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連載

「赤ん坊を殺す」ことを命じられ、日本に逃げてきたあるアフリカ女性

雨宮処凛(作家、活動家)

「一番辛いのは、私は健康でなんでも自分のことはできるのに、人に『ください』ってお願いして、誰かが何かをしてくれるのを待たなきゃならないことです。このことは、自分の心を深いところで傷つけています。母からずっと、自立して生きていけるように教育を受けてきて、自立して生活してきたのに、人に助けてもらわないといけないのが辛い。支援団体の人には本当に感謝していますが、仮放免の生活は、尊厳を傷つけられているような気持ちになります」

 現在2度目の難民申請中だが、申請から2年以上経っているというのに、まだ「聞き取り」のためのインタビューさえ行われていない状態だ。入管に「もう2年もインタビューを待っているけどいつですか」と聞いても「待ってろ」の一点張り。

「待ってろと言うなら、その間、働けるようにしてくれればいいのに」とAさんは声に力を込める。本当にその通りだ。しかもAさんは東大レベルの大学で生化学を学んでいた人である。その知識を活かしてできることは山ほどあるのではないだろうか。そんな稀有な人材が日本にいながら何もできないままなんて、単純にもったいなさすぎると思うのだ。そして日本で難民申請をしている人の中には、驚くほど高学歴だったり多彩な技術を持つ人がいる。このような才能の「宝庫」を、なぜみすみす放置しているのか。

 ちなみに諸外国の場合、難民申請中、働くことができる上、就労が認められない期間は生活が保障される。生きるためにはさまざまなものが必要なのだから当たり前のことだ。なぜ、他の国でできて日本ではできないのか。

 さて、これが昨今注目を集めている入管や難民申請を巡る状況だ。

 日本の難民認定率は0.5%と世界的に見ても最低水準。一方で、ドイツは42%、カナダ55%だ(2020年)。

 ウィシュマさんの事件以降、注目が集まっている入管問題だが、この国ではいまだ難民問題などに理解が得られているとは言い難い。が、Aさんのように、それぞれがのっぴきならない事情を抱えて日本に逃げてきたのである。自分の命を守るために。

 日本に来て、これほど苦労されると思いましたか? 取材終盤にそう問うと、Aさんは苦笑いしながら言った。

「難民認定されないなんてまったく思ってなかったです。来て初めて、(難民認定率が低いことを)知りました」

 Aさんにとって、日本は「絶対安全な国。とにかく、日本に行けば安全だと考えていました」とのこと。認定されず働くこともできず、福祉の対象にもならずこれほど宙ぶらりんな状態が長く続くなんて、まったくの想定外だったのだ。

 もし、自分がAさんの立場だったら。取材にあたり、何度も考えた。私だって赤ん坊を殺す儀式なんて嫌だ。だけどそれを拒否したことで起きることを考えたら……。

 あなたはどうだろう。おそらく、こうして「自分ごと」として考えるところから始まるのだと思う。

 さて、最後にAさんに、日本政府に望むことを聞いてみた。

「難民認定をもっと柔軟にしてほしい」

 まずそう言ってから、続けた。

「仮放免で生きることは大変すぎます。自分はたまたま支援団体のサポートを受けられたけれど、それがなかったら不法とわかっていても働くしかない。だけど働いたら入管に収容されて、強制送還になる可能性もある。日本は人手不足って言うなら、とにかく働かせてほしい。そうすれば税金も払えるから政府にも得になるはずです。明日からでも介護の仕事をしたい。2年間、何もできないで、人生を浪費していると思います」

 彼女が来日して、もう7年。人を殺すことを拒否し、命を狙われた彼女は、いつになったら「普通に」生きていくことができるのだろう?

取材協力 : 移住者と連帯する全国ネットワーク 稲葉奈々子さん

著者情報

作家、活動家

雨宮処凛

あまみや かりん

1975年、北海道生まれ。作家、活動家。反貧困ネットワーク世話人。バンギャル、右翼活動家を経て、2000年に自伝的エッセー『生き地獄天国』でデビュー。自身の経験から、若者の生きづらさについて著作を発表する傍ら、イラクや北朝鮮へ渡航を重ねる。その後、格差や貧困問題について取材、執筆、運動を続ける。『生きさせろ! 難民化する若者たち』でJCJ賞受賞。著書に『一億総貧困時代』『「女子」という呪い』など多数。

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