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連載

国立大学「学費値上げ」をめぐる攻防 〜声を上げる地方・学生・大学教員

第55回

大内裕和(武蔵大学教授)

 前回の本連載「慶應義塾長『国公立大の学費を150万円に』提言の衝撃と問題性」が公開されるのと前後して、まるで堤防が決壊するかのように各地の国立大学で学費値上げの動きが広がり始めました。

 2024年5月16日、自由民主党の「教育・人材力強化調査会」(会長:柴山昌彦衆議院議員)は、質の高い高等教育の実現に向けた提言をまとめました。その中で国立大学については、国際競争力を強化するために、値上げを含む適正な授業料の設定と、奨学金の拡充など負担軽減をセットで検討すべきだ――としています。ここでの「値上げを含む適正な授業料の設定」とは、実質的には授業料の値上げを意味しています。

 その前日の15日には、東京大学が授業料の値上げを検討していることが報道されました。国立大学の授業料は、文部科学省の省令で「標準額」が定められています。この標準額は04年春に1万5000円引き上げられ、年額53万5800円になって以来据え置かれています。ただし特別な事情がある時は、各大学の判断で120%を上限に授業料を引き上げることができる、と定められているのです。

 19年に東京工業大学と東京芸術大学、20年に千葉大学、一橋大学、東京医科歯科大学が授業料の値上げを行いました。これらの大学に続いて、「東京大学も最大で年10万円増の64万2960円とすることも視野に入れている」と報道されました。

 この動きは東京大学に留まりませんでした。広島大学の越智光夫学長は5月24日、「値上げを検討している」と会見で表明し、熊本大学の小川久雄学長も6月5日の会見で「学生の教育環境をどこまで確保できるのかを見極めている」と述べ、今後の増額の可能性を示唆しました。授業料値上げが多くの国立大学に波及する可能性が出てきたのです。

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 これら一連の動きには、さまざまな所から反対の声が上がりました。真っ先に「地方」から声を上げたのが、島根県の丸山達也知事です。丸山知事は5月21日の定例記者会見で、自民党の「教育・人材力強化調査会」の提言について次のように述べました。

「競争力強化? わけのわからない理屈で、だいたい適正な水準に見直すって言って下げることありませんからね。こんな国立大学の授業料上げればいいじゃないかというような話が平然と出てくるということは信じ難いというか、こんなことをやったら自民党政権転落しますよ」(BSS山陰放送「『日本を滅ぼそうとしているのか』島根・丸山知事 国立大学授業料提言に怒り『適正な水準に見直すって言って下げることありませんからね』」2024年5月21日)

 また、特に子育ての困難や少子化と関連して次のようにも発言しました。

「大学を卒業させる自信がないという親が増えている、そういうことが少子化の一つの原因になっているという想像力すらない人たちがいることに、私は怒りと失望を覚えますよ。日本の国の子どもを減らしていって日本を滅ぼそうとしているのかと」(同BSS山陰放送)

 この丸山知事の発言に、「言いたいことはわかるけど、少し言い方が激し過ぎるのでは」と思われた方もいらっしゃるかも知れません。しかし島根県の置かれている現状を考えると、「激し過ぎる」と判断するには慎重であるべきだと思います。

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 島根県には4年制大学が現在2校しかありません。島根大学(国立)と島根県立大学(公立)です。そのほか県内には私立大学が1校も存在せず、47都道府県で唯一私立大学がない県となっています。そのため国立大学の存在意義は、私立大学が林立する首都圏、近畿圏、東海圏などとは全く異なります。かけがえのない地元の高等教育機関の学費が引き上げられることは当地に住む若者の進学機会を奪い、地域に巨大なダメージを与えることになります。

 丸山知事は子育て支援に力を入れています。24年2月には、子どもの医療費助成を県内全域で高卒相当の時期まで拡充するという、新たな支援策を県議会に示しました。こうした政策の影響もあってか、24年に公表された「人口戦略会議」の報告書では、日本創生会議が14年に発表した「消滅可能性都市」から脱却した市町村の割合が47都道府県で最多となりました。そこには同県の合計特殊出生率が1.69(報告書にあった20年時点で全国2位)と、とても高いことが影響しています。

