信仰とカルトのはざまで
木村友祐(小説家)
最後に、教団を抜けてからも、しばらくはその影響から離れられなかったことをお伝えする。旧統一神霊協会がほんとうに神の意思を体現するところだったらどうしよう、神がホントにいたならどうしようという感じで、自分は間違ったほうに来てしまったのではないかという不安をどこかで感じていた。
憔悴していると見えたのか、母はぼくに、車で30分ほど離れた場所にある牧場で大学の夏休みの間働くよう促した。ぼくは牧場内にあるユースホステルで、早朝から宿泊客にだす朝食の用意や片付け、ベッドメイキングや夕飯の支度などの細々した仕事をこなした。
そこもまたある意味で世俗を離れた場所といえたが、人柄のよい牧場の社長のぽっちゃりした顔つきが文鮮明氏のそれに妙に似ているとか、バイクで旅をしながら途中にある牧場で仕事をしているというカッコいい男性とユースホステルで働く地元の女性がなんだかいい仲みたいだとか、外の水場に誰かが置き忘れていったシリコン製のふにゃふにゃした道具があったりとか、心をざわつかせる出来事に満ちている点ではたしかに俗事にまみれた現実の世だった。
それでも、宿泊客にハーブティーをだすために畑でカモミールの花やレモンバームの葉を摘んだり、夜には牧場の草の上で仰向けに寝転んで、星が一瞬またたいて流れるのを眺めたりしていると、ゆっくりと心が落ちついていくのを感じた。自分の体がここにあり、生き物たちと自然が織りなす世界がある。この世に意味があるかどうかよりも、その実感をきちんと感じとるほうに大切な何かがあるような気がした。
そんな日々を送る中、食堂の掃除をしているとき、テレビに映っていた沖縄の光あふれる景色に憧れた。おれも旅にでよう、沖縄から旅をはじめようと漠然と思った。
大学を卒業した後、築地市場で1年間アルバイトをして、山登り用のでかいバックパックに荷物を詰めてフェリーで沖縄に向かった。そこでたまたま出会った人も旅の人で、自分が泊まっている友人のアパートに誘ってくれた。意外な展開に身をまかせるままに、その部屋に居候させてもらうことになったのだが、部屋の主である友人はたまにしか帰ってこない。
おそらく20代の、気さくで軽やかな雰囲気の彼は、もともとは本州から旅行で来た人で、どういう経緯か、今は沖縄にあるキリスト教系の新興宗教の施設に入り浸っているという。
どうして人はそこに引き寄せられるのかと考えこんだ。その旅で出会った人たちは、ぼく同様に本州の日常から逃げてきたようなヤマトンチュばかりだった。お世話になった思いよりも同類を厭(いと)う心のほうが働いて、旅を終えたあとにぼくから連絡をとることはしなかった。
著者情報
小説家
木村友祐
きむら ゆうすけ
1970年、青森県八戸市生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。2009年『海猫ツリーハウス』で第33回すばる文学賞を受賞しデビュー。著書に『海猫ツリーハウス』(2010年、集英社)『聖地Cs』(2014年、新潮社)『イサの氾濫』(2016年、未来社)『野良ビトたちの燃え上がる肖像』(2016年、新潮社)『幸福な水夫』(2017年、未来社)『幼な子の聖戦』(2020年、集英社/第162回芥川賞候補)温又柔氏との往復書簡『私とあなたのあいだ―いま、この国で生きるということ』(2020年、明石書店)がある。