ラテンギャング・ストーリー21 マラスと生きる女性たち~ジェシカ(下)
工藤律子(ジャーナリスト)
サン・ペドロ・スーラ刑務所に収監されたギャング少女、「コネーハ(うさぎの意)」ことジェシカは、そこで同じ若者ギャング団(マラス)の仲間を殺してしまう。制裁を逃れて、別の刑務所で更生の道を歩むが、元の刑務所へ戻されるとまた悪い男と付き合うように。そして3度目の妊娠を知り、精神不安定に陥った時、彼女の前に一人のイスラエル人宗教者が現れる。彼の予言通り、ジェシカはやがて男の子を出産した。

ジェシカ(左端)が守る息子たちと、今の恋人(右端)。撮影:篠田有史
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奇跡の出所
イスラエル人宗教者の訪問からおよそ8カ月後、刑務所で生まれた長男は、「ダニエル」と名付けられた。
「あのイスラエル人が、そう名付けるよう言い残したからです」
出産の3日後、ジェシカに思いがけない出来事が起きる。
「『コネーハが自由の身になるぞ!』。誰かがそう叫んだかと思うと、私は、イスラエル人が保釈金を払ってくれたから出所しろ、と刑務所の所長に告げられました。もう何が何だかわかりませんでした」
21歳になった彼女は、赤ん坊を腕に抱いたまま、戸惑い、おののいた。
「私、刑務所を出たくなかったんです。マラスが大勢いる塀の外へ戻るのが、怖かったから。戻れば、悪いことを繰り返しそうで……」
ジェシカは、自分がマラスの世界に引き戻され、犯罪に走るだけでなく、長男ダニエルまで、母親と離れて育った長女や次女と同じ目に遭わせることになるのを恐れていた。だから、2006年半ばの出所当日、理解できない行動を取る。
「刑務所の門を出るのが怖くて、ドライバーで囚人の一人を刺そうとしました。そうすれば出なくて済むと思ったんです」
幼子を抱えたまま刑務所生活を続けたいとは、本人でなければわからない心境だ。だが、その目論見は失敗し、コネーハはビクビクしながら迎えに来ていた車に乗り込み、実母の家を目指すことになる。4年前まで我が物顔で駆け回っていた街が、その目には、地獄のように映った。地獄を支配する二大マラスの一つ「マラ・サルバトゥルーチャ(MS-13)」の元女性リーダー・コネーハは、今や敵に怯えて逃げ惑う「うさぎ」のような心境だった。
「私は、ダニエルと母の家に駆け込むと、それ以来、ほとんど外へは出ませんでした。マラスのメンバーと出くわすのが怖くて、閉じこもっていたんです」

刑務所を出た後の状況を語るジェシカ。撮影:篠田有史
7年ぶりに実家に帰ってきたジェシカを待っていた母親は、昔とはすっかり変わっていた。ジェシカに性的虐待をしていた男を含む、すべての恋人と別れ、一人静かに暮らしていたのだ。
「いい母親になっていました。それが救いでした」
そう言う彼女は、母親のもとで、弟二人と息子を含む5人での生活を始める。そのうち、兄の住むアパートの掃除と洗濯を担当することになった。
「兄が、ダニエルのミルク代を稼がせてやろう、と仕事をくれたんです」
まっとうな人生を歩む決意をしたジェシカは、それから週に数回、兄のアパートへ通うようになる。その仕事が、彼女に新たな出会いをもたらした。
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運命の出会い
私に話を続けようとした時、ジェシカが不意に頭に手を当て、表情を歪めた。気分が悪いようだ。
「頭にも弾丸が残っているから、感情が高ぶると頭痛がするんです」
そのまま、しばらく沈黙する。それから意を決したかのように、口を開いた。
「ちょうどダニエルが生後月9カ月を迎えた頃、ホベルと知り合いました」
ホベル。その名に、私は聞き覚えがあった。拙著『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社文庫)の中で触れたことがある。確か、彼女を紹介してくれたジェニファーが率いるNGO「ホンジュラスの若者よ、ともに前進しよう(JHA-JA)」で、若者ギャングの更生と政府によるマラスへの武力弾圧に反対する運動に力を注いでいた青年ではなかったか。MS-13の敵「バリオ・ディエシオチョ(M-18)」の元リーダーだ。
「彼こそ、私の運命の人でした」
よみがえる彼への熱い思いが心を揺さぶり、頭痛を引き起こしたのだ。それは悲しい恋の物語の始まりだった。
「よく晴れた日、私が兄のアパートの屋上にある洗濯場で服を洗っていたら、階段を上がってきた彼が、『こんにちは』と声をかけてきました。裸の上半身は筋肉隆々で、素敵だなと思っていると、そこにM-18と刻まれているのが見えたんです。鳥肌が立ちました」
ときめきとともに、敵のギャングが目の前にいるという恐怖心が、ジェシカを襲った。ところが、何も知らないホベルは、「(ジェシカの兄の)エリックの妹かい?」と言いながら近づいてくると、彼女の腰にあるタトゥーに手を触れ、「こういうのが好きなのかい?」と微笑んだ。
「私はドキドキしながら適当にやり過ごし、洗濯物を担いで階段を駆け下りました。その夜、母に言ったんです。『兄さんのアパートの周りにはM-18の連中がいる、私を殺しに来る!』と」
しかし、彼女はリスクを感じながらも、ホベルの姿を探すようになる。MS-13の戦闘員だったことはひた隠し、アパートで顔を合わせると言葉を交わすのを楽しんだ。
そんなある日、ホベルが、当時JHA-JAの代表を務めていた社会学者のエルネストを伴って現れた。エルネストは、ジェニファーをJHA-JAに引き入れた張本人で、ジェシカが未成年者更生保護施設にいた頃は、その所長だった人物だ。彼はジェシカを見るなり、
「あっ、あのギャング娘じゃないか!」
と、叫んだ。彼女はすぐに、
「ギャングじゃないわ。今はレディーよ!」
と言い返したが、このやり取りで、ホベルに過去がバレてしまう。
「でも、それから私たちは本当の恋人同士になったんです」
恋する女は、満足そうな笑みを浮かべた。
ホベルと行動するようになってから、ジェシカの人生は良い方向へと動き出す。
「ホベルの父親は何度も連れ合いを変え、母親は米国へ行ってしまったので、彼は少年の頃からマラスにのめり込み、M-18でも尊敬されるリーダーだったんです。でも逮捕されて、タマラの刑務所(首都郊外にあった、当時、国内最大の刑務所)で服役中に心を入れ替え、エルネストの助けで出所してから、JHA-JAで働くようになりました。そんな彼との生活が、私を変えました」

