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信仰とカルトのはざまで

木村友祐(小説家)

 それからぼくは、センター主催のセミナー合宿にまで行くことになった。合宿に行けばこの世の秘密がわかると言われたのだろう。2日間の「ツーデイズ」に行き、さらに4日間の「フォーデイズ」にまで行ってしまう。
 都心からだいぶ離れた、小高い山の中にある宿舎で合宿したのだが、そこでどんな講義が行われ、どんな心理状態になったのかは「幼な子の聖戦」にくわしく書いた。そこから1つ重要なことを抜きだすなら、合宿での講義を聴く際、最初に吹き込まれるのは、「幼な子」つまり無垢な幼児のように疑ったり批判したりしないで聴くべし、なぜなら批判的思考は真実から遠ざけようとする「サタン」のそそのかしなのだから、という講師の教えだ。すべてをそのままに受け入れる幼児のあどけなさを「善きもの」とする認識、でも大人になった自分はその無垢な魂からかけ離れてしまったという自責はもともとあって、人が持つ罪悪感を最大限に活用する教団はそこを突く。
 合宿では現在テレビで報じているような、地獄で苦しむ先祖を救うために献金しなければとか、韓国(朝鮮半島)を植民地にした日本は罪深いエバ国家なのだからアダム国家である韓国にすべてを貢いで罪を浄化しなければならないなどのおどろおどろしい教義を教えられたかどうか、おぼえていない(さわりの部分は聞かされたかもしれない)。「秘密は明かされる」として2日間の合宿から4日間の合宿に誘い、その最後の最後で自分たちが統一神霊協会であることを明かすまでに、念入りに、周到に、「この教義は怪しい」と感じるための批判的思考の根を絶つのである。そして、ヤバい教義を仕込みやすくするための心の素地をつくっていく。
 講義では誰かのために生きることの大切さを「ために生きる」という耳に残るフレーズで繰り返すのだが、それだけ切り取れば異論のない良い教えも、やがて地獄で苦しむ先祖を救うために献金することにつながっていくのだろう。

 ぼくは分岐点2のように自分の批判的思考はどんな場合でも機能すると過信してるから、批判的な捉え方をなるべく弱めて、講師が言うように疑わずに聴くことをまずやってみようと思った。しかしそこは下界から隔絶した山の中。教団の世界観で占められた閉鎖空間ともいえる。効果はてきめんだった。ぼく自身は批判的思考を保持したつもりでいながら、講師がドラマチックに語る神と人の物語に泣いたり笑ったりして、そのうち頭上の空の向こうに見えない「父なる神」の存在を探るような精神状態になっていた。けれどそれは否定的な側面ばかりではなくて、むしろ、知らず知らずのうちに肩にずっと載せていた重荷(存在する意味が根本的には不明であるこの世界で、生きる意味もじつは不明なまま自分1人で生きているという感覚)をおろしたような解放感や至福の感情とセットになっていたのだった。信仰には恍惚や快楽がともない、自分が今ここにいる意味を確認できる、地に足のついた心の安定をもたらすものだという発見がそこにあった。

 結果、ここが統一神霊協会だと聞かされたときのぼくの最初の心の声は、苦笑まじりの「なんだよ結局そうか」だった。「まいったね」と。事態がうまく飲み込めなかったのか、「だましたな」と怒る感情は不思議に湧かなかった。
 はっきりとおぼえていないのが残念だが、たしかこのタイミングで、教祖の文鮮明氏が岸信介氏をはじめとする日本の政治の中枢にいる者と懇意にしているという驚きのエピソードも聞かされたように思う。これから信者になろうとする者や現役信者に対し、政権をになう政治家と教団の密接なつながりを示すことは、教団の正当性を確固たるものにし、実際に世界を神の国に変える力があるのだと信じ込ませるための最強の道具立てになるだろう。
 だから、旧統一神霊協会の関連団体の催しに参加したり、祝電を送ったりすることが、教団の企てに乗せられる者の被害増大にどれほど加担しているか、関わった政治家はすっとぼけてないで謝罪・猛省すべきなのは明白だ。被害が長年続いたのは「あなた」にも責任がある。本来であれば、自民党を率いる岸田総理はあんなふうに涼しい顔をしていられないはずだ。

