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常識を疑え!

覚せい剤依存症の治療はなぜむずかしいか?

香山リカ(医師)

 覚せい剤を所持していたとして逮捕された元プロ野球選手の清原和博容疑者。最近はバラエティー番組への出演も多かったため、多くのファンたちが衝撃を受けた。本人はすでに摂取も認めており、一部の人たちの証言では常習していたことも疑われる。
 覚せい剤を使用すると脳の神経細胞に変化が起き、それを摂り続けなければ落ち着かないという症状が表れる。「心のもちよう」ではどうにもならない身体依存だ。もちろん、それを摂取しているときの爽快感やテンションの高さなどが忘れられなくなり、つい手を出してしまう、という心理的依存も起きる。
 覚せい剤がとくに恐ろしいのは、使用中あるいは使用を止めてからでも幻覚、妄想などの激しい精神症状が起きることだ。私がこれまで診てきた患者さんの中でも、覚せい剤をやめて何年もたつのに「誰かに追われている」という被害妄想がおさまらず、入退院を繰り返していた人がいた。覚せい剤中毒による幻覚や妄想には、治療薬がとてもききづらい。
 依存に陥る人の多くは、自分は人とのかかわりが持てない、世の中の役に立たないと思い込み、孤立している。覚せい剤を通してだけ人間関係が結べるという人もいれば、つらい現実からひととき逃れるためにそれが作り出す幻覚の世界に入り込む人もいる。
 また、プライドが非常に高い人もおり、「あなたは病気です。覚せい剤依存症です」と伝えても、「違う。ちょっと興味があってやっただけで、自分の意思でやめられる」と耳を貸さないことがある。私の診察室にも、逮捕されて執行猶予がつき、「さて治療を」ということで家族に連れられてきた依存症者たちが何人もいたが、その多くは「私に必要なのは治療じゃなくて仕事です。これからバリバリ働いてみんなに迷惑をかけたおわびをする」などと息巻いて飛び出して行った。しかし、そういう人たちのほとんどは結局、身体依存とプレッシャーから薬物への欲求に勝てず、再び手を出して再逮捕。何度かそういうことを繰り返してようやく「では治療を」となったときには、すっかり幻覚、妄想にとりつかれている。
 薬物依存症のリハビリ施設「ダルク」では、「薬物依存症者は緩徐な自傷、自殺をしている」と考える。自分でも知らないうちに自滅の道を選択している彼らは、薬物を無理やり取り上げられることで、今度は本当の自殺を考えることがある。ほかの薬剤を大量に摂取したり、拒食、過食などに走ったり、とにかく自分の心身をいじめ続ける人もいる。
 こういった状態から脱出するには、まずは毎日、回復者プログラムに通い続けるところから始めるのがいちばんだ。先ほど述べたようにプライドの高い人はすぐに「そんなところは必要ない。仕事に戻ります」と言うが、それは少なくとも2年、薬を断った生活ができてから。そのあいだ自殺願望やうつ状態などに見舞われることもよくあるが、それを乗り越え、薬なしのからだで毎日の生活を規則正しく送れるようになって、はじめて「では仕事」と簡単なアルバイトなどが始められる。「覚せい剤さえやめたらすぐに復職」とはいかないのだ。
 先に紹介した「ダルク」では、1日に2度、3度とミーティングを開催することで、とにかくひとりでいる時間、薬の誘惑が生じる時間がないようにする。そうでもしなければ、すぐに薬に走ってしまうのが、依存症という恐ろしい病だからだ。それくらいやらないととても変容してしまった脳を少しでも元に戻し、弱りきった心をなんとか癒やすことはできない。
 清原容疑者に待っているのも茨の道だ。しかし、なんとかぜひ回復に向けて、決してあせらずに進んでほしい。そして、依存症の恐ろしさを多くの人に啓発する役割を担ってほしい、と願っている。

著者情報

医師

香山リカ

かやま りか

1960年北海道生まれ。東京医科大学卒業。学生時代より雑誌等に寄稿。その後、精神科医として臨床に携わりながら、一般読者向けの著作活動を行う。著書に『女は男のどこを見抜くべきか』(集英社)、『執着 生きづらさの正体』(集英社クリエイティブ)、『「いじめ」や「差別」をなくすためにできること』(ちくまプリマー新書)、『61歳で大学教授やめて、北海道で「へき地のお医者さん」はじめました』(集英社クリエイティブ)など多数。

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