信仰とカルトのはざまで
木村友祐(小説家)
凶弾に斃(たお)れた安倍晋三氏が残していった(彼らしい)途方もない置き土産が、連日大きな注目を集めている。旧称「世界基督教統一神霊協会」(現在の「世界平和統一家庭連合」)と自民党との長年の癒着が続々と明らかになっているからだ。マスコミは「旧統一教会」と書くけれど、そのカルト性を表すには「神霊」をつけるべきだと思う。また、元の正式名称では「協会」となっているのだから、従来のキリスト教の教会と区別する意味でも、ここでは「旧統一神霊協会」と書く。
そんな折に便乗商法よろしく、のこのこと顔をだすのだが、ほとんど無名とはいえ一応小説家を肩書きとしているぼくは、過去に旧統一神霊協会にはまりかけた経験があった。でもそのことを、つい最近まで公の場で話したことはない。
なぜって、それはできれば隠しておきたい自分の恥部に当たるから。「小説家」という、対象と距離を保つ冷静さと批判的分析力を足場にする(とイメージされている)立場にいる者が、かつて怪しげな霊感商法だの合同結婚式だのを行う教団に関わっていたなんて、なんだか情けない(あとで述べるが、勧誘だの霊感商法をやらされる本格的な信者になる前に教団を抜けた)。
公の場で初めて話したのは、2019年に書いた小説「幼な子の聖戦」が芥川賞候補となったことを受けて開催された、新聞各社が集まる合同取材(結果が決まる前に取材しておく事前取材)の場だったと思う。地方選挙のゴタゴタに日本社会の縮図を描き込もうとしたその作品の中に、旧統一神霊協会に入信しかけた体験をほとんどそのまま書いた。なぜそれを書いたかという理由として「いつか独立した一本の作品として書こうと思っていたが、小説の舞台のモデルになった村にはキリストの墓伝説があって、そこに引きずられて出てきた」というようなことを言ったはず。
だけど、集まった記者からはとくに反応がなかったから、実際に話したかどうかも今では記憶が曖昧である。合同取材の内容は芥川賞に落選したから記事にはならなかったし(もうやめようよ事前取材)。
最近、必要があってこの作品を読み直したら、こんなにも「信心」や「信仰」のことに重きを置いた書き方だったのかと自分で驚いた。そういえば、主人公の蜂谷(はちや)がラストに「不信心者(もん)が」と周囲の男たちに向かって心の中で吐き捨てる場面を書いたときは、蜂谷の心情そのままに「お前ら、生きることに対する敬虔さを忘れてないか?」という問いをぶつける気持ちだった。
信仰そして生に対する敬虔さは、生きることの根幹に関わることだという思いがあったからだが、残念ながら芥川賞の選考会ではそこに着目した選考委員はいなかったようだし、大手全国紙の書評委員が書く書評には、この本はほとんど取り上げられなかった。まぁ、作者は読者に作品を委ねたのだから、読んでほしいところが読まれなくても、ジッと口を閉ざすしかないのだけど。
これからぼくは教団にはまった経緯をサンプルとして差しだそうと思うのだが、もはや断片的にしかおぼえていない。断片の周りを想像で補うような書き方になることを最初にお断りします。

2020年に刊行された木村友祐さんの著書『幼な子の聖戦』(集英社)
あれはたしか1991年の、季節はおそらく春だったと思う。映画でも観に行こうとしていたのだろう、池袋駅東口の横断歩道を渡ったときだった。唐突に、「意識調査のアンケートにお答えいただけませんか?」と女性に声をかけられた。大学生のぼくより年上の、質素で素朴な雰囲気のお姉さん2人組。無視してもよかったが、ぼくはそこで足を止めた。雑踏の中の見知らぬ他人とはいえ、彼女たちを傷つけないで、きちんと人として接しようと思ったのだ(分岐点1/お人よしの心に付け込まれる)。当時は大学3年。一緒に遊ぶような友だちも恋人もいなかったぼくは、女性に声をかけられたことが心の底ではうれしかったはずだ。
