ラテンギャング・ストーリー20 マラスと生きる女性たち~ジェシカ(中)
工藤律子(ジャーナリスト)
サン・ペドロ・スーラを支配する二大マラスの一つ、「マラ・サルバトゥルーチャ(MS-13)」の女性戦闘員となった少女ジェシカ。別名「コネーハ(うさぎの意)」は、17歳で逮捕される。成人年齢を記した偽造身分証を所持していたために、少年院ではなく、マラスのメンバーとそのリーダー「ホーミー」たちが支配するサン・ペドロ・スーラ刑務所に収容されてしまう。

街なかに建っていたサン・ペドロ・スーラ刑務所(2015年9月撮影)。2017年10月に閉鎖され、そこにいたマラスのメンバーは、警備最高レベルの新しい刑務所へ移された。撮影:篠田有史
禁断の殺人
「私はまるで、檻に閉じ込められた野生の獣のようでした」
眉間にしわを寄せ、ジェシカが今にも襲いかかりそうな形相になる。17歳になったばかりのヤンチャで怖いもの知らずな少女にとって、刑務所での生活は、窮屈で退屈なものだった。イライラを紛らわすために、彼女は看守に反抗的な態度を取り、仲間内では威勢よく振る舞った。ギャングとしての地位を築いていったコネーハは、まもなく刑務所の内と外にいるMS-13の女性ギャング全体のボスに上り詰める。
「私には、27人の手下がいました。大半は刑務所の外にいる女性たちです。彼女たちに内から指示を与えていました」
面会時間を利用して、マリファナやコカインなど、好きな麻薬を欲しいだけ外の仲間に注文し、刑務所内へ運ばせては売りさばいた。
「どこどこの店へ行って恐喝しろとか、誰々は邪魔だから消してこいとか、恐ろしい命令も平気で出していました」
そんな時、一つの事件をきっかけに、物事が悪い方向へと転がり始める。
「ある晩、私は自分の靴ひもを洗い、乾かすためにフェンスの金網に引っ掛けておきました。翌朝取りに行くと、そこになかったんです。探していると、マラス仲間のノラが自分の靴に付けているのに気づきました」
ジェシカはノラに、それは自分のものだと主張したが、ノラは「え、私のよ」と言って相手にしなかった。カチンときた彼女は叫ぶ。
「私のなんだから、三つ数える間に外しな!」
それでも外そうとしない相手を見て、堪忍袋の緒が切れた。
「そっちがその気なら、と私はそばに転がっていたコーラの瓶をつかみ、コンクリートの地面に叩きつけました」
割れて尖った部分を相手の前に突き出してみせながら、わざと落ち着き払った口調でこう言った。
「あんた、私の靴ひもを取ったでしょ。2本とも返しな」
そうやって脅してひもを返却させたうえで、ホーミーたちに彼女を裁いてもらうつもりだった。ところが、脅しついでにサッと振り下ろしたコーラ瓶の尖ったガラスの先が、不意に前へ動いたノラの動脈を切り裂いてしまう。
「彼女は血を流して倒れ、周りにいた囚人たちが非常ベルを押しました。警官が駆けつけ、私は彼らに押さえつけられて棒で殴られ、外へ連れ出されました。その頃には、刑務所中に噂が広がっていて、私はノラが死んだことを知りました」
組織とは無関係な理由で仲間を手にかけた。それはマラスの中では裏切りに近い行為とみなされていた。「コネーハとはもう仕事ができない」。そんな声がMS-13内に広がった。このままだと、ジェシカは刑務所内の仲間に殺されてもおかしくない。危機的状況の中、一人の救世主が現れた。
「マラスでは、いつでもあなたのことを大切に思ってくれる仲間が、最低一人はいるものです。私の場合、それはプラカーソという名のホーミーでした」
プラカーソはすぐに刑務所の所長に掛け合い、ジェシカを別の刑務所へ移送するよう頼み込む。
「俺に任せろ、と言ってくれました。たぶん、ほかのホーミーたちが私を殺そうとするとわかっていたからでしょう」
大急ぎで移送車に乗せられたコネーハは、サン・ペドロ・スーラの東、隣接するヨロ県の町にあるエル・プログレーソ刑務所へと送られる。