 つまり知事の発言は、今回の国立大学の学費値上げはこれまで島根県で積み重ねられてきた努力を無にし、地方の「切り捨て」につながりかねない内容だったことで、やむにやまれず出てきたものではないかと思われます。

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 国立大学の学費値上げには、当事者である学生からも早々に声が上がりました。5月19日、東京大学本郷キャンパス(東京・文京区)で行われた学園祭「五月祭」では学生有志が反対を叫び、多くの人々の注目を集めました。6月6日には本郷キャンパスで全学緊急集会が行われ、約350人の学生が集まりました。この集会では、それまで個別に抗議活動を行っていた10団体が集合し、値上げ撤回や情報開示、学生団体との交渉要請などを盛り込んだ6項目の決議を全会一致で採択しました。

 さらに6月14日には、学費値上げに反対する学生団体などが衆議院第二議員会館で集会を開きました。この集会に参加した東京大学の学生は、「国公立・私立を問わず、全ての授業料値上げに反対する」と発言しました。同集会には広島大学の学生も登壇し、「教育格差の深刻化を招きかねない」と述べました(東京新聞「東大が値上げしたら次は広島大か 『最大の利害関係者は学生のはずなのに秘密裏に…』国会内で学生ら怒りの声」2024年6月15日)。

 私は学費値上げへの反対運動が機敏であることに加え、国公立と私立、都市部と地方といった「分断」に陥ることを避け、「連帯」や「つながり」を広く構築しようとしている学生たちの姿勢が、とても優れていると思いました。

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 今回、学生たちはどうしてこのような運動を機敏に生み出すことができたのでしょうか? さまざまな理由があるでしょうが、その一つに20年の大学生による学費減額運動の経験があると私は思います。新型コロナウイルス感染症の世界的流行(以下、パンデミック)が発生した20年3月以降、学生アルバイトが急減しました。4月初旬からは学費の減額や説明を大学当局に求める署名活動が学校単位で始まり、その数はのちに200校を超え、これらの動きが合流して「一律学費半額を求めるアクション」が結成されました。そうして国による一律学費半減と大学などへの予算措置を求める署名をSNSで呼びかけ、文部科学省に要望書を提出しました。

 学生たちの動きは、政治にも大きな影響を与えました。立憲民主党、国民民主党、日本共産党、社会民主党の野党4党は、授業料の半額免除(実施した大学には免除分を国が負担)という普遍主義的要求を柱とする「コロナ困窮学生等支援法案」を衆議院に提出しました。この法案は成立しませんでしたが、政府・与党は選別主義に基づく「学生支援緊急給付金」を創設し、学生生活の継続に支障をきたす学生などを対象に、住民税非課税世帯の学生には20万円、それ以外の世帯で支給対象となる学生には10万円の現金給付を行うこととなりました。

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 これほど多くの学生が、学費について声を上げたのは1980年代以来のことです。では30年以上もの長い間、行われてこなかった学費への抗議活動が大きく広がったのはなぜか? アルバイト減少によって大学生の経済的困窮が深刻化したことに加え、社会意識の変化と大学生の行動変容を挙げることができると思います。

 90年代以降の雇用の劣化によって、若年層の貧困化は着実に進みました。しかし若年層の貧困化は、社会問題としてすぐには共有されませんでした。そこには生活のリアリティについての世代間の深い「断層」と新自由主義グローバリズムを支える強固な「自己責任論」というイデオロギーが影響しています。

著者情報

武蔵大学教授

大内裕和

おおうち ひろかず

1967年、神奈川県生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得。松山大学教授、中京大学教授を経て2022年度より現職。「入試改革を考える会」代表。「奨学金問題対策全国会議」共同代表。著書に「ブラックバイトに騙されるな」(集英社)、「教育・権力・社会」(青土社)、「ブラック化する教育 2014-2018」(青土社)などがある。

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