「社会的連帯経済」への誘い10 番外編 メキシコ 地域に根ざした社会的連帯経済
工藤律子(ジャーナリスト)
「ゴミ問題の一部が解決されます」と、ダリネル。続けて、「ここでは、ほかの同盟者たちの活動も行われているんですよ。今日はチアパス高地の村々から先住民女性が集まり、民族衣装の刺繡について学んでいます」と、教えてくれる。
コミュニティ・ガーデン内に作られた板張りのテラスでは、「ムヘール・イ・マイース(女性とトウモロコシ)」という女性支援団体の呼びかけで集まった女性たちが、刺繡の話をしていた。チアパス高地には異なる言語を話す先住民が住み、それぞれ独自の刺繡を施した民族衣装を持つ。それを互いに学び合うことで知識を共有し、伝統を継承しようというのだ。先住民女性の多くは、刺繡で飾った衣服を販売し生計を立てているため、いろいろな技術やデザインを学べば商品に生かすこともでき、自立の後押しにもなる。ムヘール・イ・マイースは、ほかにもトウモロコシを使った独自の製品を女性の手で開発・販売するなど、先住民女性の生活向上のための事業を実施。加えて、学校の子どもたちに伝統的な有機農業の大切さを伝えるワークショップを開く活動もしている。
有機農業のワークショップは、コレクティーボ・プラン・ビオマも行っている。そうしたワークショップに参加した若者と子どもたちが、2020年から「セミジェーロ(苗床の意)」というグループを作り、都市菜園作りとその意義を広める芸術活動を展開している。
「子どもたちは、自然と共生する農業を学び、その経験を生かした歌詞を作ってラップ音楽にしています。いろいろなところでパフォーマンスをしているんです」
そう話すジョバンニ・ナヘラ(30)は、農業技師でラッパー。町外れにある一軒家を菜園と作業場にして、子どもたちと生ゴミから堆肥を作り、廃材でプランターを製作して、野菜を育てている。野菜や堆肥、プランターの販売も行い、都市菜園のワークショップも手がける。
ジョバンニと子どもたちは、クラウディアのレストランの2階テラスにも菜園を作り、管理を担う。
「僕は大人になっても、こういう仕事がしたい」と、10歳の少年。「作った野菜を食べる時は、自分の努力がその中に詰まっている感じがして、おいしいんだ」と、笑顔を浮かべる。
子どもたちは私たちに菜園を案内した後、オリジナルのラップを披露してくれた。
「自分の手で、有機野菜作る。僕らはただ、よりよい未来、創りたいだけ」
歌って踊る4人の子どもたちは、まさに「持続可能な未来の伝道師」だ。

「セミジェーロ」本拠地の前で、有機農業をテーマにした自作のラップダンスを披露する子どもたち。撮影:篠田有史
格差、環境問題と向き合う
こういった連帯経済の背景には、格差解消と環境破壊の阻止のために生まれた社会運動の存在がある。メキシコの連帯経済に詳しい社会活動家のクラウディア・カバジェーロは、次の4つの運動が特に重要だと指摘する。
まず、1970年代を中心に「解放の神学」を唱えるカトリック教会改革派が支えた先住民・農民運動。解放の神学は、聖職者が社会的抑圧や経済的な貧困の中に置かれた人々と共に、貧困からの解放や社会正義、権利の尊重を実現するために闘うことを説く。解放の神学者たちは、メキシコ社会の最底辺に置かれている先住民農民に、自らの土地や権利を回復するための連帯と組織化を促した。
1985年9月、メキシコ太平洋岸で大地震が発生し、首都メキシコシティのスラムなどで甚大な被害が出ると、都市貧困層の間でも住民の組織化が進み、都市大衆運動が高揚した。
そんな市民社会の目覚めの後、1994年1月1日にチアパス州で起きたのが、先住民武装組織「サパティスタ民族解放軍(EZLN)」の蜂起だ。メキシコ・米国・カナダの3カ国間で、「北米自由貿易協定(NAFTA)」が発効した日の出来事だった。NAFTAの下では、多国籍企業がさらに土地や自然資源を買い占め、先住民の土地は奪われ、農作物は米国で安く大量生産された輸入品への依存度が高まり、先住民農民は生きる術を失う。先住民への「死の宣告」だと、EZLNは訴えた。彼らを支持、支援したのは、メキシコはもちろん、世界各地の市民組織だった。EZLNによる「(自治権を含む)先住民の権利と文化の尊重」などの政府への要求は未だ実現されていないが、彼らの支配地域では、自主的に創られた自治政府による統治や独自の学校運営、協同組合による連帯経済の実践が続いている。それは、クラウディア・サンティスをはじめとするメキシコの連帯経済の担い手に、多くのインスピレーションを与えてきた。
そして、2001年、ブラジルのポルト・アレグレで第1回が開催された「世界社会フォーラム(WSF)」は、新自由主義的グローバリズムによる格差の拡大や資源の収奪、環境破壊に対抗し、人類が自然と共に平和かつ豊かに暮らす「もうひとつの世界」を創ることを提唱。連帯経済の実践を促してきた。WSFは今年5月、メキシコシティでの開催が予定されている。
こうした動きにもかかわらず、メキシコでは依然として多国籍企業と政府が進める鉱山資源開発や風力発電所建設など、貧しい農民から土地や仕事を奪い、更なる貧困や望まない移住へと追い込む事態が絶えない。これに立ち向かっているのが、連帯経済を推進し持続可能な未来を目指す市民だ。

メキシコの連帯経済について話すクラウディア・カバジェーロ。撮影:篠田有史
連帯と贈与と生態系維持
市民たちが創る連帯経済には、3つの重要な考え方が反映されていると、カバジェーロは言う。1つは、文字通り「連帯」。そして、「贈与」と「生態系の維持」だ。
「贈与」とは、お互い様の精神で、特に見返りを前提としない助け合いを指す。既存の経済では、何か必要とされる商品やサービスを提供する場合、提供された側は必ずそれ相応の見返りを求められる。つまり、提供した側が被った「マイナス」は補塡されることを前提とする、取引の経済だ。これに対し、贈与は、いつか何かしらの恩恵はあるだろうとは思いつつも、とりあえず相手のニーズに応じて、見返りの前提なしに必要なものを提供する。「プラス」の積み重ねの経済。そこには必然的に、マイナスなしの「満たされた経済」が築かれる。これは、伝統的な先住民社会に見られるものだ。
「生態系の維持」は、サンクリストバルの「同盟者」たちが行っているように、地域の自然と共生し、土地や空間、環境すべてのバランスが維持される形で暮らすことにより、実現する。
現在、首都メキシコシティのような都会を含む全国あちらこちらで、これら3つの考え方を軸とする連帯経済の実践が見られると、カバジェーロは述べている。街中の空き地を利用した都市菜園を営む住民グループや地域通貨を使って地産地消の市を開く市民、小さな労働者協同組合形式の事業を起こし、直接民主主義的な経営の職場を創る人たちなど。誰もが目指すのは、地球環境を正しく理解することで人の命を守り、暮らしを真に豊かなものにするための経済、先住民の知恵を生かした経済の創造だ。
メキシコにおける動きは、この連載ですでに紹介したスペインの社会的連帯経済の実践者ら、欧米で活動する人々にも少なからず影響を与えている。

首都メキシコシティで、野菜や菓子、日用品、衣類など、自分たちが作ったものを地域通貨ミシューカ(Mixiuhca)を用いて交換する市を開く市民。通貨は「売買」ではなく、「信頼関係に基づいて必要なものを提供し合う」道具として使われている。撮影:篠田有史