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連載

黄色い蝶に導かれて 2025年ガルシア=マルケスの土地を訪ねる旅 第4回 アラカタカ

野谷文昭( ラテンアメリカ文学研究者)

 ロドルフォは山岳地帯で栽培するコーヒーの販売も手掛けていると言いながら、マルケス家の前にしつらえた露店で、アラビカ種の豆をフレンチプレスで淹れてくれた。コーヒーは果実であることを思い出させる贅沢な風味だった。この話を帰国後に行きつけのビストロのシェフにしたところ、「どうして豆を買ってこなかったの? 買ってくるべきだったよ」と言われた。確かにそうだが、僕たちは買い物にまで気が回らず、街をぶらつくような観光の時間は持ち合わせていなかった。ガボが洗礼を受けたという近所のサン・ホセ教会の建物の白さが美しい。教会の前にはブーゲンビリア、ゴムの木、椰子、広場のボリーバル像の周囲には、紫の小花をつけたセージが咲き誇っている。このシモン・ボリーバル公園を囲む飲食店は多くの人が集っていて賑わっていた。ここにはガボの座像の他に、男の子の像が置かれているが、男の子のお尻には尻尾が生えていた。ブエンディア一族の末裔だ。

豚の尻尾の生えた男の子の像 撮影:篠田有史

 このあとはバナナ畑に行ってみたいとロドルフォに相談すると、伝手を頼りに見学を受け入れる農園に行けることになった。バランキージャからアラカタカに向かう途中、シエナガを過ぎたあたりで内陸に向かうために右折する。『百年の孤独』では農園労働者たちが待遇改善を求めてストライキに訴える。すると軍隊が出動し、シエナガの駅前で大虐殺が起きる。今は駅舎がなくなり、バスのターミナルになっている。そこに山刀を高く掲げた農民のモニュメントが建つばかりだ。だが、そこから程なくバナナ畑が続いたこともあって、是非ともバナナ畑を見学してみたかったのだ。
 町の喧騒から遠ざかり、砂利道をロドルフォのバイクの誘導で進んでいく。しばらくすると開けたような場所になり家があった。そこは、バナナ畑の管理を任されている監督の家だった。柑橘類の木が緑色の大きな丸い実をつけている。家の裏側に周ると洗濯物が干してあり、鶏小屋と鶏の止まり木がある。その先はバナナ畑となっていて、男たちが長い柄の先に鋭利な刃がついた道具で、バナナの木の剪定をしていた。
 バナナ畑を歩く。地面は湿っていて柔らかい。もうすぐ夕日が落ちる時間だ。カメラマンの篠田有史くんがドローンを飛ばしバナナ園を俯瞰で撮影し始めた。風に揺れるバナナの葉の間からオレンジ色の夕日が射して眩しい。鶏は畑の土をしつこく嘴(くちばし)でつついている。東京から持ってきた小さなお菓子をお礼にと渡したら、バナナ農園の監督は、緑のバナナを房ごと僕たちに持たせてくれた。ほれと監督は渡してくれるけれど、一人では持ちきれないほど大きくて重い。ざっと5、60本は付いているだろう。こんなバナナは多分この先、手に入れることはできないと思ったが、旅先を移動する僕たちには調理することも食べることもできない。そこで大部分をロドルフォに持ち帰ってもらうことにした。帰りは同じ砂利道を、緑色のバナナを荷台にくくり付けたバイクの後ろについてアラカタカの広場まで戻ってきた。

見渡す限りのバナナ畑 撮影:篠田有史

 夕闇は一刻一刻深まるが、ここでロドルフォと別れ、今日の宿泊先サンタ・マルタまでの90km弱を車で急ぐ。都市に行くまでは、道沿いに数kmごとに集落がある。集落を通りすぎるたびに注意深く見てみたが、玄関先の椅子で夕涼みする人、大音量の音楽をかけた食堂、ビリヤード場、が共通のようだ。ガルシア=マルケスの短篇「この町に泥棒はいない」を思い出す光景だ。

著者情報

ラテンアメリカ文学研究者

野谷文昭

のやふみあき

1948年、神奈川県生まれ。バルガス=リョサ『ケルト人の夢』(岩波書店)翻訳で、2022年の第59回日本翻訳文化賞を受賞。主な訳書に、ガルシア=マルケス『予告された殺人の記録』(新潮文庫)『ガルシア=マルケス中短篇傑作選』(河出文庫)、マヌエル・プイグ『蜘蛛女のキス』(集英社文庫)、ホルヘ・ルイス・ボルヘス『七つの夜』(岩波文庫)など多数。著書に『ラテンにキスせよ』(自由國民社)、『越境するラテンアメリカ』(PARCO出版局)、『マジカル・ラテン・ミステリー・ツアー』(五柳書院)などがある。

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