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連載

変革への闘い

ラテンギャング・ストーリー22 マラスと生きる

工藤律子(ジャーナリスト)

 家は、スサーナの住まいから車で5分ほどのところにあった。赤い鉄格子の門を入ると、左手にトタン屋根とコンクリート造りの家が立っていた。屋根続きで敷地の奥へと何軒か連なっている。スサーナが声をかけると、一番手前の家から70歳になったというアンドレスの祖母が出てきた。幼い頃、アンドレスが「ママ」と呼んだ女性だ。

 彼女は、亡き息子の元妻を抱きしめると、私たちと握手をしてから、奥に夫であるアンドレスの祖父を連れに行った。足が弱って歩けないため、車椅子に乗っている86歳の老人は、認知症も患っていた。だが、その日は顔色がよく、終始にこやかに私たちを眺めていた。アンドレスにとって、彼は大工に左官、何でもこなす職人で、尊敬すべき祖父だった。

 玄関口のテラスで、アンドレスとの出会いやここを訪れた経緯について話していると、奥の家からさらに4人が顔を見せた。アンドレスの親戚だ。

リベラ・エルナンデスに暮らすアンドレスの家族。車椅子は祖父。後列左から祖母、母、叔父、叔母、姪、大叔父。 撮影:篠田有史

「さっき、話してたんです。ここでは私、実の娘のように可愛がられていたと」

 スサーナがそう話しかけると、元姑も「そうだね」と頷く。

「息子が道を踏み外さなければ……」

 どうやら、アンドレスの父親が暴力を振るったために、スサーナが家を出たというのは、本当のようだった。そのせいで、少年は7歳の時から兄と祖父母のもとで育った。

「アンドレスは、皆さんにもう一度会いたいと言っていました」

 そう伝えると、祖母は悲しげな目をした。

「でも、ここに戻ってはいけないと、忠告しているんです。戻れば何をされるかわからない。メキシコにいる方が、あの子のためになります」

 母親であるスサーナも深いため息をつきながら、同じことを訴える。

「あの子は、戻ってはいけないんです」

 

 それから3週間後、私たちはメキシコシティのあるカフェテリアで、アンドレスと待ち合わせた。遅刻して現れた青年は、どこか浮かない表情で私の前に座った。

「母さんと家族の写真を、ありがとう」

 私がメールで送った写真の礼を言う。何か落ち着かない様子だ。

「ところで、お母さんがいろいろ話してくれたんだけど……」

 私はスサーナが語ったメキシコへの旅や、彼女と元夫、つまりアンドレスの両親がM-18の主要メンバーだったという事実について、話した。青年は、想像していた父母の過去を確認し、それが私たちにも伝わったことを知った。そして、「メキシコへの旅にお母さんが同行したこと、なぜ話さなかったの?」と尋ねる私に、意を決したかのような表情で、こう答えた。

「本当のことを言わなくて、ごめんなさい。でも、あの時はただ、僕のギャングストーリーに、母さんを巻き込みたくなかったんだ」

 こちらを見る瞳に、温かな光が差していた。母親自身の口から真実が語られたことで、ようやくすべてに踏ん切りがついたようだ。

 モヤモヤからは解放されたアンドレスだったが、その心には家族への思いがこみ上げていた。

「母さんやおじいちゃん、おばあちゃんにはもう、生きているうちには会えない気がする……」

 よほど状況が変わらない限り、故郷に帰ることができない元ギャング青年は、がんに蝕まれた母と老いゆく祖父母の死を、覚悟しつつも受け入れられずにいた。

メキシコシティにいるアンドレスは、祖国ホンジュラスを忘れないために、国旗の中央にある五つ星のタトゥーを右耳の後ろに入れた。撮影:篠田有史

 半年後、世界は、パンデミックに襲われた。それは現在も、多くの人に辛く苦しく心の休まらない日常を強いている。勤務先が一時休業になったアンドレスは、兄の稼ぎに頼る毎日を過ごし、食事を減らしていたせいで貧血を起こして階段から転落し、頭を打った。幸い、大事には至らなかったが、心労は続いている。ホンジュラスの医療現場が逼迫する中、母親の乳がん治療のその後が気になるからだ。

 その母親スサーナは、SNSで「息子には、すべては伝えていません」と前置きし、こう書く。

「最近、反対の胸にもしこりを感じるんです。でも外出が禁じられていて、病院にも行けない、薬も足りない。とても不安です」

 貧困、暴力、病、パンデミック。理不尽な現実の積み重なりが、絆を求める人々を引き裂いてゆく。

著者情報

ジャーナリスト

工藤律子

くどう りつこ

1963年大阪府生まれ。東京外国語大学地域研究研究科修士課程在籍中より、メキシコの貧困層の生活改善運動を研究するかたわら、フリーのジャーナリストとして取材活動を始める。著書に『仲間と誇りと夢と』(JULA出版局)、『ストリートチルドレン』(岩波ジュニア新書)、『マラス 暴力に支配される少年たち』(集英社、開高健ノンフィクション賞受賞)、『マフィア国家 メキシコ麻薬戦争を生き抜く人々』(岩波書店)、『ルポ 雇用なしで生きる スペイン発「もうひとつの生き方」への挑戦』(岩波書店)、『働くことの小さな革命 ルポ 日本の「社会的連帯経済」』(集英社新書)などがある。NGO「ストリートチルドレンを考える会」共同代表。

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