アンケートの項目は、当たり障りのないものだったと思う。どんなだったっけと試しに検索したら、ヤフー知恵袋に同じようにアンケートを受けた人の質問が載っていて、その人は「興味のある分野」「人生の意味」「将来の夢」などを聞かれたそうだ。
アンケートに答えるぼくは、彼女たちが旧統一神霊協会の信者だとはもちろん気づいていないのだが(教団の存在は知っていた)、なぜそこからわざわざ教団が運営するビデオセンターについていったのか、記憶が抜けている。なんとなくおぼえているのは、挑発に自分から乗った、という感覚だ。「神はいると思いますか?」と聞かれ、「いないでしょう。いたらなんで悲惨な戦争があちこちで起こるんですか?」と答えたぼくに「もしいたら会ってみたいと思いませんか?」と思わせぶりに聞いてきた、という経緯があったように思う。というのも、「いるなら見せてくれよ」と内心せせら笑っていた気持ちは残っているから。大学2年のときに物書きになると決めた文学青年で、世の中を皮肉な目で見ていると自負していたぼくは、もしこの人たちの団体が怪しければすぐに見分けられると思っていた(分岐点2/自分の批判的思考への過信)。
ビデオセンター(以下「センター」)が入っているビルの一室に行くと、聖フランチェスコの若いときを描いた『ブラザー・サン シスター・ムーン』(フランコ・ゼフィレッリ監督)のビデオをビデオブースで観た。どういう流れでそうなったのか、もしかすれば「神の存在を感じられますよ」という誘い文句があったのかもしれない。あちらは引っかけのプロだから、ぼくの関心を引くことなどわけないのだ。そしてまさに、その映画はとてもよかった。心にしみた。今観てもいい映画だと思う(分岐点3/芸術系の大学にいたぼくは、『ブラザー・サン シスター・ムーン』に抱いた信頼と、その映画をぼくに示した団体への信頼をどこかで重ねた)。
うっすらと思いだしてきたが、意識調査の女性やセンターでぼくの相手をした男性スタッフは、ここでは聖書の勉強ができますよと言っていた気がする。大学生という、自分の可能性を貪欲に広げようとする時期で、しかも物書きになろうとしていたぼくは、聖書は一度はちゃんと読んでおいたほうがいいだろうと思い、センターに通うようになるのだった。なんといっても、接する人たちがみんな感じがよくて、こちらが言うことをちゃんと受けとめて聞いてくれるから、居心地がよかった。みんながいい人だから、こちらも柄になくいい人になる。そのことに気恥ずかしいこそばゆさを感じつつも、悪くない気持ちだった。
今思えば、神はいるのか・いないのか、この世に意味はあるのか・ないのかといった、ふだんの生活の中では話さない・話せないことを、セミナーの場では遠慮する必要もなく存分に話せるという、心の飢えを満たしてくれる充足感があった。彼女・彼らの中にいると皮肉っぽいことを言う自分がいちばん不良である気がしたが、それでも「ほんとうはおれはこういう話がしたかったんだ」と思う自分がいた。世の中の、にぎやかで即物的で、恋愛(性愛)が世界の中心だと謳っているような風潮に乗れずにいる自分を、「これでいいんだ。こっちがほんとうなんだ」と肯定できる気がしたのだった。
著者情報
小説家
木村友祐
きむら ゆうすけ
1970年、青森県八戸市生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。2009年『海猫ツリーハウス』で第33回すばる文学賞を受賞しデビュー。著書に『海猫ツリーハウス』(2010年、集英社)『聖地Cs』(2014年、新潮社)『イサの氾濫』(2016年、未来社)『野良ビトたちの燃え上がる肖像』(2016年、新潮社)『幸福な水夫』(2017年、未来社)『幼な子の聖戦』(2020年、集英社/第162回芥川賞候補)温又柔氏との往復書簡『私とあなたのあいだ―いま、この国で生きるということ』(2020年、明石書店)がある。