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黄色い蝶に導かれて 2025年ガルシア=マルケスの土地を訪ねる旅 第5回 リオアチャ

野谷文昭( ラテンアメリカ文学研究者)

リオアチャの海岸沿いを散策する 撮影:篠田有史

 ガブリエル・ガルシア=マルケスの聖地を巡るカリブ海沿岸地域の旅は要塞の街カルタヘナから始まり、マグダレナ川の河口の街バランキージャ、『百年の孤独』のマコンドの原型であるアラカタカ、独立運動指導者シモン・ボリーバルの終焉の地サンタ・マルタ、カリブの果てのリオアチャへと海岸沿いに東に進んだ。コロンビアのラ・グアヒーラ県の県都リオアチャからベネズエラとの国境までは一本道で90kmだという。僕はリオアチャまで足を伸ばすのには最初消極的だったが、カメラマンの篠田くんは最初からリオアチャには絶対に行くつもりだったようだ。リオアチャにはガルシア=マルケスの両親が新婚時代を過ごした家もある。その小さな中心部に隣接して先住民族ワユーが彼らの文化を受け継ぎながら暮らす空間がある。ワユーが居住する地域はコロンビアとベネズエラにまたがっている。コロンビアの地図にはグアヒーラとあるラ・グアヒーラ県だが、そこは南米の北、ベネズエラ側を含めて本来は彼らがエル・ノルテ(El Norte)すなわち〈北〉と呼ぶ地域である。そこは最北端の半島の方のアルタ(Alta)、リオアチャのあたりのメディア(Media)、リオアチャの南側からサンタ・マルタあたりまでのバッハ(Baja)と三つに分かれているのだそうだ。
 この地のガイドは、大阪万博コロンビア館での仕事を終え、帰国したばかりのエステファニア・コロラドさんで、日本への留学経験があり、丁寧な日本語を身につけている。日本のコンビニがお気に入りと屈託のない笑顔で話す明るい女性で、カリブ海の青色がよく似合う。まずは、車で近隣を廻った。リオアチャにもどこかで見たのと同じような黄色い蝶のモニュメントがあった。ガルシア=マルケスの両親が身を寄せていたという祖父母の家に寄ると、人気(ひとけ)がなく、ひっそりとしていた。

ガルシア=マルケスの両親が新婚時代に住んだ家 撮影:篠田有史

 リオアチャでの僕の希望は、先住民族ワユーの人々に会うことと、彼らの手仕事や文化に触れることだった。ガルシア=マルケスの作品にはワユー族文化を反映していると思われる部分も少なからずあり、乾燥地帯の砂漠とその先の海に続く土地は中篇「純真なエレンディラと邪悪な祖母の信じがたくも痛ましい物語」の舞台そのものとも言えるし、作中、エレンディラに恋をした少年ウリセスが触るとグラスが青くなるという幻想的なシーンも、ワユーが備える神秘的なイメージに負っている。そもそもウリセスの母親はグアヒーラ語を話すワユー族ということになっているのだ。また、『族長の秋』や『百年の孤独』は、死者と生者が共に暮らすような土地を背景として語られている。さらに『族長の秋』では独裁者が亡くなった母親と会話を交わすといった具合だ。
『百年の孤独』のホセ・アルカディオ・ブエンディアは子どもができないことで友人にからかわれる。やがて彼は耐えきれなくなり、男らしさを誇示しようとその友人を槍で殺害してしまう。すると亡霊になった友人が付きまとうので、別の土地を求めて自らこの土地を去ることにする。
 実際ガルシア=マルケスは、祖父母、おばたち、訪問者、使用人など多くの人々がひしめきあうアラカタカの家に、霊的なものの存在を感じていたらしい。10歳のときに祖父の死を経験し、祖父の衣類を庭で燃やしたときに、彼はその炎の中に生きている祖父の姿を見たという。感受性が強いマルケスは、拭いようのない恐怖心にとりつかれていた。それを物語の中で昇華することによって、恐怖心と折り合いをつけていたのかもしれない。
 リオアチャの中心地区からさして離れていない場所にワユー族の文化村があるというので、そこに向かうことにした。先住民族の暮らしによそ者がむやみやたらにカメラやスマホのレンズを向けないよう、この文化村はワユーを知り、学ぶための環境設定をしているようだ。僕たちが文化村に到着したとき、指定された時間を過ぎていたので、「セッション」は先着の観光客のために広場ですでに始まっていた。

ワユーの文化について話すエスペランサ 撮影:篠田有史

 

著者情報

ラテンアメリカ文学研究者

野谷文昭

のやふみあき

1948年、神奈川県生まれ。バルガス=リョサ『ケルト人の夢』(岩波書店)翻訳で、2022年の第59回日本翻訳文化賞を受賞。主な訳書に、ガルシア=マルケス『予告された殺人の記録』(新潮文庫)『ガルシア=マルケス中短篇傑作選』(河出文庫)、マヌエル・プイグ『蜘蛛女のキス』(集英社文庫)、ホルヘ・ルイス・ボルヘス『七つの夜』(岩波文庫)など多数。著書に『ラテンにキスせよ』(自由國民社)、『越境するラテンアメリカ』(PARCO出版局)、『マジカル・ラテン・ミステリー・ツアー』(五柳書院)などがある。

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