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連載

連載100回記念スペシャル対談「新型コロナ緊急事態宣言下 困窮する女性たちを救え!」

ゲスト:小林美穂子

雨宮処凛(作家、活動家)

小林美穂子(つくろい東京ファンドメンバー)

(構成・文/和田靜香)

大都市圏を中心として、日常生活に多大な影響をもたらした政府の「新型コロナ緊急事態宣言」――。仕事や住む場所を失い、路頭に迷った人の数はリーマン・ショック時以上とも言われる。多くの人がSOSを発する中、東奔西走した支援者たちは何を感じたのか? 自らも困窮者支援活動に参加した雨宮処凛さんと、追い詰められた人々への支援の実態を記録したドキュメンタリー『コロナ禍の東京を駆ける 緊急事態宣言下の困窮者支援日誌』(岩波書店、2020年)の著書でもある小林美穂子さんが語る。

「パンドラの箱」が開いたように相談が殺到

小林 小林美穂子と申します。東京・中野にある一般社団法人「つくろい東京ファンド」(以下「つくろい」)という生活困窮者支援団体のメンバーで、普段は「つくろい」が運営する「カフェ潮の路」でコーディネーターをしています。このカフェは活動の一環で、地域住民やかつてホームレス状態だった人、今もホームレス状態の人、学生さん、外国籍の方などいろんな人が集うための場所ですが、新型コロナのせいで営業ができなくなってしまいました。そのため休業中は、コロナ禍で生活困窮してしまった人たちの支援に走り回っています。

雨宮 東京など7都府県に緊急事態宣言が発令された2020年の4月7日、まず「つくろい」が生活に困窮した人のためのメール相談フォームをネット上に立ち上げましたよね。

小林 はい、そうなんです。コロナ感染拡大にともなって東京都にも緊急事態宣言が発令されたことで、他のスタッフが「ネットカフェも営業自粛の対象になるだろうか? これはまずいよね」と話していました。ネットカフェの個室は薄い壁1枚で仕切られて、天井部が吹き抜けになっているような造りなので、「当然営業自粛になるだろう」と言うスタッフの声を……私はカフェ担当だから自分は関係ないと思っていたので、「みんな大変ね」なんて感じで呑気に聞いてたんです。

雨宮 ああ、そうなんですか(笑)。

小林 それまでずっと休みがなかったから、勿怪(もっけ)の幸いで、これでやっと長い休みが取れるぐらいに思って捉えていました。ところが、先ほどのメール相談フォームを開設したら……。

雨宮 たちまち、「パンドラの箱」を開けたような状態になった!?

小林 そうなんです。最初はSOSを送ってくるのは、女性ばっかり。若い女性は、大体皆さん17時過ぎにSOSを送ってくることが多いんです。それまで一生懸命に仕事とか探していたのが、夕方過ぎて万策尽き、「明日からどうしよう……」となるんですかね? ネットカフェを追い出され、それまでやっていた非正規の仕事も切られてしまった女性も多かったですから。となると夜、連絡をくれた若い女性にスタッフの男性が支援のためとはいえ、会いに行くというのは……。

雨宮 ああ、それで、なし崩し的に小林さんも緊急出動班に組み込まれたんですね。

小林 「小林さん、行ってくれる?」ってなって、気がついたら洗濯機の中でぐるぐる回っているみたいな状態で「あれ~?」って。とはいえ、当初は私も3カ月ぐらいで終わるかな? と思っていました。

雨宮 3カ月ぐらい経てば公的支援がしっかりして、ボランティアの出番はなくなると私も含めて、皆が思っていましたよね。

小林 さすがにコロナ禍でネットカフェも閉めているわけだから、福祉相談のための行政窓口である福祉事務所も「なんとかしなきゃ」って、これまで眠っていた責任感も目を覚ますだろうって……そう思っていました。ところが緊急事態宣言が発出された初っ端から、福祉事務所が相談に来た人たちに生活保護の申請をさせず、相談のみで追い返すという水際作戦を始めたので、相談に行く人に同行することにしたんです。

緊急宿泊用のビジネスホテルに入れない現実

雨宮 小林さんたちの活動とほぼ同時進行で、3月24日に「新型コロナ災害緊急アクション」が立ち上がりました。これは、このコロナ禍で仕事を失う、住宅を失う人が増える状況に対応して、貧困問題を解決するために活動する41の団体が集まってこの危機を乗り越えるための緊急行動です。そこに「つくろい」も加わり、私も参加して、ずっと一緒にやってきたこの10カ月ですね。

