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File001:『日本国紀』『「日本国紀」の副読本』~「天才」が書いた凡庸の書

安田峰俊(紀実作家)

『日本国紀』において、教科書的な内容から逸脱した「愛国者」らしい歴史観が顔を出すのは、全体の5分の3を過ぎた326ページの韓国併合の記述あたりからだ。特に408ページ以降の戦後の記述では「愛国者」陣営に特有の歴史認識であるWGIP史観が登場しはじめ、長かった助走を経てようやくそれっぽい話が始まった感がある。
〔※WGIP史観とは、GHQが占領下で実施した日本人洗脳計画「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(WGIP)」の影響が現代日本まで残り、自虐史観や「反日」的な国家観をもたらしているとする歴史認識である。1980年代に江藤淳が発表して以来、保守論壇の内部で繰り返し主張され続けてきたが、2010年代後半のケント・ギルバートの著書のヒットで広く一般に知られるようになった。なお、WGIP史観を裏付ける内容の学術論文はほぼ皆無であり、英語ではWGIPに関するWikipediaの記事すら存在しない〕
 ただし、『日本国紀』で示されるWGIP史観はギルバート本など先行書籍の同工異曲であり、内容はむしろギルバート本よりも穏健だ(なお、私は過去に『Newsweek日本版』でギルバート現象の検証記事を書いた際に彼の著書30冊近くに目を通し、彼の長年のビジネスパートナーである日本人S氏にもインタビューしている。S氏は極めてステレオタイプな「愛国者」であった)。
 終盤部分で「愛国者」的な記述が多くなるとはいえ、やはり『日本国紀』のオリジナリティは薄い。WGIP史観を知っている「愛国者」は、『日本国紀』を読む前にギルバート本などを通じてとっくに知っているはずであり、いまだに知らないような人はそもそも本書を全体の5分の4までちゃんと読み続けるのか疑問だと考えれば、やはり『日本国紀』は人畜無害の書であると評してよいかと思える。

エスタブリッシュメントに対する反乱

 一般読者をマーケティング対象に取った『日本国紀』の内容自体は、独創性に乏しい凡庸な書籍にすぎない。それにもかかわらず、世間の一部で同書が過激なイメージを持たれている理由は、百田・有本両氏をはじめとした制作スタッフたちが、ツイッター上などで場外乱闘的に挑発的なメッセージを発し続けているからだ。
 こうした「SNSの百田・有本」の顔が強く出ているのが、スピンオフ書籍である『「日本国紀」の副読本』である。書籍のオビで「驚異のベストセラーは私たちの反乱だ!」と訴える同書において、有本氏は『日本国紀』のコンセプトやその読者層を以下のように説明している。
「私は、百田さんの本で初めて本というものを最後まで読めました」と言っている人がいるんですね。それまで読書の習慣などなかった人、本を読んだら頭が痛くなってしまうとか、眠くなってしまうと言っていた人でも、百田さんの本だったら読み通せたという人がいます。こういう人たちにとってみれば、「百田さんが書いたんだったら、私でも読めるかもしれない」「私の歴史、私たちの歴史になるんじゃないか」と感じるでしょう。こういう幅広い層の読者から「叫び」があがっている。(25ページ)
 私たちの国を「この国」呼ばわりしてきたエスタブリッシュメントに対する、日本人の、民衆の反乱です。(28ページ)
 出版不況と言われて久しい今日、これほど熱く求められた本があったのかと多くの出版人が驚嘆する一方で、この現象に「怒り」を滾らす人々もいた。(中略)この自称「史料が読める知的な方々」にとって、『日本国紀』および「百田尚樹」は、親の仇のごとき存在らしいが(後略)。(265~266ページ)
 こうした強いメッセージが、百田・有本両氏の熱心な支持者である「愛国者」を対象に発信されているのは明らかだろう。「愛国者」的な人が、エスタブリッシュメント……とまではいかなくとも、既存のシステムのなかできれいな話や難しい話を言っている人を強く嫌う風潮は、ドナルド・トランプ政権を誕生させた昨今のアメリカを見てもよくわかる話だ。

