど、本当だ。
 稀勢の里も自分を貫けばいい。だって横綱なんだから。ちなみに横審の内規は「委員会の内規であって、特に相撲協会が定めるところではない」(『相撲大事典』)そうだ。

著者情報

音楽/相撲ライター

和田靜香

わだ しずか

1965年千葉県生まれ。音楽評論家・作詞家の湯川れい子のアシスタントを経てフリーの音楽ライターに。趣味の大相撲観戦やアルバイト迷走人生などに関するエッセイも多い。著書に『スー女のみかた 相撲ってなんて面白い!』(シンコーミュージック)、『音楽に恋をして♪ 評伝・湯川れい子』(朝日新聞出版)、『ワガママな病人vsつかえない医者』(文春文庫)、『おでんの汁にウツを沈めて~44歳恐る恐るコンビニ店員デビュー』(幻冬舎文庫)、『東京ロック・バー物語』(シンコーミュージック)などがある。近著『時給はいつも最低賃金、これって私のせいですか? 国会議員に聞いてみた。』(左右社)が話題。

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