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奨学金の返済苦による自殺者増 ~問題の重さに国はようやく危機感をおぼえたか?

第44回

大内裕和(武蔵大学教授)

 2023年6月18日、『朝日新聞』に奨学金に関するニュースが掲載されました。WEB版のタイトルは「自殺の動機『奨学金の返済苦』、22年は10人 氷山の一角との声も」(朝日新聞デジタル)。22年の自殺者2万1881人中に、奨学金の返済を理由にした人が10人(男性6人、女性4人)いたことが、警察庁などの調べで明らかになったとの報道でした。

 この記事が注目されたのは、奨学金の返済を苦にした自殺者の数が国の統計で初めて計上された点です。過去の自殺者統計では、原因や動機に「奨学金」という単語はありませんでした。しかし22年度になって、「奨学金の返済苦」が「病気の悩み・影響(摂食障害)」「解雇・雇い止め」「過重なノルマ・ノルマの不達成」「交際相手からの暴力(DV被害)」「ストーカー行為等」「SNS・インターネット上のトラブル」「性的少数者であることの悩み・被差別」「家族・同居人・交際相手以外からの虐待・暴力被害」などと並び、新たな項目として加わったのです(警察庁「令和4年中における自殺の状況」)。

 私はこの記事を読んで、経済的に進学が困難な若者の進学を支援するための奨学金が、自殺の要因となった事実に強い衝撃を受けました。とても悲しい気持ちになるとともに、奨学金返済困難者の救済に取り組んできた一人として、悔しさを強く感じました。

 どうしてこのような事態になったのでしょうか? そこには複合的要因が関わっていますが、まず奨学金の返済の重さが若者に大きな負担となっていることが挙げられます。

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 労働者福祉中央協議会(中央労福協)は、22年9月に「奨学金や教育費負担に関するアンケート調査」を実施。対象は日本学生支援機構(JASSO)の「貸与型奨学金」を利用して高等教育を終え、現在返済中(猶予中や滞納中も含む)の45 歳以下の人としました。そのため年齢構成は20 代後半~ 30 代前半が中心で、平均年齢は 30.6 歳となっています。

 調査結果を見ると、利用された貸与型奨学金は「有利子」が61.4%、「無利子」が49.4%でした。数字が合わないのは、給付型や無利子の利用者が、給付額の不足から有利子の奨学金も借りているケースがあるからです。借入総額は平均 310 万円で、毎月の返済額の平均は 1.5 万円、返済期間の平均は 14.5 年となっています。

 返済について「余裕がある」と答えた人はわずか9.6%で、「苦しい」と答えた人は44.5%に達しています。とりわけ非正規雇用の人は約5割、無職の人では約7割が「苦しい」と回答しました。返済が追いつかず「延滞」した経験についての質問では、「延滞したことがある」は26.9%と全体の4分の1以上に達していました。延滞経験のある人がこれだけ大勢いるということは、「苦しい」という声が決して主観的なものではないことを示しています。

 この調査では、奨学金返済が生活設計にどんな影響をおよぼしているか? についても質問しています。「影響している」と答えた人の内訳を見ると、「結婚」が37.5%、「出産」が31.1%、「子育て」が31.8%といった比率になっており、奨学金返済が未婚化や少子化、子育ての困難をもたらしていることが分かります。さらに家計への影響では、「日常的な食事」が42.4%、「レジャーや交際」が48.1%と4割を超えています。特に深刻に受け止めるべきは、「医療機関の受診」に影響していると回答した人が34.2%もいたことです。

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 このような奨学金返済の重さに加えて、若年層の経済状況にも着目しなければなりません。厚生労働省・文部科学省の「大学等卒業予定者の就職内定状況調査」によれば、23年3月の大学卒業者の4月1日時点での就職内定率は97.3%に達しており、就職氷河期と呼ばれていた頃よりも改善していることが分かります。

 しかし、大卒の就職内定率は改善したものの、若年層をとりまく経済状況はそれほど改善していません。厚労省「賃金構造基本統計調査」の1997年と2022年のデータを比較すると、男性労働者の平均賃金は25~29歳で24.78万円→25.93万円に上昇したものの、30~34歳は30.19万円→29.7万円、35~39歳は34.89万円→33.58万円と減少。女性労働者では25~29歳が20.94万円→24.08万円、30~34歳は23.02万円→25.4万円、35~39歳は23.46万円→26.82万円といずれも上昇していますが、男性より常に低賃金である構造は変わっていません。