「勉強ができない人」を救済する論理の正体

 そもそも、世間では勉強が得意な人よりも不得意な人のほうがずっと多い。「歴史の勉強が難しいのはあなたがバカだからではなく、教科書を作った連中が反日サヨクの売国奴だからだ」(要約)という主張は、大勢の人たちの劣等感を救済する福音になる。
 これは昔の共産主義者が「生活が貧乏なのはあなたが悪いのではなく、あなたから悪辣な搾取をしている寄生虫野郎の資本家のせいだ」とプロレタリアートに呼びかけたのとよく似た救済のロジックだ。この手の主張は「反乱」を煽る上では非常に有効に作用する。
 だが、19世紀欧州の暴力的な資本主義社会において、貧困層はどう努力しても豊かになる機会がない「持たざる者」だったので、革命でしか救済されないと考えたのも仕方ないが、現代の日本社会は曲がりなりにも言論の自由が保障されている。仮に特定の分野の知識を「持たざる者」であっても、その気になれば街の図書館や本屋やインターネットで簡単に知識にアプローチできる。
 本来、ちょっとの努力で得られる果実を得ない人を、「あなたがそれを得られないのは✕✕のせいだ」と焚きつけて誰かへの憎悪を煽り、社会をむやみに分断させて自分の味方を増やそうとする言説は、一般的には「扇動」とか「ポピュリズム」と呼ぶ。
 しかし、こうして扇動された人たちは、自分を救済してくれた(気がする)扇動者に対して本人のプライドを投影するので、自己存在を賭けた凄まじい熱意を持つ支持者になる。すなわち、購入した書籍を神棚に飾るほどの、だ。

「顕教」と「密教」の使い分け

 ツイッターや対談書籍で定期的に強い言葉を投げかけて、コアな支持層の機嫌を取ってあげると、彼らは1人で何冊も同じ本を買ったり周囲に熱心に勧めたりする「信者」になってくれる(同様の現象はギルバート本でも確認されている)。書籍のマーケティングの上では鉄板の固定票層が形成されるのだ。
 しかも、一部の信者たちはSNS上で書籍を宣伝したり批判者を叩きのめしたりするサイバー十字軍として、自発的に活動してくれるようになる。こうした動きが出ると、アンチ勢力も必死で信者や書籍を叩きはじめる。ネット上で愛国十字軍とアンチゲリラの内戦が激化すればするほど、結果的に書名の露出は増えていく。
 いっぽう、著者グループが信者向けに発信する過激な言説とは裏腹に、本体である書籍自体は極めて穏健で人畜無害な内容にすぎない。ゆえに、著者の知名度や書名の露出の多くなるにつれ一般層にも本が売れていく――。

『日本国紀』の大ヒットはこうした構図に支えられたものだ(ほか、版元の幻冬舎が全国4500店舗ともいう同社の特約書店の店頭に大量の『日本国紀』を並べさせて「大ヒット感」を演出したとされる点もかなり重要な要因のはずだが、こちらについては出版流通の話になるので深くは言及しないでおく)。

 さておき、本来は特に目新しい情報が含まれているわけでもない本文509ページのハードカバーの書籍(税別1800円)を、「日本通史の決定版」と銘打って65万部以上の大ヒットにつなげる仕事は並の出版人にできることではない。
 有本氏は『副読本』の208ページ、213ページ、215ページなどで繰り返し、百田氏を「天才」と呼ぶが、私もその意見に100%賛成だ。加えて言えば百田氏のみならず、有本氏や幻冬舎の関係者が極めて優れた才能を持つ一流のプロであることも間違いない。私は書籍の内容には心動かされなかったが、職業人としての彼らの水際立った手腕については、心からの深い感動を覚えている。
 ――天才、百田尚樹先生万歳! 百田先生の親密なる戦友、有本香先生九千歳!
 私はこの「反乱」の書の感想を、わが家の神棚に向けてそう報告させていただく。

【『日本国紀』のちょかり指数 】

ちょかり度……★★  (『副読本』★★★★
独創度……     (『副読本』★★
愛国度……★★    (『副読本』★★★★★
反乱度……     (『副読本』★★★★
天才度……★★★★★ (『副読本』★★

 

著者情報

紀実作家

安田峰俊

やすだ みねとし

1982年、滋賀県生まれ。立命館大学人文科学研究所客員協力研究員。朝日新聞論壇委員。『八九六四』(KADOKAWA)で2018年に第5回城山三郎賞、2019年に第50回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。他に『和僑』『境界の民』(KADOKAWA)、『さいはての中国』(小学館)、『性と欲望の中国』(文春新書)、『「低度」外国人材』 (角川書店)、『北関東「移民」アンダーグラウンド』(文藝春秋)、『戦狼中国の対日工作』(文春新書)、『恐竜大陸 中国』(角川新書)など著書多数。

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