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本を読むことを「武器」として〜『ハンチバック』から受けとったもの

市川沙央(小説家)

佐野夢果(第43回「全国高校生読書体験記コンクール」入賞者)

市川 あの作品は、けっこうバカなことをする障害者の話だなと自分では思っているんです。でも、佐野さんのような読者の方がそうやってあの物語から何かポジティブなものを受けとったとおっしゃってくださって、とても嬉しいです。

佐野 私は元々、ポジティブな性格だと思っていたんです。17年しか生きていないので、心から絶望したと感じたことはないんです。でも絶望に近しい感情は抱いたことが何回かあって、根底にはネガティブなもので自分が作られているなとも感じていました。それでも、何とかなるかもとか、大丈夫かもとポジティブなものをあの小説の主人公・釈華から受け取った気がしています。人間にはいろんな側面があっていいんだなと。前向きなときもあれば、後ろ向きなときもある。人の感情はそうやってグラデーションがあるんだよなと釈華に教えてもらったんです。それは障害があろうとなかろうと、どんな人にも言えることなんじゃないかなと気づきました。
 人は誰しも社会や世間に求められる自分を演じてしまうことがある。でも、会社と家での自分が違ってもよくて、いろんな自分がいていいと思うんです。ひとりの人間の一つの側面だけ見るんじゃなくて、周りの人も「そんなあなたもいいよね」と言ってくれて、言われた人も「こんな自分でいいんだ」と納得できることが、いい社会なんじゃないかなと思うんです。
 私の中には弱音を吐く自分、前向きにがんばれるときの自分がいて、最近はこの二つの自分のバランスが取れるようになってきました。この気づきをもっと周りに広めたいなと思っています。

市川 本当にそうですね。人間にはいいかげんなところや、自堕落なところもあるんですよ。でもいまの世の中に足りないのは、冗長性というか、いま佐野さんがおっしゃった人の多様な面を許容できる余裕だと思いますね。

佐野 私は直接、自分で言葉にして社会に発信していかなければと思っていました。それは、障害を持つ当事者としての責任を感じていた部分があったかもしれません。でも、『ハンチバック』が世に出て、小説というフィクションで社会に訴えかけることができるんだなと気づかされました。あの作品によって、いままで内に抱えていた感情や弱みを外に出していいんだなと思えた。私以外にも、出したくても出せない感情があって、苦しんでいた人の救いになったんじゃないかなと。あの小説を読んで、内に抱え込んでいた感情を外に出せるきっかけになった人は、たくさんいるんじゃないかなと思ったんです。

市川 フィクションや物語の役割は大きいですよね。すごく広まりやすいし、意味のある大事な表現手段だなと私も思います。もちろん文章表現だけではなくて、映像やデジタル技術なんかも使って、さまざまな状況にあって声を上げにくい人、いないことにされている人の声を汲み上げて、いろんな表現をしていければいいなと思いますね。

佐野夢果さん

「読書バリアフリー」が社会に必要な理由とは?

市川 今日、佐野さんに伺いたいと思ったことがあります。それは、去年の芥川賞受賞から取材で「あなたにとって本を読むこと、書くこととは何ですか?」とよく聞かれたんですよ。私はその質問に困ってしまっていたんです。佐野さんは「読書体験記コンクール」で入賞もしているし、きっと読むことも書くこともお好きだと思うんですけど、佐野さんにとって、本を読むこと、書くことって何だと思いますか?

佐野 まず、本を読むことについては、私にはそれしかなかったということがあります。私は車椅子を手に入れる前は、本当に本を読むことぐらいしかできなかったんです。あとは絵を描くとかですかね。周りの人は、サッカーや鬼ごっこをしていたけど、できなかったので本を読むという消極的な理由がスタートにはなっています。
 ただ大きくなって、障害を持って生きる中で、周りの大人たちに伝えなければいけないことが増えてきたんです。そういうときに、読むことは、語弊を恐れずに言えば、「武器」ですかね。本を読むことで、大人に伝えるための「武器」をそろえていたと思います。
 本を読むと、自分の知らない世界を実際に体験できなくても知ることができる。知ることで、さっき言ったような、いないことにされている人が世の中にいることなどを知ることができるんですよね。本を読んで知ることは、社会に何か言葉を伝える一歩にもなりうると思います。
 書くということに関しては、私にとっては一枚の「鎧(よろい)」だと思ってます。というのも、何かを社会に伝えようとすると、「障害者のくせに」とか「若いくせに、生意気だ」と言われることもあったんです。でも、作文は匿名で書こうと思えば書けるんです。そういう意味で「鎧」になるんです。

市川 「武器」と「鎧」。とても面白い表現ですね。最近読んで面白かった本はありますか?

佐野 最近面白かったのは、『困ってるひと』(大野更紗著 ポプラ文庫)や『〝嵐〟のあとを生きる人たち―「それいゆ」の15年が映し出すもの』(大嶋栄子著 かりん舎)などですかね。最近は小説より当事者研究の本をよく読んでいます。

市川 出版界に要望はありますか?

佐野 これは市川さんと同じ意見で「読書バリアフリー」がもっと社会に浸透してほしいです。というのも、私は進行性の病気を持っているので、徐々に紙の本が持てなくなるんです。本によって病気の進行を目の当たりにさせられる。前に手で持てた大好きだった本が持てなくなってゆくのは辛いんです。なので、本のデジタル化がもっと当たり前になればいいなと思います。障害がなくて、いまは普通に本が読めている人は、そういう辛さにあまり気づかないのではないかと。それは障害者が社会からいないことにされているということにもつながってくると思います。すごく極端なことを言うと、いま障害がなく普通に暮らしている人でも、いつ何が起こるかわからないわけですよね。大きな病気になって入院することもある。そんなときに、デジタルだからこそ本が読めるという状況が救いになることもあると思います。本はどんな人にも開かれている扉だと思うので、紙にこだわることでその扉を閉ざさないで欲しいなと思います。私ももっと言語化する能力を蓄えてきちんと社会に発信していけるようにがんばりたいです。

市川 「読書バリアフリー」に関しては、私も引き続き社会に発信していきますね。お互いぜひ、がんばりましょう。

佐野 はい、がんばります。ありがとうございました。

著者情報

小説家

市川沙央

いちかわさおう

1979年生まれ。早稲田大学人間科学部eスクール人間環境科学科卒業。筋疾患先天性ミオパチーによる症候性側彎症および人工呼吸器使用・電動車椅子当事者。「ハンチバック」で第128回文學界新人賞を受賞しデビュー。同作で第169回芥川賞を受賞。

第43回「全国高校生読書体験記コンクール」入賞者

佐野夢果

さの ゆめか

2006年生まれ。「ハンチバックの私達」で第43回(2023年度)「全国高校生読書体験記コンクール」(公益財団法人 一ツ橋文芸教育振興会主催)中央入賞。

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