MS-13が支配するスラムで、JHA-JAの活動を行うメンバー。左から三番目がジェシカ、その右隣がジェニファー。撮影:篠田有史
たとえ過去はどんなに凶悪なギャングだったとしても、悔い改め、本当の意味で人の役に立つ人間になることは可能だ。ホベルはそれを身をもって示す活動をしていた。ジェシカと知り合う3年ほど前の2004年5月、サン・ペドロ・スーラ刑務所の火事でM-18のメンバーが大勢犠牲になった際には、遺族を集めて死者の身元確認を行い、葬儀の準備まで請け負った。その取り組みが評価され、彼はM-18を抜けることを組織から正式に認められる。
「だからこそ、元MS-13の私と元M-18 の彼が、公に付き合えたんです」
そう言うジェシカは、どこか誇らしげだった。
ホベルはその後、JHA-JAが始めたタトゥーを消すサービスを利用して「M-18」の痕跡を消し去り、エルネストとともに、若き活動家として海外へも講演に出かけるようになる。中米の貧困層の子どもや若者が置かれている状況を世界に知らせ、状況を変えるための支援を訴える活動だった。国内でも、元マラスメンバーの若者たちを率いて、マラスを武力で弾圧する政府に対する抗議活動を続けた。ジェシカは子育てをしながら、そんな恋人に寄り添い、支える。
「彼のおかげで、私もようやく自分を大切にできるようになりました。彼とは一生、ともに過ごしたい。仲良く歳をとっていきたい。そう思っていたんです。でも……」
2013年4月、その夢は不意に絶たれる。ホベルが殺されたのだ。まだ31歳だった。
実行犯は、11歳の見知らぬ少年二人。だが、その背後にいる主犯は誰なのか、わからなかった。ギャング時代に関わった者による復讐か、あるいは彼の社会的活動を胡散臭く思っていた当局の人間の命令か。真相は闇の中だ。

ジェシカが心から愛した元ギャングリーダーのホベルは、街中のこの場所で銃撃され、殺害された。撮影:篠田有史
この事件が、ジェシカを絶望へと突き落とす。
「ホベルとの二人目の子が生まれて、まだ11日目のことでした。私は、3人の息子を抱えてどう生きていけばいいのか、わからなくなってしまいました。ホベルの存在が大きすぎたんです」
打ちひしがれているジェシカに、エルネストとジェニファーは、即刻、国外へ避難することを勧める。ホベル殺害を命じた真犯人が誰かわからない限り、ターゲットが彼だけなのか、その家族も含まれているのか、判断できなかったからだ。ジェシカと子どもたちの安全を確保するために、JHA-JAは費用を負担し、母子を中米パナマへと脱出させる。
「(首都)パナマシティで暮らし始めた私は、ホベルを失ったショックを乗り越えることができず、ヤケになって、子どもを放ったらかしにしてはカジノに行ったり、麻薬をやったりしていました。いっそ死ねたらいいのに、とすら思いました」
荒れた生活を2年続けた後、故郷へ戻るが、それでもなお立ち直れなかった。
「暴力が支配する国で、女一人で子どもをまともに育てるのは、とても難しいんです」
すでに9歳になろうとしていた長男のダニエルは、住んでいる地域にいるMS-13に興味を持ち始め、母親を悩ませた。まだ幼い三男は、生まれつき心臓に問題を抱えていた。息子たちを心身ともに健康な状態でまともな人生へと導くには、頼れる夫の助けが必要だった。その存在を失った彼女は、本気で死を考えるようになる。