 また本人が返済困難に陥った場合に、親や祖父母が返済を支援するというケースが一定以上の割合でありました。しかし、親や祖父母の経済状況も悪化しています。たとえば、これまで老後生活を支えるうえで大きな役割を果たしていた退職金は、急速に減額されています。厚労省「就労条件総合調査」によれば、03年の大卒者の定年時平均退職金額は2499万円でしたが、18年には1788万円となり、15年間で711万円減少しています。

 加えて年金の減額も深刻です。厚労省「公的年金財政状況報告」によれば、旧厚生年金の平均年金月額(老齢基礎年金分を含む)は2000年の17万5865円から、21年には14万3965円へと3万円以上も減少しています。退職金や年金の減少によって、親や祖父母が子や孫の奨学金返済を支援しようとしても、そうすることが困難な状況が広がっています。

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 こうした事態に対して、返済困難者の救済や負担軽減の政策は十分には行われていません。

 13年3月に市民団体である「奨学金問題対策全国会議」が結成されたことで、奨学金は社会問題として認知され、中央労福協や市民と結びついた活動によって制度改善がこの10年間確実に進んできました。

 具体的には、「延滞金賦課率の引き下げ」「返済猶予期限の延長」「月毎の減額返済制度の拡充」「所得連動返還型制度の導入」「無利子奨学金の増加」「返済不要の給付型奨学金制度の導入」「大学等修学支援法による給付型奨学金と授業料減免の拡充」などが進められてきました。これらの制度改善には大きな意味があったといえます。

 しかし、新たに奨学金を利用する学生への支援に比べて、すでに奨学金を利用していた人たちへのフォローアップは不十分であったといわざるを得ません。

 返済が遅れた際に発生する延滞金は、賦課率が10%から3%まで引き下げられたものの制度そのものは残っています。返済猶予期限も5年から10年に延長されましたが、10年を過ぎてしまうと、収入状況によらず返済を余儀なくされます。減額返済制度は月毎の返済額が減るだけで、返済総額が減ることはありません。所得連動返還型制度は、無利子奨学金利用者のみに適用され、有利子奨学金利用者は対象となっていません。また、この制度も月毎の返済額が本人の収入に応じて調整されるだけで、返済総額が減ることはありません。これでは返済困難者の救済や負担を軽減する政策としては極めて不十分であり、結果的に多くの若者が苦しんでいる構造は変わっていません。

 奨学金返済が若者にとって重い負担となっていること、若者の経済状況の困難が続いており、奨学金返済困難者の救済や返済負担を軽減する政策が不十分であること、これらの要因が重なって「奨学金返済苦」による自殺という悲劇が生み出されてしまったとみることができます。

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 こうした悲劇を食い止めるためには何をするべきか? まず優先されなければならないのは、人的保証制度の廃止だと私は思います。日本学生支援機構の奨学金制度は保証制度をとっていて、人的保証と機関保証のどちらかを選ぶことになります。機関保証制度を利用するには保証料がかかるので、人的保証制度をとる人が少なくありません。その場合、親や親戚などが連帯保証人および保証人になるケースが多いのですが、実はこの制度が返済困難に陥った人を苦しめています。

 先にもお話ししたように救済制度が極めて不十分であることから、返済に窮した奨学金利用者は、最終的には自己破産等の手続きを取らざるを得ないことが多いのです。しかし、私たちが返済困難者に話を聞くと、連帯保証人や保証人に迷惑をかけるので自己破産に踏み切れないという人が意外と多いことが分かります。督促から逃れることも、法的整理をして再スタートを切ることもできない状況に追い込まれているのです。

著者情報

武蔵大学教授

大内裕和

おおうち ひろかず

1967年、神奈川県生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得。松山大学教授、中京大学教授を経て2022年度より現職。「入試改革を考える会」代表。「奨学金問題対策全国会議」共同代表。著書に「ブラックバイトに騙されるな」(集英社)、「教育・権力・社会」(青土社)、「ブラック化する教育 2014-2018」(青土社)などがある。

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