刑務所での体験を著者(右)に語るジェシカ。撮影:篠田有史
更生の時
新しい刑務所では、マルティネスという名の軍曹が待ち受けていた。彼は軍人らしく厳しい面持ちで、新入りに名前を尋ねた。娘は背筋を伸ばし、大きな声で答えた。
「MS-13のジェシカです、将軍!」
すると軍曹は、こう言い放った。
「MS-13だと。ここにはマラスの連中はいない。お前もここで、まともになれ」
エル・プログレーソ刑務所には一般の犯罪者が服役しており、ギャングは皆、サン・ペドロ・スーラ刑務所に集められていたからだ。
軍曹の言葉は、これまでとはまったく違う新しい刑務所生活の開始を意味していた。
翌朝からは、まともな刑務所であれば当然の、規則正しい毎日が始まった。だが、ギャングが仕切る刑務所の習慣が染み付いているジェシカは、初日、シャワーを浴びてTシャツと短パンを着ると、タバコに火をつけ、一服しようとしゃがみこんだ。そこへ背後から、「タバコを吸う許可を出した覚えはないぞ」という声が飛んできた。振り返ると、マルティネス軍曹が立っていた。彼はジェシカに、火のついたタバコをそのまま飲み込むよう、命じる。従うしかなかった。
「ここでは自分自身で振る舞いを正すんだ。さもなくば我々が教育することになる」
軍曹の忠告に十分耳を傾けなかった彼女は、まもなく独房に入れられてしまう。
「一度入ると、その狭い部屋から出ることは許されませんでした。毎日ひどい食事を与えられ、歯磨きもシャワーを浴びることもできず、夜は灯りもない闇の中で過ごす羽目になったんです」
不潔で自由のかけらもない生活を送るうち、ジェシカの顔は原因不明の湿疹に覆われ、足はイボだらけになる。
「イキがったり抵抗したりする気持ちも失せました」
そうして1カ月余りが過ぎた頃、マルティネス軍曹が訪ねてきて、ジェシカに語りかけた。
「神の話をしよう」
少女は提案に応じ、もう暴力を振るうような生活はやめると誓い、独房から出られることになった。ようやく陽の光を浴びられる世界へ戻ったのだ。
「独房を出た私を、老女が二人待ち受けていました。彼女たちは、私をシャワー室へ連れていき、丁寧な手つきで垢を落とし始めます。それが終わると白い服を着せてくれて、髪も結ってくれました。鏡の前に立つと、そこには何とも慎ましやかな女性の姿が映っていました」
笑みを浮かべるジェシカの口調は、ぐっと穏やかになっていた。
垢とともにギャング癖も流し去ったかのように、彼女は以後、老女から手渡された真新しい聖書を熱心に読み始める。実は独房に入る際も聖書を一冊渡されていたのだが、すべてのページが「灰になっていた」。ページを引きちぎっては、看守にこっそりもらったタバコの葉を少しずつ乗せ、巻きタバコにして吸ってしまったのだ。しかし今度は、本気で神の言葉に耳を傾けようと決心する。
「私が今、ギャングとは異なる振る舞いができているとしたら、それはすべて、この刑務所での経験のおかげです」
確かに目の前にいる彼女の態度からは、ギャングの女性リーダーという経歴をうかがわせるものは感じられない。幾つも刻まれたタトゥーさえ気にしなければ、とても礼儀正しく常に周りを気遣う親切な女性だ。
慎ましさを身につけたギャング娘は、それから3年近い歳月を、エル・プログレーソ刑務所で過ごすことになる。その間、服役囚のために用意された様々な職業訓練に参加し、溶接工に菓子職人、空き缶などを使うリサイクル工芸職人や自然薬の薬剤師の資格も取った。
「大抵のことは自分でできます。子どもの病気やけがも、薬草で治せるんですよ」
ジェシカは少し自慢げにそう言って微笑んだ。
負への回帰の先に
これでもう二度と道を外れないだろう。刑務所生活も残り1年を切り、本人もそう思い始めていた矢先、次なる試練が襲ってきた。
「サン・ペドロ・スーラの刑務所へ戻されることになってしまったんです」
ギャングだらけの環境に引き戻される。そうなった時、やっと身につけた真っ当な生き方を貫き通せるのか。ジェシカは自分自身に対する不安を抱き始める。そうこうするうちに、移送の日は訪れた。

街の通りに元マラスの若者たちが描いた壁画。サン・ペドロ・スーラは、貧困と暴力に包まれていた。撮影:篠田有史
帰ってきたサン・ペドロ・スーラ刑務所を仕切るギャングの顔ぶれは、ジェシカが事件を起こした当時とは、すっかり変わっていた。彼女の身の安全にとっては良いことだったが、同時に不安材料でもあった。服役囚それぞれの立場や力関係が掴めなかったからだ。
「聖書が入ったリュックを背負い、恐る恐る中へ入ると、そこにはMS-13のメンバーがいました。すぐ近くには、敵であるバリオ・ディエシオチョ(M-18)の連中も。両者が親しげに雑談してたんです。驚きました」
彼女がマラスの世界を離れている間に、二大マラスであるMS-13とM-18は、政府による弾圧に耐えるための休戦状態に入っていた。だから、刑務所内にも不気味なくらい、和気あいあいとした空気が流れていたのだ。
不安をぬぐいきれないジェシカは、夜、看守に「明日、(刑務所内に作られた)教会の活動に参加したい者はいるか」と尋ねられると、すぐに手を挙げた。とにかく心を落ち着かせて、二度と暴力の世界に関わることなく生きたかった。
「暴力が私の人間性を破壊した。そう感じていたので」
幸い、ジェシカは、刑務所内の教会に通う女性たちのリーダー役を任されることになった。そんな彼女の様子に好奇の目を向ける、古い知り合いがいた。
「コネーハ、お前も随分としおらしくなったな」