小林 そうですね。当初、コロナウィルスがどんなものか分からない中で、08年末にリーマン・ショックの影響で失業した人たちを支援した「年越し派遣村」のような、大人数が集まる相談会は開けない。なので、メールや電話でSOSを送って来た人にこちらから会いに行くしかなかったんですよね。お金が尽きてケータイの通話料も払えなくなってしまった相談者たちは、ネットカフェやコンビニなどのWi-Fi空間でないと連絡を取れないから、なんとか待ち合わせ場所を決め、会いに行くしかできなかった。SOSの数が増えて、私たちだけでは手に負えず、「新型コロナ災害緊急アクション」と一緒に活動することになりました。

雨宮 多分、この対談を読んでいる方は、どういう形で支援しているのか分からないと思うので、ここで支援の流れをざっと説明しましょう。まず、相談者からSOSの連絡がメールフォームなどに来ます。相談者は所持金がほとんどなくて、数十円という人もいるから、そういう場合はその人がいる場所まで支援者が駆けつける。遠方の場合、その地域の支援団体を紹介することもあります。「新型コロナ災害緊急アクション」で聞き取りをして、後日、公的支援などに繋ぐというのが一般的な流れでしょうか。その日の寝場所も所持金もない場合は、緊急宿泊費と食費も渡します。多くの場合、生活保護申請となりますが、支援者が同行しないと「無料低額宿泊所」という施設に入れられちゃう可能性があるんです。

小林 無料低額宿泊所というのは、住まいを失った人のために設置された民間の宿泊施設です。略して「無低」とも呼ばれます。例外を除き、基本的には路上生活のままでは生活保護は認められないため、どこかにいったん入所してもらう必要があるんですね。本当は無料低額宿泊所以外にも選択肢はあるのですが、「住むところがないのなら、無料低額宿泊所に行くしかない」と、福祉事務所の担当者はよく口にします。施設強要は違法なのに。「入所を拒むなら生活保護の申請は無理ですね」とも言う。それも申請権の侵害で違法なのに。

雨宮 でも、一部の無料低額宿泊所は10人、20人が入る相部屋に二段ベッドがズラリと並んでいたりしてプライバシーが守られず、トコジラミもいたり衛生状態が劣悪なところもあるので、そういうところに行かされたら誰だって耐えられないで逃げ出しちゃう。なので私たち支援者は福祉事務所の担当者と交渉し、東京都の場合であれば今回コロナ禍で都が用意したビジネスホテルに宿泊してもらうという方向に持っていきます。そこからアパートを借りて、住まいをキープするという流れが理想的ですね。

小林 そうなんです。コロナ感染拡大を受け、最初に厚生労働省と東京都が「一時宿泊の施設は個室が望ましい」という事務連絡を各福祉事務所に送りました。今ある一時宿泊の施設は、個室であっても感染リスクが高いと言われる食堂、風呂、トイレなどは共用ですからね。感染予防として万全とは言えない。そこで都もビジネスホテルの客室を借り上げて提供に踏み切ったわけです。ですが、実際ネットカフェを出されて行き場を失った人たちに、ビジネスホテルを提供した区や市って全体の何パーセントぐらいあったんだろう?

雨宮 絶対にビジネスホテルはあり得ない! 使わせない! という福祉事務所もあるわけですよね。

小林 相談者が単独で福祉事務所に相談に行ったら、ほとんど使わせてもらえないですね。

雨宮 相当に上級レベルの支援者が一緒に行って交渉しないと、ビジネスホテルに宿泊しながらアパートを探して住居確保するという最善コースは……。

小林 出てこないです。

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

つくろい東京ファンドメンバー

小林美穂子

こばやし みほこ

1968年生まれ。居場所兼就労の場として設立された「カフェ潮の路」のコーディネーター。幼少期をアフリカ、インドネシアで過ごし、長じてニュージーランド、マレーシアで就労。ホテル業(東京、マレーシア)→事務機器営業(マレーシア)→工業系通訳(栃木)→学生(上海)を経て生活困窮者支援という、ちょっと変わった経歴の持ち主。共著書に『コロナ禍の東京を駆ける 緊急事態宣言下の困窮者支援日誌』(岩波書店、2020年)。

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