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常識を疑え!

韓国沈没船の船長らはなぜ問題か?

香山リカ(医師)

 大惨事となった韓国南西部珍島(チンド)沖の旅客船沈没事故。修学旅行生を多数乗せた船が傾き、なすすべもなく転覆する映像は多くの人に衝撃を与えた。

 今回の事故では、船員法違反容疑で逮捕された船長ら乗務員が、多数の乗客が船内にいたにもかかわらず、早い段階で救助船で脱出したことが問題視されている。船に異常が発生した直後、船内では「その場から動かないように」との放送が繰り返され、それに従った乗客らが取り残されてしまったのだ。救出後、取材に応える船長に乗客の家族から罵声が浴びせられたが、そうしたくなる心情は十分、理解できる。朴槿恵(パク・クネ)大統領も、大統領府で開かれた会議で、船長らについて「殺人のような行為だ」と非難したと伝えられている(毎日新聞4月21日付)。

 一方、そんな中で乗客を励まし、脱出の援助をした後、自らは犠牲となった若い女性乗務員の行動には称賛の声が集まっている。その乗務員はパニックに陥る高校生らを「安心して」と落ち着かせ、救命胴衣を着せて海に飛び込むよう、指示を与えたという。いっしょに逃げようと声をかける乗客に、「乗務員の退避は最後。みんなを助けた後に私も行くから」と答えたという報道もある(共同通信4月21日付)。その後、遺体で見つかったこの乗務員への賛美の声は、「父を病気で亡くし、残された母と妹を経済的に支えようと、大学を休学してこの会社に入社」といったライフヒストリーとともに韓国内外で高まっている。

 もちろん、乗客に正しい情報を与えることも避難誘導をすることもなく、自分だけがいち早く逃げ出した船長らの行為が倫理的にも法律的にも誤ったものであることは、言うまでもない。また、命を顧みず、乗客の避難誘導をするという職務をまっとうしようとした女性乗務員の行為が尊いものであることも否定する余地はない。

 今回の沈没事故では、乗務員らの行動は倫理の面からではなくて、まず法律面から裁かれるべきものだ。韓国の船員法によると、「船舶に急迫した危険があるとき、船長は人命を守るために必要な措置を尽くさなければならない」との規定があり、適切な措置をとらなかったときは処罰の対象となる。しかし、この罰則は「懲役5年以下」となっているので、あとはやはり船長らには倫理の観点から社会的制裁が加えられることになるのだろう。

「倫理の面から」ということになると、ふと東日本大震災のことを思い出す。あのときも何人もの自治体職員や消防士、医療関係者らが「津波警報のアナウンスをし続けて」「住民の誘導の途中で」「患者さんのベッドを屋上などに運んでいるうちに」といった経緯で命を落とした。職務をまっとうするために自分の命を落とす、いわゆる殉職だ。

 それじたいが尊敬に値する行為であることには疑う余地はないが、そのあと一部で「殉職は称賛、奨励されるべきかどうか」という議論が起きた。たとえば医師らで作っているネットのコミュニティーでも「私なら家族のために生きようと素早く避難したかもしれない」と発言する被災地外の医師の発言に対して、「患者さん第一が当然でしょう」「医師法に反しますよ」と非難する人もいれば、「家族を優先するのは人間として間違っていないのでは」「あなたが生き延びて医療活動を続けることが患者さんのためにもなると思います」と擁護する人もいて、かなり激しい本音のぶつけ合いとなった。

 そこでは結局、結論が出るはずもなく、「これ以上、議論するのは亡くなったドクターらにも失礼だ」ということで議論は収拾した。ただ、それ以来、「殉職をどう扱うべきか」という問題は日本の社会でも気がかりなテーマとして、ずっとどこかに引っかかっていたのではないだろうか。今回の事故は、日本の私たちにも再び「殉職の是非」という問題を思い出させることになった。重いテーマだが、いま一度、しっかり考えてみる必要があるのではないか。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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