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没後30年 テロリズムを描いた小説家・桐山襲再考

樺山三英(小説家)

 作家・桐山襲の誕生はひとつの事件だった。文学的修辞ではなく、文字通りの意味で。『パルチザン伝説』が文芸誌に掲載されると、その内容を週刊誌が取り上げた。「天皇暗殺」を描いた作品であると、センセーショナルに書き立てたのだ。この記事に右翼団体が反応、版元である河出書房新社には抗議が押し寄せた。河出側は対応に苦慮し、予定されていた同作の書籍化も頓挫してしまう。
 右翼による脅迫騒動といえば、大江健三郎の『セヴンティーン』『政治少年死す』や深沢七郎の『風流夢譚』の件が有名だろう。しかし大江も深沢も当時既に著名な作家だった。対して桐山はまだ無名の新人に過ぎない。それがこれほどまでの騒動を呼ぼうとは。作者自身も想定していなかったに違いない。自身の作品を面白おかしく取り上げ煽り立てた週刊誌の姿勢を、桐山は後に厳しく批判している。
 いったんは書籍化を阻まれた本作は、有志刊行委員会の働きにより、翌1984年に作品社から上梓される。その間に無許可の海賊版が刊行されるというトラブルにも見舞われるが、上記経緯もあってか少なからぬ話題を呼んだ。以後も桐山は『風のクロニクル』『スターバト・マーテル』といった作品を通して、忘れ去られようとしていた「政治の季節」を掘り起してゆくことになる。先に述べたとおり、その表現は同時代の主流から大きく逸脱していたが、むしろそれ故に唯一無二の存在たり得ていた。

 ところで懸案となった天皇という主題については、いくらか補足が必要かもしれない。桐山は終生この主題に拘っている。デビュー作については既に述べたが、その後の作品でも一貫して天皇をテーマに据えている。遺作となった『未葬の時』は、自身の病と死を見つめた政治色の薄い作品だが、その作中においてさえ昭和天皇の死は生々しく回想されていた。
 桐山がなぜこれほどまで天皇に拘ったのか。今日では少々想像しづらくなっているだろうか。天皇とは何かという問いは巨大すぎて、本稿で扱うことはできない。ただ桐山たちの世代がとりわけ問題にしたのは、日中戦争・太平洋戦争の主犯としての天皇だと言える。すなわち戦前は現人神(あらひとがみ)として君臨し戦争を主導し、戦後は一転アメリカの庇護の下、平和と民主主義を言祝(ことほ)いだ昭和天皇その人のこと。「狼」の面々が標的にしたのも、そんな矛盾を一身に体現した存在だったからだ。その拘泥を、桐山もまた引き継いでいる。
 もっともここで問われているのは、昭和天皇ただ一人の責任ではない。そんな天皇を「象徴」として戴いた、戦後日本社会そのものだ。朝鮮戦争やベトナム戦争の軍需を担うことで、経済復興を成し遂げた日本。その豊かさによって養い育てられた戦後世代。そうしたすべてが俎上に上げられている。つまり桐山の作品は、天皇を媒介にして今日まで綿々と続く、我々の社会を基礎づける言葉と論理を扱っている。その理路が見えにくくなっているのは、我々がいまだ「言葉が扼殺された世界」を生き続けている証拠ではないだろうか。

