「親ガチャ」問題を考える ~言葉の裏に隠された日本社会のひずみ
大内裕和(武蔵大学教授)
「親ガチャ」の「親」は単独で存在しているわけではありません。「親」も子も同じ社会の中で生きています。「生まれによる不平等」は、その親だけに起因するものではなく、社会のあり方が「生まれによる不平等」=「出身階層の格差による再生産」を生じさせているのです。「親」だけに焦点を当てると、背後に広がっている社会への視線が弱くなってしまう問題があります。また、「ガチャ」は運次第ということを意味しますから、自分は何も悪くはないけれど、運命だから「仕方がない」として受け入れてしまう危険性があります。
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こうした「親ガチャ」問題を突破するには、どうしたらよいでしょうか。私は、若者が「所詮、人生は親次第」と考えてしまう、今の日本社会のあり方を変えていくことが重要だと思います。給付型奨学金を拡充し、高等教育の学費を大幅に引き下げることができれば、たとえ出身家庭が経済的に豊かでなくても、進学することはこれまでよりもはるかに容易となります。
子どもに対する人権侵害である児童虐待については、相談体制の拡充、子育て世代への経済的支援など社会保障の充実、親の労働環境の改善など対策を強化すべきです。また、家賃補助制度の導入や公営住宅の増設で住居費負担率を引き下げ、子どもを実家から出やすくすることも、虐待に苦しむ若者を救うことにつながります。
「親ガチャ」という言葉にこれだけ反響があるのは、格差と貧困が深刻化する中で、若者の人生が「親次第」で決まってもおかしくない世の中である、ということが広く共有されてきているからだと思います。それは若者への公的支援が決定的に不足し、ごく普通に学んで、生活していく上でも「親」や「家族」に依存せざるを得ない日本社会の問題点を示しています。すべての若者が出生に関係なく、自分の力で幸せな人生を切り開いて行けるような社会を政府・自治体は責任をもって実現すべきだと思います。