 その後、スタッフの男性1人と別室で面談したのをおぼえている。おそらく参加者の動揺をケアするための面談だったと推測するが、ぼくが「いやぁ、驚きましたね……」と正直に気持ちを伝えていると、ふと、宿舎の備品なのか、テーブルに無造作に置かれた新品の週刊誌の表紙に、統一神霊協会の霊感商法についての見出しが大きく載っていることに気がついた。
 スタッフに「でもこれは?」と指で示すと、はじめてそれに気づいたふうの彼は「サタンも今、必死で攻撃してるんですよ」と取り繕って答え、ぼくのほうは半信半疑ながらそれ以上反論はしなかった。つまり、そのときの精神状態というのは、「サタン」と言われればなんとなくすべて受け入れてしまう状態だったのである。

 そこからどうやって教団を抜けたのか。もうすっかり忘れていて、母に何か言われたような記憶は残っていたから、この原稿を書くにあたり電話して聞いてみた。そこからわかったのは、ぼくはさらに本格的な長期間の研修に行こうとしていた、ということだった。研修に入るとしばらく連絡が取れなくなることを母に電話で伝えたようだ。ぼくの中にもこのまま行ってしまっていいのか不安があって、自分がいちばん愛着を抱くもの、たとえば家族にサタンが宿ると教団に言われながらも伝えたと思われる。なんの研修に行くのか聞かれた際に教団名も伝えただろう。母は、当時、旧統一神霊協会の被害が問題になっていたことをおぼえていて、一度頭を冷やした方がいいと思い、郷里に帰ってくることを勧めたという。ぼくはそれに応じた。

 母と6歳離れた兄とぼくで、3人の話し合いの場がもたれた。母は、信仰自体を否定はしないことを強調したという。母の母であるぼくの祖母は、3人の幼い子どもを抱えながら、ぼくの祖父である連れ合いを戦争で失った。1人で3人を養わなければならない重責に加え、嫁いだ先から子どもを置いて出て行けと言われるという苦しみのさなか、支えになってくれたのは近所の天理教の信者の女性だった。その女性は、独り身でいるとよからぬ噂が立つからと、夜は家に来て泊まってくれ、祖母の心に寄り添いながら、人のことを悪く言うものではないと諭してくれた。
 また、青森の片田舎にも米軍が進駐しており、女性が被害にあう事件が起きているなか、道で遭遇した3人の米兵を前にして命がけの盾となって祖母を守ったのも天理教の信者の男性だったという。しかも、地域の天理教の長は、祖母には信徒となるよりも子どもを育て上げることを勧めた。お布施するにも、わずかでいいと。その恩を祖母はずっと忘れたことはなかった。祖母から聞かされた話を母はぼくに伝え、だから信仰するのは否定しないけど、まだ世の中の道理もわからぬ学生なのだから、もっと歳をとってから入信するかどうかを決めたほうがいいと言った。

著者情報

小説家

木村友祐

きむら ゆうすけ

1970年、青森県八戸市生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。2009年『海猫ツリーハウス』で第33回すばる文学賞を受賞しデビュー。著書に『海猫ツリーハウス』(2010年、集英社)『聖地Cs』(2014年、新潮社)『イサの氾濫』(2016年、未来社)『野良ビトたちの燃え上がる肖像』(2016年、新潮社)『幸福な水夫』(2017年、未来社)『幼な子の聖戦』(2020年、集英社/第162回芥川賞候補)温又柔氏との往復書簡『私とあなたのあいだ―いま、この国で生きるということ』(2020年、明石書店)がある。

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