 天皇と共にもうひとつ、それに連なる主題として、桐山が拘ったのが沖縄である。『パルチザン伝説』の語り手である「僕」が、沖縄と思しき離島に潜伏していたのは偶然ではなかった。同作では十全に展開しきれなかった事情は、後の作品に引き継がれてゆくことになる。
 桐山は学生時代に本土復帰前の沖縄を訪れており、同地から受けた深い印象を後に綴っていた。元々は日本の外部に位置していたこの「南島」の運命は、作家にとって他人事ではない重大な意味を帯びていたに違いない。
 『聖なる夜 聖なる穴』は1986年に発表された桐山の代表作であり、最高傑作と目される作品である。同作が題材にしているのは、1970年に沖縄の群衆が米軍への怒りを爆発させたコザ暴動、そして1975年に訪沖した皇太子(現在の上皇)が火炎瓶を投げつけられたひめゆりの塔事件の二つだ。そこに沖縄=琉球の近代化を巡る様々な矛盾が重ね合わされてゆく。沖縄自由民権運動の祖である「謝花昇(じゃはな のぼる)」が現われ、その挫折と狂気が呪わしき地霊と化して、大和=日本に牙を剥く過程が重層的に描き出される。
 ちなみに筆者が桐山襲という作家を知ったのは、この『聖なる夜 聖なる穴』を通じてだった。集英社から刊行されていた「コレクション 戦争と文学」の『オキナワ 終わらぬ戦争』の巻に収録されていたのを読んだのがきっかけだ。事柄の性質上、ほとんどの収録作が沖縄の作家によって占められた一冊のなかで、桐山の存在は異質だった。いや、それ以上に作品そのものが強烈で、最盛期のラテンアメリカ文学を彷彿とさせる、むせ返るような濃厚さに目を瞠(みは)った。日本現代文学の土壌で、これほどの強度を持つ作品が書けるとは。それが桐山という沖縄の外部の作家によるものだという事実が、二重に驚きだった。
 ただ公平を期すために指摘しておくと、沖縄を主題にすることは1980年代当時さほど目新しい試みではなかった。吉本隆明・島尾敏雄らが主導する「南島論」がブームとなっていた、ちょうどその時期に当たる。桐山より3歳年長で、奇しくも同じ1992年に病没することになる中上健次も、やはり同時期に沖縄及び南洋を舞台にした小説を書いている。そのなかでも桐山が際立っているのは、どこまでも現代史に根ざした、強い批判的視座を手放さなかった点だろう。
 沖縄戦の記憶を巻き込みつつ『聖なる夜 聖なる穴』はクライマックスにおいて、捨て身のテロ行為を描き出す。モデルとなったひめゆりの塔事件で、投じられたのは火炎瓶だった。しかし本作中でその史実は改変され、ガソリンを浴び火だるまと化した男の突進として捉え直される。男の全身を包んだ炎はまた、コザ暴動の夜に燃え盛った炎と結びつけられ、大和=日本及びその眷属(けんぞく)である米軍に対する不信と憎悪を表明する。テロの標的は史実と同じく、昭和天皇の代理として同地を訪れた皇太子。つまり沖縄の犠牲の上に築かれた、戦後日本の平和そのものである。

 『聖なる夜 聖なる穴』に続く『亜熱帯の涙』でも、桐山は「南島」を舞台に選んでいる。とはいえ作品の風合いはだいぶ異なる。南方の無人島に流れ着いた男女が村を築き、漂着民を根付かせ、一個の文明を立ち上げてゆく物語。創世記やラブレーの諸作を連想させる、奔放なイマジネーションが溢れる怪作だ。しかしそうして拓かれた一種のユートピア空間も、日本を思わせる軍事国家の侵略により島民は全滅、すべてが無に帰すことになる。沖縄の問題を、よりスケールの大きい文明史的視座から捉え直した試みと言えるだろう。共同体や国家を凄惨な暴力の関数として描き出す、桐山ならではの手法はここでも生かされている。
 なお「南島」を巡る言説について、一定の批判が存在していたことは、付言しておくべきかもしれない。1970年代の政治的挫折を経て、左翼知識人の多くが「南島」の問題に雪崩(なだ)れ込んでいった。だがそれは現実の葛藤を都合よく忘れ、人畜無害な議論に耽るための口実だったのではないか。評論家の村井紀が著書『南島イデオロギーの発生』等で展開したこの指摘は、なるほど思想史的に見ればただしいかもしれない。ただ桐山の創作は、そうした批判を織り込みつつなお、さらに一歩前に進もうとしていたように見える。急逝によりその試みは潰(つい)えたが、この系統にこそ彼の作家としての可能性の核があったように思える。桐山が生きていたら、本土復帰50年を迎えてなお変わらない沖縄の現状をどう捉え、どう描いただろうか。関心は尽きない。

著者情報

小説家

樺山三英

かばやまみつひで

1977年東京生まれ。2007年、『ジャン=ジャックの自意識の場合』で第8回日本SF新人賞を受賞しデビュー。2010年、『ハムレット・シンドローム』で第8回センス・オブ・ジェンダー賞・話題賞を受賞。著書に『ジャン=ジャックの自意識の場合 』(徳間書店 2007年)、『ハムレット・シンドローム』(小学館ガガガ文庫 2009年)、『ゴースト・オブ・ユートピア』(早川書房 2012年)、『ドン・キホーテの消息』(幻戯書房 2016年)そのほか、作品「セヴンティ」 (「季刊メタポゾン」 第10号 2013年)「団地妻B」(「すばる」2018年 4月号)「20201125」(『三島由紀夫 最後のことば』2022年 武久出版 所収)などがある。

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